旅立ちの日
北の教会から南へと森へ抜け、僕は平原へと出た僕は。
そこから小一時間ただただ南へと歩いて行くと、大きな道を見つけた。
「ふう、やっと着いたのかな? この道の広さ的には馬車道だと思うけど、しばらく待ってみようか。」
少し歩きつかれたのかシフォンは一息つき道の端で腰を下ろした。
しばらくすると遠目からでも見え始め、馬の駆ける足音も聴こえ始めた。馬車が来たようだ。
シフォンは立ち上がり手を振り、声を上げた。
「すみませーん! 中央の街まで乗せてってもらえませんかー。」
馬車は僕の目の前で止まり、御者の人が声を掛けてきた。
「こいつは珍しい今日は2人目か、その制服は中央の街の学園の者だろ。いいよ、乗って行きな。」
「はい、ありがとうございます!」
快く受け入れてくれた御者さんに感謝して僕は後ろの荷台へと乗り込んだ、すると荷台には同じ制服を着た男の人がいた。髪の毛は短めで逆立っている感じの男の人、学園へ行くだけあってかなり歳の近い感じのする人だ。
御者が言っていた”今日は二人目か”というのは同じ学園へ行く者を乗せるのが二人目だったという事だったのか。
「よっ、先に邪魔してるぜ!」
景気の良さそうな声で、明るい感じの挨拶してきた。どうやら悪い人では無いみたいだ。
「どうも、初めまして僕はシフォン・ケーキって言います。宜しくお願いします!」
とても無難な自己紹介になった、でも間違えではないと思う。
「はは、そんな堅苦しい挨拶なんて良いんだよ。俺の名前はフェン・クラップだ、気軽に呼んでくれ。そんで俺も今日からちょうど学園行きだな、ここで会ったのも何かの縁だ。よろしくな!」
とても気持ちの良い元気な人だ、僕は同じ学園のこの人と一緒になれて少しばかり安心した。
「フェンさんは、何処の出身ですか?僕は北の森――」
「――ああ、まだ堅苦しいぞ!フェンでいいよ、さんなんて付けられたら鳥肌が立っちまう。」
話の途中で苦笑いを浮かべ声を発した彼は、どうやら堅苦しい人との関係が酷く苦手みたいだ。
真っ直ぐで裏表も無さそうで判然とした態度の彼を見て僕はとても好感が持てた。
「っと、悪いな話の途中で、えっと出身だったけ? 俺は東の街からだぜ。有名な特産品とかは特に無いけどよ、地方じゃ結構大きいほうだし、祭りとかもあったな。まあ、そんでそこから家族に期待されて学園へ送り出された訳だけどよ、俺は神徒には向いてねえだろうからどっかの勢力に入るかな。」
出身地の話をしていたが、彼の口数はとても多かった。その中で自分が知らない気になる言葉が出てきので僕は質問を投げかけた。
「あの……神徒?って何ですか。」
二人の間に沈黙が訪れた、馬車の荷台で揺られ走る音だけがしばらく聴こえてくる。
そして、その沈黙を破るように彼は驚きながら声をあげた。
「なにぃ!? お前って今日から学園の生徒になるんだろう、神徒も知らないってどういうことだ?」
「え、えっと、ごめんなさい……」
思わずシフォンは勢いに気圧されて謝ってしまった、彼もまたばつの悪い顔で謝ってきた。
「い、いや、こっちこそ悪いな急に声を上げちまって。学園に入るからには知ってて当然だと思ってよ。シフォン、お前の出身って何処だ、もしかしてかなりの辺境の地だったりするのか……?」
「えっと、言われてみるとそうかも。僕は北の森にある教会の出身です。」
それを聞いた彼は少し困ったような顔をして、シフォンに色々な質問を投げかけてきた。
「お前のとこの教会の辺りに村とか街はなかったか?」
「小さい村なら少し離れた場所にありましたけど。あまり行かなかったですね用事がある時以外は。」
「中央の街の学園はどういう所か知ってっか?」
「えーっと世界に願いを創造える為の聖域って聞きましたけど。」
するとしばらくして彼は納得したような顔つきで頭を縦に振り頷いた。
