魔王バルガスが口を滑らせた結果
ある日、勇者一行がモイズ地方のテンオン村をウロウロしていると、それまでいい天気だったのに突然あたりが暗くなった。
「え、なになに?? 急に怖っ!」
「ゆ、勇者様! ちょっと見てください」
テンパる勇者の隣にいた女賢者が、声を荒げて言った。
「むむっ、でかい!」
「ちょ、どこ見てんですか、変態! あれですあれ!」
何を思ったか女賢者の胸を凝視する勇者を制して、女賢者は上空を指さした。
見ると、空にどす黒い雲がかかり、雷がごろごろと轟いていた。
そして、雲の中心にヌーッと巨大な顔が出現したのである。
鬼とカエルを混ぜたような面妖な顔面だった。
顔の半分はあろうだろう大きな口がゆっくりと開いた。
「フハハハハ! 勇者諸君ごきげんよう。私の名前は魔王バルガス」
魔王バルガス。
世界を混沌と狂乱に陥れようとする魔族の頂点に君臨する悪魔で、勇者たちは国王の命により、まさしくこの魔王バルガスを倒すために旅を続けている途中だった。
「バルガス! 貴様、わざわざ殺されにきたかっ!」
勇者は、腰の剣を抜いて空の魔王に向かって掲げた。
「フハハハハハ! 噂通り威勢がいいことだな。残念ながら、これはホログラム映像的なやつなので攻撃しても無意味なんだよね」
「じゃあ、何しにきたのよ。その不細工なツラを笑われにきたわけ?」
そう言って、勇者の隣で女賢者はビシッと中指を立てた。
「フハハハハハ! 噂通り他人が傷つくことをさらっというやつだな。もちろん笑われに出て来たのではない。むしろお前たちを笑いにきたのだ!」
「なにぃ?」
「勇者どもめ、先日湖の巨大雷魚を倒していい気になってるようだが、アレはワシからしたら金魚みたいなもんだ。そんなレベルでは、到底ワシを倒すことはできぬ。それ以前に、ルシエラ大地の奥にそびえる魔王城にたどり着くこともできぬだろう!」
そう言って、魔王バルガスはワハハハハと笑った。
しかし、それを聞いた勇者は、「ふざけんなぜったい貴様を倒す( *`ω´)」なんて勇者らしいことを言うわけではなく、あれっと首を傾げて上空の魔王に尋ねた。
「あの……魔王城って、ルシエラ大地の奥にあるの?」
そう。
なんと長いこと旅をしてはいるものの勇者たちは、魔王城の場所のヒントすらつかんでなかったのだ。
そのことはもちろん魔王バルガスの耳にも入っていたが、この日は初めて勇者たちの前に自身の姿を現すということでテンションが上がってしまい、ついつい口を滑らせてしまったのだった。
魔王は一瞬、ヤバッという顔をしたが、すぐに取り繕ってワハハハハと笑った。
「ワハハハハ! ワシとしたことが、ついつい秘密の情報をポロっといってしまったわい。しかし、いくら魔王城の場所がわかったところで城の周りには濃い瘴気が立ちこめておる! あるアイテムを使って瘴気を晴らさないかぎり城にはたどり着けんぞ!」
「そのアイテムってなによ!」
「そんなものエルフの聖杯に決まっているだろう! ……あ」
やってしまった!
