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第八話 過去

 ルカが学校を休んで三日になる。ツバサと俊はいつも通り授業を受けていた。いつも通りといっても恵のことは忘れたわけではない。少なくとも、俊は引きずっていた。しかし、ツバサは受け入れようとしていたのだ。

 この数日の間に、ツバサの周りでは変化大きかった。明らかに変化したのは他の生徒からの反応だった。

 恵の死はすでに学園中に広まっている。そして、悪者になったのはツバサだった。


「ツバサくん、おはよう!」

 俊はそんなことはお構いなしに、普段のようにツバサに接している。

「おはよう」

 ツバサもそんなこと気にもしていなかった。

「今日もルカさん休みだね」

「寮にこもってるのか? でもそう簡単には立ち直れないだろう」

「そうだよね」

 そんな会話をしているうちに、楓が教室に入ってきた。

「みんな揃ってるか? 珍しくツバサもいるじゃないか」

 教室中から冷たく鋭い視線がツバサに向けられる。

 わざとやってるのか、ツバサはそう思い、楓を睨んだ。

「ツバサ、ちょっと……」

 楓に呼ばれ、ツバサは教室を出た。

「最近、ルカが欠席しているのは知っているな」

「はい」

 知らないわけないだろうと内心で思った。

「そうか、ツバサに頼みがあるんだが……」

「頼み?」

「ルカの様子を見てきてくれないか?」

「俺が?」

「お前がだ」

 実際、ルカとは何も連絡は取っていない。

 ツバサは友達とメールのやり取りなんてしたことがなかった。しかし、ルカのことが気になっているのも事実である。

「わかりました。ルカの部屋に行ってみます」

「助かるよ」


◆◆◆


 授業が終わるとツバサは女子寮に向かっていた。

 女子寮って入れるのかな、そう思いながら到着した。案の定、入る前に止められた。

「あなた誰です?」

「東條ツバサです」

「男じゃないですか!」

 

