第六話 作戦 1
金曜日。任務遂行の日だ。
俊は都市警備隊本部に向かっていた。
エリアIの中心部にある都市警備隊本部は学園からバスで十五分ほどである。最高強度のガラスで表面が覆われたビル。それに夕日が反射していた。ビルの入り口には警備員が立っていた。
俊は名前を告げ、中に入った。
「こんにちは俊さん」
「あ、はい。こんにちは」
「わたしは桜井カスミ。わたしのことを知っていますか?」
俊は見覚えがある。それは当然のことだった。カスミは学園の副生徒会長であるのだから。
「副会長さんですよね?」
「あら。ご存じだったのですね! ありがとうございます」
俊は知ってると言っても名前くらいだった。
「それでは案内しますね。ついてきてください」
二人はエレベータで三階に行く。
「ここです。どうぞ」
扉が自動で開き、俊は中に入る。
広い空間に規則正しく並べられたコンピュータがおよそ一〇〇台。正面には大きなスクリーン。横にもいくつかテレビのような画面がたくさん設置してある。
「ここは情報A科。あなたにはここで少し協力してほしいのです」
「協力?」
「はい。最近、外部からここにあるコンピュータに不正アクセスが多いのです」
「僕はそれを阻止すればよいのですか?」
「そうです。そして誰がアクセスしたのか調べてほしいのです。ここにいる人たちも全力で調査しているのですが…… 人手不足で。今回の事件の方に人員を使ってまして、こちらに人員をまわせないのです。それに今回の事件と無関係とは言い切れませんし」
カスミは困った様子であった。
「わかりました。できる限り協力させていただきます」
「ありがとうございます。ここにあるものは使っていただいて結構なので」
「ありがとうございます」
「ではこちらが不正アクセスの記録です。他にも詳しい情報はそちらのコンピュータにはいっていますので」
「わかりました。調べてみます」
そう言うと、俊は調べ始めた。しかしただ調べているのではない。何千というアクセス記録を同時に追跡している。そしてなんといってもその速さである。コンピュータのパフォーマンスを最大限以上に上げている。コンピュータ内にある電磁波を操作し、いくつものコンピュータ同士を繋げているのだ。
「素晴らしいですね。期待していますよ」
「はい。期待に応えられるよう頑張ります」
◆◆◆
ツバサ、ルカ、恵の三人は俊とは別行動だった。
都市警備隊の攻戦科と医療科は廃ビルの近くにある建物で指揮をとることになっていた。そこにツバサたちは向かっていたのである。
バスの中でルカがツバサに話しかけた。
「やっぱり危ないのかな?」
ルカは怯えていた。
「たぶん危険だと思う。これはこの前の試合とは違う」
ツバサの目は真剣だった。
「でもルカは大丈夫だろ。実際に戦闘するときは俺や恵がやるんだから。お前は医療科だろ。戦う必要はない」
バスの一番後ろの席に三人は座っている。他の乗客はいない。そして会話が途絶える。
沈黙のあと、ルカが話し始めた。
「わたし、両親がいないって話したじゃない?」
「あぁ」
「わたしは戦士だった両親のことは誇りに思うの」
「そうだな。立派だよ」
「うん。でもね、戦士だからって死んでいい理由にはならないと思うの。戦士だから死んでもしょうがないっておかしいじゃない。生きてる方がずっとまし」
ツバサはルカがどれだけ傷ついているのかわからない。しかしルカの言っていることは正しいと思った。
「俺は大丈夫。恵だって俺が守ってやる」
「ありがとう。ツバサ」
ツバサを見て、微笑んだ。しかしツバサには無理やり作ったようにしか見えなかった。
三人は長い間、バスに揺られていた。そして到着した。
「こんにちはツバサくん、ルカさん、恵さん」
バス停の前で背の高い男が待っていた。
「こんにちは……」
ツバサが挨拶した。ルカ、恵も続けて挨拶した。
「僕は霧島晴。クロノス学園の生徒会長をしています。よろしく!」
明るくてはっきりした口調だった。
「会長?」
「はい。みなさんもご存じのとおり、都市警備隊はあらゆる学園の生徒が配属されています。他の学園の人がいても不思議ではないでしょう。それに今回は僕があなたたちの指導者です。ツバサくんと恵さんはわたしの班と一緒に行動してもらいます。ルカさんは医療班ですね。あとでご案内します。とりあえずいきましょう」
四人は建物の中に入っていった。
攻戦科は非能力者も少なくない。むしろ能力者の方が少ないくらいだ。
霧島晴も能力者ではない。しかし武器を使った戦闘が得意なのであろう。それなりの技術があるからここにいる。ツバサはそう思った。
建物の中には学生がたくさんいた。その間を通って、ツバサたちは進んでいく。
「誰だよ。あいつら」