今度は、女賢者の何気ない問いに魔王は口を滑らせてしまったのだ。
「なるほど、メモメモ_φ(・_・」
女賢者は、その情報を冷静に紙に書き記した。
魔王バルガスの顔に目に見えて動揺が走った。
しかし魔王である以上、勇者の前で弱気な態度は見せられない。
なんとか強がって自らの強大さを主張しようとするが、ちょっとオツムがアレなのか、その過程でついつい重要な情報をポロってしまう。
「し、城に入れたからといって、中には恐ろしいモンスターたちがウヨウヨだ! 光系の呪文がないかぎり、貴様らは即刻あの世行きだろう!」
「なるほど、魔王城のモンスターは光系の呪文が苦手なのね!」
「うがっ! て、てゆうかさぁ。そもそも城の周りの瘴気を晴らすエルフの聖杯を手に入れるにはさぁ。エルフの里に行かなきゃいけないんだけどさぁ。里に入るにはとあるアイテムが必要なわけだよね。君らにそのアイテムを手に入れられるとは思えないなぁ!」
「そのアイテムは?」
「それはさすがに言えないの〜!」
「からの〜!」
「ルルルの石板という名前で、バルト王国の地下ダンジョンにあるけどなっ! まぁ手に入れるのは無理だろうけど、ダンジョンには毒攻撃を持つモンスターが多く出現するから毒消し草は多めに買っとけよ!」
なんて魔王バルガスの口は、豚足でも食べたのかというくらいにツルツルツルツル滑る滑る!
その後も結局、魔王城の城門を開ける鍵は、呪いの森に住んでいるカースドラゴンの腹の中にあることや、魔王の部屋にはオーマ石という呪文を封印する石があるので、まずそのオーマ石を剣撃で破壊しなければならないこと、魔王自身、肩のところに大きな角が二本あり、あらゆる攻撃を無効化するので、まず角を部位破壊してからじゃないと本体に攻撃が通らないことなどetc.etc.
魔王は、勇者たちに有益な情報ばかりつらつら長文乙で暴露しまくってしまった。
「えっとぉ……じゃあアンタの話を総合すると、まずバルト王国の地下ダンジョンにいってルルルの石版を手に入れる。そして、それからエルフの里に聖杯を持って行って中に入れてもらい、村長のおつかいの依頼を受けてエルフの聖杯を手に入れる」
「それから呪いの森でカースドラゴンを倒して魔王の鍵をゲット。魔王城のモンスター対策に光の呪文を拾得しておくこと。それから魔王の部屋にあるオーマ石は、呪文を封印してくるから剣で破壊すること。あと魔王は肩にある角であらゆる攻撃を無効化するから、まず角を部位破壊。その後、本体に攻撃をすること。これで完璧だね」
勇者と女賢者は、魔王がペラペラしゃべったことを書き記したメモを見ながらウンウンと相づちを打った。
「ま、まぁ、大雑把に言えばね。けど、アナタたちけっこう見落としてることもある感じだから、くれぐれも油断しないでよね、ウフフ……じゃなくて、ワハハハハ、あれ、涙が……あははは……さ、さらばじゃ〜」
すっかり憔悴しきった上空の魔王バルガスは、力無く言ってフッと姿を消し、再び村に明るい太陽が降り注いだ。
「うぷぷぷぷ」
「あっはっは!」
その下で勇者と女賢者は、大笑いでパンとハイタッチをした。
一週間後。
バルト王国の地下ダンジョンでルルルの石板を手に入れ、エルフの里へ入った勇者たちは、なんやかんやでエルフの聖杯を入手してルシエラ地方の霧を晴らし、呪い森でゲットした魔王城の鍵を使って城の中に侵入すると、光系の呪文でモンスターを蹴散らしながら、城の構造が記されたメモを片手に、自動ドアのようにスムーズに魔王の部屋へ到達した。
そして、アワアワする魔王バルガスをよそに室内のオーマ石を無慈悲に破壊。
さらに、魔王が「世界の半分を〜」というお決まりの台詞を言う暇もなく、肩に生えた攻撃を無効化する角をバキッとへし折った。
バルガスは、一週間前のあのホログラム映像での会話はなかったことにしようと懇願したが、もはや後の祭り。
勇者と女賢者は、メモに書かれた通り光魔法エリミネールで魔王の動きを止め、最終的に勇者の剣でバルガスの体を上から下までバッサリ一刀両断、オーバーキル。
長い間、人々を苦しめてきた魔王は滅ぼされ、世界に平和が訪れたのだった。