「シフォン、お前ってかなり辺境の地に住んでたんだな。まあ、そんなことはいいか!いいぜ、どうせ街の学園まで着くのに時間は掛かるんだ、俺が教えてやるよ。」
「まず神徒ってのはだな――――――」
フェンの話を聞いて僕は学園について考えをまとめてみた。
神徒とは学園でも屈指の心の力の持ち主で、その力は天使に近いとされ天使の数字を冠する事を許された人達の事である。
天使の数字は全部で10まであるらしい。
第1のケテル、第2のコクマー、第3のビナー、第4のケセド、第5のゲブラー、第6のティファレト、第7のネツァク、第8のホド、第9のイェソド、第10のマルクト。
さらにこれらの数字の称を冠する10人の神徒には、それぞれ勢力が存在する。
生徒が自ら選び信仰した神徒の勢力につく、そして生徒は信徒と称されるようになる。
また神徒は心の力による絶対的な力の序列で決まっており、神徒は入れ替わりもあるとの事だ。
ここ数年では神徒の変動はなかったらしい。
そして、ある一定以上の心の力を持つ者だけが天使から使うことを許されるようになり扱うことが可能になると言われている心の力の具現化という神器があるらしい。
その神器は 心装具 と言われている。
10人の神徒はもちろんのこと、信徒の中にも発現させれる人はいるみたいだ。
そして学園を中心とした街で聖戦が行われ、突如として街に現れる塔を駆け上がり辿り着いた者が世界の中心である空の上にある天使が住んでいたとされる浮き島へ行き世界へと願いを創造えられるとのこと。
「――――――ってな訳だ。」
フェンは自慢げにその明るい性格と口ぶりから沢山の事を教えてくれた、そして僕は何もかも初めての事に少し興奮気味になっていた。
「それで、フェン! 今まで世界へ願いを創造えた人達は何を願ったのか知ってたりするの!?」
とにかく色々な事を知りたい僕は早口で質問を投げかけた。しかし、また彼の困った様な顔を見ることになった。
「それがよ、確かに願いを叶えた奴はいるらしいんだけど誰が辿り着いて何を願ったのか誰もわからないらしい。ただ、あの場所に誰かが辿り着いて願ったってだけしか記録に残ってないんだとよ。」
その話を聞いた僕は、頭の中で自分の考えを思い浮かべた。
世界に願いを創造えた人は誰だったのかもわからない、それに願いが何だったのかもわからない。だから誰の記憶には残らない、そして願いが世界に創造をもたらす変化にも気がつかない。
この小さくも大きな浮遊大陸の世界は今までに願いを叶えた人達が創り上げた世界なのか。もしかしたら誰も気がつかずに、願いによって変化し創造られてる世界の中で僕達は生きているのだろうか。
小さな考えから大きな疑念が僕の中で芽生えた。
「ねえ、フェン。もしかして、僕たちの住んでるこの世界ってその願いを叶えた人達によって創造られたのかな。」
あまりにもわからないことだらけに僕は思わず考えも無しに率直に聞いてみた。
すると彼は目を丸くして、まるで思いがけない質問が飛んできたことに驚いた様子だった。
「シフォン……お前、大丈夫か?願い事で世界を作るなんてある訳ないだろ。」
「というか、世界は天使が創造ったって有名な詩があるし、世界に願い創造えるなんて物は――あれだ、俺が思いつく限りでは皆が健康でありますようにとかだな。そういったありふれた物ぐらいじゃねーの?」
そのフェンの願いの話を聞いたシフォンは考えることをやめ笑ってしまった。
「そうだよね、願い事で世界ができる訳ないか。あはは、それにしてもフェンって凄く心優しいそうな願い事を思いついたりするんだね!」
「ち、ちげーよ俺は例えばそんな願い事があるんじゃないかって話だよ!まぁでもよ、何処かの神徒に付き従って信徒になるならちゃんとした願い事がある奴のところがいいな。」
