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後日談3 プレゼント

 

 先代様ご夫婦帰還の先触れが届いたのは、私達が夫婦になってひと月半程経った頃だった。


 殿下からの手紙がひと月で届いた事といい、今回の馬車といいスピード記録更新にも程があるでしょ!?王都からブラック領(ここ)まで、確か通常ならば往復で二ヶ月はかかる行程だよね。

 うちからセブンスさんが送り出した(リームに後から聞きました。何ていう恥ずかしい報告しちゃってんの!?)使者の子、大丈夫かな。まだ本人が帰って来ないんですけど……。

 あ、殿下の使者を務めた騎士さんは二日間寝込んでたっけ。回復師(女性)を呼ぶ騒ぎになって、お婿に行けないって泣いてたっていうのはメイドさん達の噂だ。……彼に何があったのか、気になるわあ…。



 先触れを受けて、グンナルと一緒に玄関ホールでお迎えです。

 以前までの私の立ち位置は雇われ奥方だったので、先代様ご夫婦は使用人の一人として気安く接してくださっていたのだと思う。

 でも本当の夫婦になってから顔を合わせるのは、これが初めてだ。

 奥様とは何となく気が合うつもりだったけど、嫁と恋人は違うって聞くしね…。先代様とはほとんど挨拶くらいしか交わした事ないし。


 嫁姑問題で昼ドラ展開とかになったらどうしよう!?

 ……あちらの世界での嫁いだ友人の愚痴は主にこれだったんだよねー。


 私の緊張が伝わったのか、腰に回された手に少しだけ力が入り、引き寄せられる。

 いかん、いかん。ずっと側にいるって決めたのは私なのに。

 好きだからこそ、その人の大切な人達から嫌われたくなくて臆病になるなんて、柄じゃないよね。

 両頬をパンッと軽く叩き自分に活を入れ直して、グンナルに寄り添う。

 その手を握り二人で微笑みあったところで、扉が開かれた。



 颯爽と入ってきたのは黒髪に金茶色の瞳をした壮年の紳士。刻まれた皺さえも彼の魅力を引き出している。まるでグンナルの少し先の姿が想像出来る様だなんて、今更ながらに気が付いた。何だかちょっと嬉しいかも。

 そして、その腕にしっかりエスコートされた女性は、蜂蜜色の柔らかそうな髪にグリーンの瞳の小柄な美女。綺麗に歳を取りながら、少女のような無邪気さを滲ませる不思議な方だ。


「お帰りなさいませ、父上、母上」

「お帰りなさいませ、ロウニー様、マーサ様」

 グンナルに続き私も挨拶を告げると、ロウニー様からダメ出しが入りました。


「こらこら、カオル。父上、母上だろう?」

 茶目っ気たっぷりにウィンクをされて、少し肩の力が抜けました。


「まったく、告白までに二年もかかるなんて困った子ね~。

 熊みたいに大きいのに、そんな所までロウニーそっくりなのですもの」


 マーサ様はため息と共に息子を熊発言だ。やっぱり熊っぽいですよね?

 そしてそっくりなんですか!……ヘタレ具合?

 がっくりとうなだれるグンナルに、楽しそうにしながらも「私は二年もかからなかっただろう?」とマーサ様に反論するロウニー様。

 思わず噴き出してしまった私は、そのままギュッと彼女に抱きしめられた。


「グンナルを選んでくれてありがとう。貴女と親子になれて嬉しいわ」

 そう微笑んだ顔があまりにもうれしそうで、緊張なんてどこかに飛んで行ってしまった。



 ・・・・・・・・・・・・



 そして私は今、プレゼントの山に埋もれて遭難しかけてます。


 あの後マーサ様は私の腕を取って、さっさと階段を上がり私の部屋に陣取った。

『男子禁制!プレゼント大お披露目会』の開催です!

 ああ、グンナルの方はロウニー様に引っ張られて行きました。

 付近の視察も兼ねて乗馬に連れ出すつもりらしい。長旅だったはずなのに、お二人とも元気だよね。




 それにしても、よくこれだけの荷物積めたよね!?

 聞いたら、馬車をもう一台用立てたそうな。プレゼント専用ですか!!

 しかも全部私へのプレゼント(笑)マーサ様!!一生ついて行きます!!


 私が開けたプレゼントの整理は、リームとメイド頭であるベアトリーチェが捌いてくれている。今の私、ヒマワリの種でタワーを周りに作るハムスター状態なんですけど。

 ちなみにベアトリーチェの両親は王都別邸の執事頭とメイド頭だ。しかもかつてのブラック領主館でそれぞれ筆頭を勤め上げた凄腕。今回の帰郷にはメイド頭のポワイエさんのみ一緒に付いてきている。久しぶりの親子の再会だというのに、そっちのけで二人ともプレゼントの整理と確認に夢中ですけどね。…うん、親子だ!


 女が五人でプレゼントが山となれば、話は尽きませんよね。可愛い物は大好きさっ!!

