勇者が死人の酒場で……
これもある世界の話。
勇者クロスと旅の仲間たちが、魔王城の場所を指し示す巻物があるという都"ルートシックス"を目指してテトラ地方の草原を歩いていると、突然あたりが濃い霧に包まれた。
自らの5m先も見えるかどうか微妙な濃霧に、勇者たちは右往左往。
「勇者、この霧ではどうしようもありません。もうすぐ日も暮れるので、今日はここでキャンプにしましょう」
「そうそう、変に突き進んじゃって、互いにバラバラになってモンスターに襲われるなんて私やだからね」
そう言って勇者の仲間の武道家や魔法使いはテントの準備を始めたが、勇者は「ちょちょちょ」とそれを阻止。
このところ、ずっと夜はテントで野宿である。
今日こそは、町でまともな料理を食って、宿屋のベッドで寝たいと考えていた。
かくかくしかじか何とか仲間を説得し、
「えー、キャンプでいいじゃないですかぁ〜!」
「っざ!」
という仲間の反対を押し切り、勇者一行は霧の中を進んだ。
しばらく行くと、霧の中に小さな街が見えてきた。
「あれ〜? こんなところに街なんてあったっけ」
「地図にはないわ」
なんて勇者たちは最初は首を傾げたけど、まぁ何にしてもよかったよかった。
とりあえず風呂、酒、ベッドの三連単で鼻歌を歌いながら街へ入り、とりあえず今日止まる宿を探そうとキョロキョロ辺りを見回して勇者は驚愕した。
勇者の眼前の街は、霧の中でもわかるほど荒廃していたのだ。
目に映る建物はどれも、住人が暴れたのかというくらい壁や扉はボロボロで半壊。
まともな家が一軒もなく、おまけに辺りには魚が腐ったような変な臭い漂っていてアットホームとは正反対の雰囲気だった。
「い、いや〜、なかなかクラスカルだねぇ」
荒廃した町並みから目をそらすようにして勇者は、仲間に言った。
「いやいや、単なるゴミ溜めじゃないですか!」
武道家が、今にも殴りかかるような勢いでいった。
「そうよ。何かくさいし。それにあれなに?」
魔導師が杖で指した方を見ると、木で作られた十字架が地面にぶっ刺してあった。
その周りの土が、こんもりしている。
もしかして墓だろうか。
しかし墓というものは普通、密集しているものなのに、この町にはいたるところ"まばら"に十字架がに刺さっている。
何だか不気味な雰囲気満載だったが、一度キャンプを拒んだ手前、勇者は意を決して町の中に足を踏み入れた。
しかし、数歩テクテク歩いて後を振り返ると武道家と魔導師は入り口でもじもじ。
「なにしてるんだよ、早くいこうぜ!」
手招きする勇者に対して二人は、
「いやいや、なんかこの町やばいですよ!」
「そうよ、勇者! フツーに町の外でキャンプをしましょうよ!」
と口々に言って町に入るのを止めるが、勇者は引き下がらない。
「へっ、頼りない連中だぜ! そんなにキャンプしたきゃ勝手にしろよ。俺はこの町に泊まる!」
勇者はペッと唾を吐いて歩き出した。
日が傾き、辺りが暗くなってきたが、どの家にも光は灯らなかった。
もしかして、この町には誰もいないのだろうか。
急に心細くなってきた矢先、遠くに光を灯す一軒の建物が見えた。
行ってみると、壁に傾いたビアジョッキの看板があり、どうやら酒場のようだった。
助かった、ちょうど腹が減ってたんだ。
とりあえず何か飯を食おうと、勇者は建物の中に入った。
店内は薄暗く、ほとんど客の足下しか見えなかったが、かなりの人でガヤガヤと賑わっていた。
外でも感じたクサイ臭いがさらにキツくなった。
勇者は、鼻をつまみながら注文を聞きに来たバーテンらしき人物にハンバーグとウイスキーを注文。
しばらくして運ばれてきた料理と酒を口にした勇者は、「うげっ」と唸った。
ゲロマズだった。
ネズミの死骸を練り込んだようなハンバーグは生焼けで、ウイスキーは泥水をすくってグラスに注いだかのようだった。
ぺっぺと料理と酒を吐き出しながら、料理人を殴ってやろうかと思ったそのとき、
「お待たせいたしました。ダンスショーの時間です!」
というアナウンスとともに、店の奥にあるステージが明るくなった。