 いや、見ればわかるだろと思うも、

「そうなんですけど……」

「バカなんですか? 男子は禁制です。そんなことも知らないのですか?」

知らないわけないだろ、そう思いながらも言葉に詰まる。

「寮長?」

 突然話に入ってきたのは、ルカの友達だった。


「なんですか?」

「この人はルカさんの友達ですよ。友達のツバサさん。寮長も知っているでしょう?」

「ルカさんの……」

「そうですよ。きっとルカさんの様子を見に来られたんじゃないんですか?」

「そうだけど……」

「だから寮長、そんなに怒らないでください」

「了解です」

「ツバサさん、わざわざ様子を見にありがとうございます」

 なぜかツバサはお礼を言われた。


「でもツバサさん。ごめんなさい。ルカはここにはいないの。」

「え?」

「実家に帰ってるんです」

「え?」

「え、しか言えないんですか?」

「そんなことないです。何で実家に?」

「少し休みたかったんじゃないですか? いろいろあって……」

 実家の場所なんて知っているはずもないツバサは打つ手がなかった。

「実家の場所とか知ってたりしませんよね?」

「知ってますよ」

「なんで」

 思わず口に出た。


「まぁ、仲良いですし……幼馴染なんですよね」

「そういうことか」

「はい、ではルカのことよろしくお願いしますね」

「わかりました」

「ついでに、わたしツバサさんと同じクラスなんですよ。知ってましたか?」

「あっ……おっ……」

「知らなかったんですね。そんなことだろうと思いました」

「ごめん」

「いいんですよ。わたしはツバサさんがわたしを知らないことを知っていましたから」

「覚えておくよ」

「はい、よろしくお願いします。水内(みずうち)(れい)といいます」

 そう言って、玲とツバサの話は終わった。


◆◆◆


 ツバサはルカの実家の前に立っていた。実家といってもルカの両親はいない。祖父と祖母の家である。

「よし」

 そう言って、インターホンを押した。

 玄関の扉がゆっくりと開く。


「ツバサ?」

「やぁ……久しぶり……」

「なんでここにいるの?」

「なんでって、様子見に……」

「そんなにわたしのことが好き?」

「……何言ってんの?」

「冗談に決まってるじゃん」

 ルカの声は感情が入ってないようだったが、案外元気そうだな、ツバサはそう思った。


「わざわざありがとね。それじゃ」

「っておい!」

「冗談よ」

 来なければよかった。本気でツバサはそう思った。

「とりあえず、中に入る?」

「悪いな……」

「どうぞ」

 ツバサはルカの実家に入った。そして二階に上がった。

 ルカの部屋は普通の女の子の部屋だった。もちろんツバサは女の子の部屋など入ったことなどない。自分が想像している女の子の部屋と一致しただけだった。


「そこ座って」

「あぁ」

 ツバサはベッドの上に座らされた。

「で、どうやって慰めてくれるの?」

「慰められる前提かよ」

「そのために来たんじゃないの?」

 ルカの言っていることは間違いではない。

「いや……まぁ……」

 先にそんなことを言われてしまい、ツバサはなんて切り出していいかわからなかった。

「ありがとう、ツバサ。でもツバサが思ってるほど深刻じゃないの」

「本当か?」

 ツバサは心配していた。あれだけうるさいルカが何日も学校を休むなんてよっぽど恵のことを気にしているんだと考えていた。


「うん。恵を失ったことは本当にショックだった。これからも恵のことを思い続けると思う。でもくよくよしてもしょうがないじゃない。恵だってそう思ってるはずだと思うの。恵の分まで生きなきゃって。でも…… 身近な人を失うのはこれが初めてじゃないから」

「両親のことか?」

「うん。恵と両親が重なるの」

 ルカはそう言って両親のことを話し始めた。


 ルカの両親は戦士だった。父は戦前で戦うことが多く、母は情報科として活躍していたらしい。

 ルカが小三のとき両親は亡くなった。このときのことをルカは、はっきりと覚えていない。今から七年前だからというよりは、両親は日本で亡くなったわけではない。仕事のため、ヨーロッパの国に行っていた。

 当時の日本はフランスとの共同で、兵器の開発、能力者の育成などあらゆる分野において協力関係にあった。開発が進むにつれて、日本もフランスも共に力をつけつつあったのだ。しかし、フランスの成長は驚異的であった。日本から受けた技術をさらに発展させることに成功。もはや、日本はフランスにとってメリットではなくなっていった。そして、フランスの裏切り。フランス国内にあった日本の研究機関を襲撃。このため、多くの犠牲者がでた。そのうちの二人がルカの両親である。

日本はフランスを敵とみなした。しかし、攻め込むことはしなかった。力の差が明らかだったからだ。フランスも日本を攻撃しなかった。攻撃で無駄な人やモノを消費させるよりは自らの発展を優先したのだった。

 ルカは両親の死を直接見たわけではない。聞かされたのだ。だから本当のことかどうかなんてわからない。わかっているのは、もう両親がいないということだけだった。


 ルカの話が終わる。

「わたしはね、両親がいなくなって一人だった。寂しかった。そのあとは祖父と祖母の家に引き取られたわ。二人はわたしに本当に優しくしてくれたの。感謝してる。でもね、心にはぽかって穴が開いてるの。みんなにはある両親との思い出がないんだもの」

 二人しかいないこの空間。ツバサは何も言わない。


「でもね、ツバサ。そんなわたしでも友達はできたの。それがわたしの失ったものを少しずつ埋めてくれた。わたしにとって大切な…… かけがえのないもの。でもまた失った。」

 ルカの顔は悲しそうだった。

「ツバサ…… なんでだろうね。なんでわたしばかり……」

「……わからない。でもお前だけじゃない。恵を失って悲しいのはみんな同じだ。みんなが同じ悲しみを背負っている。分け合ってるんだ……。それでもお前がつらいなら、俺に全部押し付けろ! 俺が全部背負ってやるから」

 ツバサはくさいセリフを言う。

「なにそれ」

 ルカは泣いている。そして笑っている。


「もう戻れない。過去には戻れないんだ。だから今を大切にしよう」

ルカは笑っている。ツバサは恥ずかしそうだ。

「ツバサもそういうこと言うんだね」

「たまには良いことだっていう」

二人は笑った。

「それに、俺だって一人だったぞ」

「それはツバサがコミュ症なだけでしょ! 一緒にしないで!」

 ルカは笑いながら袖で涙を拭う。

「俺は最低限の関わりしかしないんだよ」

「ふーん。ならわたしたちとの関わりは必要なかったんじゃない?」

「たしかに……」

「最低!」

 ルカはツバサを叩いた。

「冗談だよ。でも最初はそう思っていた…… でも今は大切に思ってる」

「告白?」

「バカか」

「なんだ、期待したのに」

「みんなを」

「そうだね。わたしも大切に思ってる」

「よかった」


 二人しかいない空間。

 窓からは夕日が差し込む。

 部屋が赤く染まっている。

 二人の顔も夕日に照らされていた。


「とりあえず、俺の仕事は終わりだな」

「わざわざありがとね」

「俺は帰るとするか」

「そうだね。暗くならないうちに」

「あぁ」

 ツバサは立ち上がり、玄関を出ようとする。

「ドンッ」

 後ろから温かい感触。

「ツバサありがとね」

 ルカはツバサに後ろから抱きついた。

「本当にありがとう」

「学校で待ってる」

 そう言って、ツバサはルカの家から出た。


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