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カリア・リンク・イストワールの翻訳にあたって


三ヶ月前。


作家仲間のサネやんが血相を変えて訪ねてきたので事情を聞くと、普段なんやかんやで世話になっているリード出版社の編集長が、


「世界が闇に支配されようとしている今、行動を起こさずにはいられない! バンドエイド帝国万歳! 我が魂を皇帝に!」


というメッセージを残して編集部の金を奪って夜逃げしたと言う。

それを聞いた私は玄関先で崩れ落ちた。


なぜなら、私が当時雑誌で掲載していた「尻すぼみエトワール」の原稿料をまだもらってなかったからだ。

しかも、まるまる三ヶ月分。

私のように作品がなかなか本にならない作家は、出版社からの原稿料が命綱なのに、その出版社の編集長が原稿料を踏み倒して夜逃げなんて! 闘争に参加しているという話は本当だったのか? なんにしても原稿料がもらえなきゃお先真っ暗ブラックアウト。全身から血の気がサー。


「編集部に行かなきゃ」

「やめといたほうがいいですよ」


出版社に出向いて原稿料をせびろうとする私をサネやんが制止した。なんでも、ハイランド通りにあるリード出版社は今や未払いの原稿料を求める作家とどうしたらいいかわからず自暴自棄になった編集者とで悪夢のような乱闘騒ぎが繰り広げられており、窓ガラスは割れるわ、ダイナマイトは爆発するわで建物が半壊しているという。


「マジかよ。てか何でサネやんそんなに詳しいの」

「実際行ってきましたから。そんで手当たり次第金目のもん掻払ってきました、見てください」


そう言ってサネやんは玄関先で風呂敷を広げた。


「……」


ガラクタばっかりだった。

塗装の剥げたダルマ、ゴブリンのミイラ、折れた胴の剣、空っぽの一升瓶、顔が黒く塗りつぶされた写真、没と書かれた原稿、本が数冊。


「どれでも好きなのあげますよ、先輩には大学の時世話になりましたから」


サネやんはニッコリ笑った。前歯が折れていた。

あげると言われても欲しいモノなんて一つもないのだが、わざわざ訪ねてきた後輩の前に「いらない」とは言えず、私は一冊の本を手に取った。


それは今から二千年前に書かれた説話集だった。



「カリア・リンク・イストワール」



かつて世界が様々な階層に分かれていた頃、それぞれ世界を行き来する者達が、ありとあらゆる世界で見聞きした話を集めた本で説話週の中では比較的有名な部類に入る。

もっともサネやんが持ってきた「カリア・リンク・イストワール」は、今から五十年ほど前にでた現代語訳版で、現在どこの書店でもおいてあるような普及版だった。

そういえば学生時代に授業で習った気がするなぁ、習ってない気もするけど、なんて思いながらサネやんが帰った後一人部屋でウイスキーを飲みながら本を読み始めたところうぷぷぶはははっは!


壊。


ページをめくる度に笑いがこみ上げてくる。

過去に書かれたものだから堅苦しい説教話なのかとおもったら、全然そうではなかった。むしろ、役に立たないくだらない話が多く、真面目なんてクソ食らえみたいな開き直った物語の連続にすっかり物語の虜になってしまって、それから来る日も来る日もむさぼるように読みふけった。


そのうち読むだけじゃ飽きたらずに、「今ならこういう表現をするよね」とか「こういうニュアンスを入れた方がしっくりくるんじゃない?」みたいな感じで自分なりに物語を翻訳して原稿用紙に書いたりしていた。

そんな中、おとといまたサネやんが訪ねてきて開口一番、新しい雑誌を作るのだという。

それを聞いた私は、


「実はカリアの翻訳をしているんだよ、どうよ?」


と言ってサネやんに原稿を渡した。

サネやんはしばらくそれを読むと困ったように眉をしかめて、


「うん、そうですねぇ。アプローチとしては中々いいんじゃないかなぁなんて思わないこともないこともないですけどねぇ。じゃあ、また飲みに行きましょう」


とあからさまな作り笑いをして私の家を後にした。やはり前歯が折れていた。


サネやんからはそれ以降何の連絡もない。サネやんは何を思ったのだろうか。

まぁ何にしろ今日も私は机に座って金にも何にもならない昔の説話を翻訳しながら笑っている。

この世界で。

魔王もモンスターもエルフもいない世界で。

魔法も転生もダンジョンもない世界で。

一見まともそうに見えて、実はでたらめでどうしようもないこの世界で。




ハトミナル暦 二つ月 ヴーリン・ラガ

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