知らない学生がわざと聞こえるように言う。それもそのはずだ。ここにいるのは上級生ばかりである。一年生のツバサたちは珍しい存在だった。
「なんかいいようには思われてないみたいですね」
恵は周りの視線に合わせることなく進んだ。
「気にするな。どうせ他人だ」
ツバサは呟いた。
「ついたよ」
目の前には五人の武装した人間がいた。
「これが僕たちの班だよ。ツバサくんと恵さんを含めて、八人で行動する。ルカさんは医療班だからこっち」
そう案内されてルカは第三医療班に配属された。
「じゃあ、時間もないし作戦を説明するよ」
そう言って晴は廃ビルの地図を広げた。
「僕たちの班以外に七つの班がある。廃ビルの周りから一斉に攻め込む。おそらく相手は躊躇なく攻撃してくるだろう。こちらとしては捕まえることが目的だがやむをえない場合は殺しても問題ない。僕たちは北から攻め込む。相手は何人かわからないが、ビルに入ったら僕たちは地下担当だ。地下に降りて相手を捕まえる。わかったかな?」
ツバサと恵はうなずいた。
「それじゃあ行こうか」
霧島班は廃ビルに向かった。
◆◆◆
廃ビルにつくと攻撃の準備を始めた。晴曰く、ツバサと恵は後ろからの攻撃を備えればいいらしい。戦前の攻撃は晴達に任せればよいということだ。
「頼りになる先輩方だ」
そう呟いて合図を待つ。
ビルの周りは物音ひとつしない。そして作戦が実行される。
合図とともに一斉に攻撃が開始された。
「ドドドドドドッ」
銃声が響き渡る。
あちこちで悲鳴が聞こえる。
ツバサたちは晴たちの後をついていく。
「きゃー!」
こちらに向けて銃弾が飛んでくる。
恵は思わず悲鳴を上げた。
「恵落ち着け! 大丈夫だから」
ツバサはしゃがみ込む恵に声をかけた。
「あそこだ!」
晴がビルの窓を指差す。
「うおおおー」
「ドドドドドドッ!」
そちらに向けて銃弾が発射される。
「ツバサくん後ろお願い!」
晴が叫ぶ。
「ヒューン」
ツバサに銃弾が当たる。
「なに⁉」
ツバサには銃など効かない。
銃弾は当たったと同時に消えていった。
「能力者めー‼」
銃が無造作に飛んでくる。
ツバサは走って相手との距離を詰める。
「グゥオッ」
ツバサは相手の銃を手で捻じ曲げ、髪を掴んで顔面に膝蹴りを入れた。
「バタッ」
そのまま気絶したようだ。
ツバサは晴からもらっていた銃を腰からとり、残りを撃ち倒した。
「行くぞ、恵!」
ツバサは恵の手を握り、晴たちを追いかけた。晴たちは割れたガラスから中に潜入していた。
「みんな無事ですか? これから地下に入ります。どうやらほかの班も潜入に成功したようですし」
「ツバサくん、ありがとう」
恵の細い声が聞こえた。
「安心しろって。俺がいるから」
「よし! そこの階段から降りるぞ!」
一斉に階段を降りていった。霧島班を含め四つの班が地下担当だ。
地下はいくつもの部屋に分かれていた。薄暗い廊下をツバサたちは進んだ。
「意外に静かだな」
ツバサはそう思ったが前に進んだ。
しかし、地下一階では何も起きなかった。そして地下二階へ行こうと階段を下りようとしたときだった。
「ドーンッ‼」
ビルの上の方で爆発のような音が聞こえた。
「爆発か?」
ツバサが晴に問いかける。
「おそらく」
淡々と返答した。
「大丈夫なのか?」
「これくらいのことは想定内ですよ。それに、ビルの上で爆発があったのなら地下はより怪しいですね」
沈黙が訪れる。
「―⁉」
突然銃声が響いた。
「ドドドドドドッ!」
進行方向からの銃撃だった。晴はすぐに指示を出す。
「壁に隠れて攻撃!」
しかし、なかなか決着がつかない。
「俺が行きます」
ツバサが晴に言う。
「大丈夫ですか?」
「はい。恵、協力してくれ」
恵は頷く。すると、一瞬にして晴たちの目の前からツバサが消えた。恵はツバサを敵のもとに移動させたのだ。
ツバサは敵の中に移動するとすぐさま攻撃を始める。
「―うッ」
「うわあああ」
次々に倒れていく。
そのときだった!
恵の後ろから爆発音がする。
恵は吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。
「うぅぅ……」
恵はすぐさま顔をあげた。するとこちらに銃口が向けられていた。
「ヤバい……」
恵は肩に手を当てながら自身を敵の背後に移動させた。
「危なかった……」
恵は一本道の廊下の曲がり角に身を隠した。
「……えっ」
背後に気配を感じる。恐る恐る振り返る。
そこには長い黒髪、そして身長は高くない。同じくらいの女の子が立っていた。手には長い剣を握っている。
恵はゆっくり目を閉じた。
「―グサッ」
長い剣が恵の胸を貫いた。
「―バタッ……」
恵はその場に倒れた。ツバサはそれを見て叫ぶ。
「めぐみーーー!」