彼は照れながらも自分の信じる道をすでに探して見つけようとしているようだった。
「シフォン、お前は何が願い事でもあるのか?」
「僕は……」
会話の流れで聞かれたこと、それは僕の願いは何か。今まではただ人の為になることをしようと考え、知らない事を知り新しい経験ができれば良いと楽観的に考えていた。
だけど学園や世界の話を聞いていると、色々な考えが生まれてきたように感じた。
「わからない、これから色々と考えてみるよ。とりあえず、人を助けれたり護れる様に頑張りたいかな?」
シフォンは特に何も考えずに想っていることを口に出した。
「まあ、お前には初めて聞くの事ばかりで、願いなんて考えても無いか。それにしても、何だ? その人助けや護るってのは、教会の教えっとかってやつなのか?」
シフォンの人を助けたり護る等を頑張るという、ただ漠然とした目標にフェンは不思議がった。
「うーん、そういう訳じゃ無いんだ……」
僕は少しだけ言い淀むと彼なら大丈夫だと思い少し暗くて重い話をした。
「僕は教会の前に捨てられてた孤児でさ、そこから拾われて教会の人達に大切に育てて貰ったんだ。」
「だから僕は助けられっぱなしの人生だった。だから、これからは人を助けられるような人になりたいと思っただけかな?」
納得してくれた様子なのか真剣な眼差しを僕に向けて、彼は頷いてくれていた。
「そうだったのか、シフォン。それにしてもお前ってば立派な奴だな! 気に入ったぜ。」
フェンは僕の暗い重たかった話を物ともせずに明るく振舞う様子が伺えた。
そして僕は彼にとても気に入られたみたいだ。
「俺の考え付くような願いより、お前の目標のが全然凄いじゃねぇか! もしもシフォンが願いを見つけたとしたら、とんでもない願い事になりそうだな。もしもよ、お前が願い事を見つけて神徒になることでもあったら俺はお前についてくぜ?」
本気とも冗談とも取れる様な素振りで彼は笑いながらシフォンの肩を叩きながらそう言った。
「ありがとう、フェン――――おーい、御二人さん街が見えて来たぞ。」
シフォンが感謝の言葉を述べた束の間も無く、御者の人から街へ到着したとの声の知らせが聴こえてきた。
「おっ、そろそろ街に着くみたいだな。シフォン、そしたら一緒に学園の寮まで向かうか!」
「そうだね、フェンが一緒だと心強いよ。」
二人はすでに友人とも呼べるような関係になっていた。
「それじゃあ、二人とも気をつけてな。頑張れよ。」
御者の人がそう言うと二人は礼をして感謝を表し、馬車が去ってく様子をしばらく見ていた。
「よし、それじゃあシフォン! 街へ入って学園の寮を探すか。」
「そうだね、まだ陽がある内に探さないと暗くなってからじゃ探すのが大変だ。」
昼前に教会を出てから南へ向かい森を抜け、馬車で街まで到着する頃には陽が傾き始めて夕暮れ時になる前頃になっていた。
シフォンは街へ入る前に上を空見上げた、世界の中心の街の上に空高くに浮かんでいる島を見つめた。
そして二人はしばらく街の中を歩き、この街の中央の広場まで向かい辿り着いた。
「ここが街の中央広場か、そしたらここから学園の寮はどこだ?」
「えっと、僕が街の人に聞いてくるよ。」
シフォンが言い終えると、突如として街全体に鐘の音が鳴り響いた。心の奥底に響くような音。
周りの街の人々が騒ぎ立ち始め、男の人が声をあげた。
「塔が現れたぞ聖戦だ! ここは聖域になるぞ屋内に入るんだ。」
すると街の人々は近くの家屋や建物等に入り、まるで避難をするかのように逃げ隠れた。
そして街を見渡すと、来た時に確かに無かったはずの塔が広場から見て北の方角に天高くそびえ建っていた。
辺りには人も誰もいなくなり広場にはシフォンとフェンの二人きりの状況になってしまった。