「待ってました!」
「KTKR!!」
相変わらず薄暗い客席の中から、ワーワー歓声が上がる。
ほ、ほう……ダンスショーか。
きゃわたんが踊るなら、口直しに見てくか。
と下心丸出しの勇者は、ステージに視線。
「今日のダンサーは、"ふぁにぃぼぉん"ちゃんです! カモン!」
アナウンサーの煽りとともに、一人の少女がステージに立った。
がたっ。
勇者は、逆に椅子から転げ落ちそうになった。
なぜなら、少女の姿といったら! あああああああああ口にするのも恐ろしい。
顔半分が焼けただれなんちゃってスケキヨ。
目玉が飛び出し口から涎のダブルスコア。
申し訳程度に残った金色の髪は、焼けたようににチリチリ。
ほぼほぼ骨しか残ってない痩せこけた体を包むドレスは、ボロボロで所々"血"が付着している。
一言でいうとゾンビだった。
そんなトンデモ少女(?)が踊るのだが、ダンスもひどい。
カニのようにちょこちょこステージの反対側に行ったかと思うと、手旗信号のように手をパッパと上げて、またカニ歩きで反対側に戻るという動きを繰り返すだけである。
悪い夢でも見てるのか?
愕然とする勇者とは対照的に客席からは、
「かわいい!」「天使!」「透明感!」
という野太い歓声があがる。
その様子に、勇者はだんだん腹が立ってきた。
俺は久しぶりに野宿ではなく、まともな料理を食って、ゆっくりしたかったんだ。
なのに、何が悲しくてこんな激マズ料理を食わされ、ブッサコミュ抜けダンサーを見せられなきゃならないんだ! こんなことなら、草原で干し肉をかじってたほうが100倍マシだ!
勇者の怒りはどんどん溜まっていき、いよいよダンスもクライマックス。
ステージの真ん中で、
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」
と奇声を上げてヘドバンする少女に対して、客たちがローソクをサイリウムのように振り始めたところで勇者はキレた。
「てめぇらだけで盛り上がってんじゃねぇよ!」
テーブルをひっくり返した勇者は、ずかずかと歩いて行ってステージに上がるとヘドバンゾンビをガンとけっ飛ばした!
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」
"ふぁにぃぼぉん"ちゃんは転倒してステージライトに衝突。その拍子に照明が反対に倒れ、客席がパッとあかるくなり観客の顔があらわになった。
その顔を見て勇者は、ギョッとした!
客の顔は、ステージ上の女と同じく焼け爛れており、体はグチュグチュに腐敗していた。
周りを蝿が飛びかい、ムカデやゴ○ブリが顔面の肉を突き破ってカサカサしまくるゾンビの集団がそこにいたのである。
かつてこの町は魔王軍に襲われ、住民たちは皆殺しにされた。
しかし、理不尽に殺された無念からだろうか、なんと住民たちは夜な夜な墓場からゾンビとして蘇ったのだ。
とはいうものの、蘇っても特にするっことがないので住民ゾンビたちは毎晩酒場に集まり、踊り子のダンスを見るのが日課になっていた。
この日ステージに上がった"ふぁにぃぼぉん"ちゃんも見た目はゾンビだったが、住人には美しい少女に見えていた。
そんな住民にとってアイドルの少女を勇者は、足蹴にしてしまったのである。
「お"お"お"お"お"お"お"お"お"お"お"」
"推し"を傷つけられたゾンビたち怒り心頭、怒髪天。
雪崩のように次々と勇者に襲いかかった。
「ちょ、俺は勇者だぞ! 俺がいなきゃ世界は平和にならんぞ! くせーんだよ、てめーら!」
勇者は咄嗟に自らの正体を明かしたが、死んでいるゾンビたちにとって、もはや相手が誰だろうが関係なかった。
剣を抜き抵抗した勇者だったが、あまりに多勢に無勢。
あっというまにゾンビの猛攻を受けて腹を食い破られ、あっけなく死んだ。
仲間の言うことを聞かずに自分勝手な行動をとると痛い目にあう。
死んでしまった勇者は、結局ゾンビたちの町の住人になり、夜な夜な酒場に行っては"ふぁにぃぼぉん"ちゃんを相手にローソクを振っているのだそうだ。