 多数のプレゼントの中で特に目を引いたのは、最近王都で流行っている色々な部屋着でした。

 これが、すっごく良い!!何せコルセットという殺人矯正具を付けなくて良いんだよ!?もちろん公の場で身に付けられる訳ではないけど、館内で過ごすには問題ない作りだし、既製品として購入できる。何より、ゆったりとした作りだから、体への負担が少ない。

「まだ早いとは思うのだけど、子供を授かった時に専用の服を仕立てるのは時間がかかるし、コルセットは母体に良くありません」

 その気遣いが嬉しくもあり、そしてすっごく恥ずかしい。

 が、頑張ります、頑張りますけど………プレゼントの山に埋まってもいいですか…。



 マーサ様曰く、『大流行の予感…!』らしい。それはわかる!!皆ほんとは辛かったんだね!

 早く来い!脱コルセット全盛期っ…!!





 全てのプレゼントを開ける頃には、すっかり日が傾き始めていた。

 楽しいけど、疲れた……。


「カオル、最後のプレゼントです。実はこれを早く貴女に渡したくて、(わたくし)急いで戻って来たのよ。ふふ、ロウニーにはずいぶん無理を言ってしまいましたわ」


 ポワイエさんが恭しくベルベッドの箱をマーサ様に手渡す。

 彼女はそこから、美しい首飾りを取り出す。

 ピンクがかった透明な宝石を、美しい細工を施されたプラチナの台が蔦の様に囲んでいる。蔦が鎖の役目を果たし、間にはパールと小粒のダイヤがちりばめられていた。

 意匠は最近の流行とは違う。でも、時代など感じさせない確かな存在感と品のある首飾りだと思う。リーム、ベアトリーチェと一緒になって、ほうっとため息をついてしまう。


「とても素敵な首飾りですね。この中央の石はルビーですか?」

 ピンクダイヤとも違う。光の当たり具合によって、輝きが粒の様にはじけて見えるのだ。その透明なピンクも、桃色といった方がしっくりくる様な淡い落ち着く色だ。


「これは、ピンクサファイアよ。特にこの発色の石は王家管理の鉱山でしか発掘されないの。ごく少数しか採掘されないから販売流通もしておりません。加工して身に付けるのは王家縁の方のみ。別名『王家の石』とも呼ばれるの」


「この首飾りは、王家より降嫁された先々代伯爵夫人、ロザリンデ様より譲られた品です」

 先々代伯爵夫人ロザリンデ様はグンナルのおばあ様にあたる方だ。その方の首飾り。

 首飾りをそっと私に掛けながら、マーサ様は語る。


「私とロウニーは、お互いに夜会で一目ぼれをしてしまったの。

 でも私の父はロウニーとの結婚には反対でした。ブラック伯爵領は辺境の地ですし、情勢も今ほどは安定しておりませんでした。何より、私の事は政治的立場の有利になる様な、王都内の名家へ嫁がせようと考えていたようでしたから。

 結局、父はしぶしぶ了承したのだけれど、嫁ぐ時には私と父母との関係は良好とは言い難かったわ。実の父母と疎遠となり落ち込む私に、ロザリンデ様はこの首飾りをかけてくださり、おっしゃったの。


(わたくし)と夫の婚姻は政略結婚でしたが、嫁ぐ時に私はこの首飾りに夫と新しい家族への愛と忠誠を誓いました。貴女はロウニーに愛を誓ってくれましたね。

 ですから私は、この首飾りにかけて貴女を守ります。今日から貴女の父母は私達ですよ』


 その後グンナルが生まれて、実の父母とも仲直りは出来たけれど、ロザリンデ様(お母様)の言葉はずっと支えでした。ですから私も、この首飾りに夫と新しい家族への忠誠を誓ったのよ」


 マーサ様は愛おしそうに首飾りを撫でる。

 首飾りが私の胸元で瞬いたような気がした。


「マーサ様…」


「母と呼んではくれないのかしら?」

 ロウニー様そっくりの、茶目っ気たっぷりのウィンクをされて、思わず笑ってしまった。


「お母様」


「カオル、貴女はグンナルに愛を誓ってくれましたね。

 ですから私は、この首飾りにかけて貴女を守ります。今日から貴女の父母は私達ですよ」


 それは、お母様(マーサ様)お母様(ロザリンデ様)から送られた言葉。

 彼女は私が異世界人だと知っている。二度と両親に会えないだろうと知っているのだ。

 思わずその肩に顔を埋めて涙を隠してしまった。

 彼女の手が背中を上下に撫でてくれる。


「玄関ホールで貴方達が出迎えてくれた時。グンナルが手袋を外していた事が、私達夫婦にとってどれ程嬉しい出来事なのか、きっと貴女は知らないでしょう?