「っげ、よりによってこんな時に聖戦の始まりだぁ!? 不味いぞ、シフォン! 俺たちは着いたばかりでどこの勢力にもついてないが生徒である以上は他の信徒から敵対視されるかもしれないぞ。」
それを聞いたシフォンは驚き、事態をうまく飲み込めていない様子だった。
「えっと、それじゃあ僕たちも建物に避難しよう!」
「馬鹿! 制服を着た奴が聖戦時に関係ない民家や建物へ退避するのは、背信行為って罰せられるんだよ。」
二人で考えながらも慌てている間に、遠くからは戦闘しているような人達と音や声が聴こえて来た。
打開策を模索している間に塔へ向かう神徒と信徒同士の戦い始まったのだ。
塔から離れれば恐らく向かっている信徒達に出くわす可能性があり塔へ向かえば確実に戦闘に巻き込まれるだろう。
「フェン!そしたら塔から逸れる方向へ移動しよう、それなら戦いに巻き込まれずに済むかもしれない。」
「あぁ、それがいいな。わかった、急いでここから離れるぞシフォン!」
そして二人はしばらく走り移動して東側の街の建物の路地裏まで避難したのだった。
「はぁはぁはぁ、も、もうここまで来れば大丈夫かな?」
「ふう、どうだろうな。だけど聖戦が終わるまで寮の場所を探したりできなくなったな。」
聖戦が終わるまでという言葉を聞いたシフォンは彼に疑問を投げかけてた。
「えっ、聖戦が終わるまでってそんなすぐに終わる物なの!?」
シフォンの疑問は最もだ、塔へ駆け上がり天使の住んでいたとされる浮遊島に願いを叶えに行く。
さらにそこまでに神徒と信徒同士の戦いも含まれており、とても1日掛けてでも終わるような戦いではないと思えるのだった。
「あぁ、大丈夫だぜ、あの塔は数時間もすると消えるらしいからな。聖戦は時間が有限なんだよ。」
「あと数時間……」
フェンの答えはシフォンにとって良い物ではあったが、同時に数時間の間に信徒や生徒達と出くわしたり戦闘に巻き込まれたりする可能性出てくる懸念が生まれた。
「シフォン、念のために言っておくが戦闘になったらちゃんと心の力は使えるな?」
「俺は頑丈が取り柄だけどもよ生身で心の力を受ければ大怪我じゃすまない事だってある、それくらいの危ない力でもあるってのはわかってるよな。」
そう、彼の言ってる事は事実だ。
心の力を発現していない生身の状態で攻撃性のある心の力を受けると人は簡単に大怪我をすることだってある下手をすると命までも失いかねない。
心の力を発現することは言わば、心の力を身体に纏わせ鎧の様な状態にすることだ。
マザーがシフォンの手の怪我を治した心の力とは違い、人にはそれぞれに使い方次第で攻撃性のある心の力を持っている場合が多い。
そしてその力を使って聖戦を行う聖域なのだと、シフォンは改めて実感した。
「うん、大丈夫だよ、フェン。」
この時、シフォンは嘘を吐いていた。
シフォンの心の力を発現させ身体に纏わせるという行為は、それだけで自他共々を巻き込んでしまうほどの不完全な力を持っていた。
自分のせいで周囲、全体を巻き込んでしまう。そのせいで悩み使えないでいたからだ。
本来、心の力の発現とはその人の身体能力の向上や心の力に対して防御的な効果が現れるだけなのだ。
そこから心の力を制御し操作できることで様々な力の運用が可能となる。
つまりシフォンは心の力を発現させる時点ですでに自分で制御し扱いきれていないという事になる。
「おお? ここまで来てる生徒が他にいるとはな。へぇ~、早いじゃん!」
「ねえ、あなた達、悪いけどここでご退場して貰う事になるけど構わないわよね? シェバト様の塔へのルートを確保しないといけないのでね。」
人通りの少ない路地裏で身を隠していたが、どうやら急がば回れとこの裏道を塔へ向かう道筋に選んだのだろう。
二人の男女の生徒と思われる人達が声を掛けてきた。
――これが僕の初めての聖域で行われる戦いになるのだった。――