 あの子のギフトを恐れないでくれて、ありがとう」


 ああ、馬鹿だなぁ…。

 自分の世界とこの世界で揺れていた私を、見守ってくれたやさしい人のご両親なのに、私は何を的外れの心配をしていたんだろう。

 顔を上げて、彼女の瞳を真直ぐに見つめる。


「私、カオル・ブラックは、この首飾りに夫と新しい家族への愛と忠誠を誓います」


 彼女はゆっくりと頷いてくれた。




「ふふ、忠誠って、まるで騎士のようですね?」

 照れ臭くて聞いてみると、意外な答えが返って来た。


「ロザリンデ様は降嫁される前は、女騎士を目指していらしたのよ。伯爵家に降嫁されてからも、何度か国境線の小競り合いに参加されたとか。流石にロウニーを身籠ってからは自重されたそうですけど、ブラック領の戦乙女といえば、ロザリンデ様の事だわ。

 それに、ロウニーとグンナルの戦い様はロザリンデ様を彷彿とさせると、以前軍の古参の隊長が言っていたわね…」


 ………熊!!ロザリンデ様はまさかの熊さん系統ですかっ!!お会いしたかったぁ!

 異世界の王女様って、ワイルド系だったのね。先入観っていけないなー。




「そうそう、この首飾り、他の三人(元妻)には譲るどころか見せる気も沸かなかったの」

 笑顔がちょっぴり怖かった…。こんな優しげな人を怒らせるなんて、元妻の皆さんは何をしたんでしょうね?




 ・・・・・・・・・・・・・・




 お父様とグンナルが戻ってきたのは、夕食の時間になってからだった。


「……カオル?目元が腫れているぞ」

 大分時間も経ったし気づかないと思ったのに、目ざとく見つけられてしまった。


「何をしたのですか、母上?」

 私を自分の腕の中に閉じ込めて、険のある声を出す。

 傷つけない様に指の腹で、触れるか触れないか、そっと目元をなぞられる。


 こらこら、お母様にそんな態度取っちゃいけません。私が怒るよ?

 涙の跡には気づくのに、首飾りに目がいかないのはらしい(・・・)けどね。


「……これは」

 私の記憶を視て、グンナルの視線が初めて胸元の首飾りに向かう。


ロザリンデ様(お母様)より(わたくし)が受け継いだ首飾りです。

 これをカオルに渡したかったのよ」

 にっこりと微笑みながら、お母様が告げる。


「母上…ありがとうございます」

 私をもう一度強く抱きしめながら、グンナルは満面の笑みを浮かべた。

 認められてよかった、祝福されて良かったって、心から思う。

 私もその背に腕を回す。


「ところでカオル?今日はせっかくだから、私達の部屋に泊りませんか?

 母親として元伯爵夫人として、貴女には伝えたい事がたくさんありますの」

 お母様、ここまで完璧な営業スマイル私は見た事ありませんよっ。

 ああ、グンナルの今の態度はお仕置きものですもんね。

 ガッテンだ!私はお母様に付いて行くと決めましたから!!


「光栄です!お母様。今夜は語り明かしましょう!!」

 私はかがんでグンナルの腕からするりと抜け、お母様の側に寄る。

 二人で腕を組んで食堂に向かうのを、グンナルとお父様は茫然と見送っていた。



 すぐに謝りに来たグンナルだったが、お母様は笑顔で門前払い。

 結局その晩、私はお母様の寝室で眠った。

 グンナルの子供の頃の話や、元妻達の話、そして社交のコツを聞いたり、私にとっては充実した夜だった。一番のとばっちりは、夫婦の寝室から追い出されたロウニー父様だったと思う。

「ごめんなさい、お父様」(合掌)

「全部グンナルが悪いのですよ?」(微笑み)

 そんな私達の言葉に、『いいんだ…』と言うその背中は、哀愁が漂ってました。



 結論。お母さんを怒らせてはいけません。




 ・・・・・・・・・・・




 一週間後


 笑顔で二人を見送った後、大きな熊さんは後ろから覆うように抱きついてきた。

「すっかり仲良しだな。俺よりも母といる方が楽しそうだった…」


「そんな訳ないでしょ。お二人は祝福の為にわざわざ戻って来てくれたのに、お母様を疑ったグンナルが悪いんです!」

 抱きつく腕をやんわりと解いて向き直り、その顔を見上げる。

「素敵な二人は私の両親でもあるんだよ。グンナルの両親であり、私の両親になったの。そんな二人に祝福されて嬉しいのは、貴方の事がとっても大切だからだよ」


 その手に指を絡めると、少しだけ力を込めて握られた。


「カオルが首飾りに誓ってくれたように、俺だって誓おう。但し首飾りにではなく、カオル自身に」

 そっと瞼にくちづけを落とされる。

 嬉しいけれど、ここは玄関前!目を逸らす使用人たちの口元が上がっているっ。


「……気障じゃない?」

 少しだけ呆れた顔を作ってみる。


「気障じゃない。男が首飾りに誓う方がよっぽど気障だろう」

「う~ん?そう、かなあ…」


 この辺の男心は私には謎だ。今度お母様が戻られた時には聞いてみよう。

 お父様とも、もっと色々と話してみたい。

 人生の先輩という良きアドバイザーが出来て、思考も視野も広がった気がする。




 お母様やロザリンデ様のように、いつか私も首飾りを継ぐ誰かに、貴女を守ると口に出来るかな。




 守られるばかりじゃない、大切な家族を守れる自分になりたい。

 そう強く思った。


お読み頂きありがとうございました。


後日談も含め完結のつもりでしたが、感想で頂いた「邂逅シーン」にアイディアを頂き、この話を追加しました。

少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

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