後日談1 視えるという事(グンナル視点)
本文グンナル視点となっております。
「怖いっ!!さわらないでくださいっ」
そう言ったのは、一番最初の妻だった。
素手で触れた人物の記憶を視る魔術素養。
結婚は貴族の義務とはいえ、迎えたからには大事にしようと思った。俺もまだ十代で若かったし、可愛らしい彼女にすぐに心を許した。心を許した相手にはギフトの制御が甘くなる。この能力は織り込み済みで嫁いだのだからと、慢心があったのかもしれない。
子供の頃からブラック家では普通だったギフトに、今迄あからさまに嫌悪を示された事が無かったから彼女の言葉は堪えた。
何気なく触れた彼女の首筋から視えた記憶は、故郷から彼女を追いかけてきた新兵の青年と彼女の逢瀬だった。
隣国との小競り合いから戻り、思わず新兵の青年が怪我を負った事を伝えたのは、気が緩んでいたのだろう。
彼女は負傷した青年を連れ出て行った。
俺は執務と食事の時以外は手袋をするようになった。
その後も同じような事を繰り返す。
心を許した途端に、視たくも無いのに視てしまう。
妻にだって手袋を外さなければいい。だが、父の手に躊躇いなく触れる母を見て育った俺には、希望を捨てることがなかなか出来なかった。
失敗を繰り返し、30歳を超えていい加減諦めかけていた所で、彼女が落ちてきた。
まったく別の世界からの来訪者。その記憶は知らない物に溢れ、彼女はその世界を謳歌していた。
『でも私、いつかは自分の世界に帰りたいんですけど』
そんな彼女を、何とかこの地に縛り付けた。
俺のギフトを知っても、恐れるどころかそれが普通の事だと受け止める。
ようやく見つけた。手放してはいけないと思った。
それでも二つの世界への思慕で揺れる彼女が、自らの意思で選ぶ事を望んだ。
・・・・・・・・・・・・・
「旦那様、良かったんですか?寝室を執務室の隣から移しちゃって」
目の前のソファで首を傾げるカオルを見て、思考の海から浮かび上がる。
「ああ、普通は夫婦の寝室は隣り合うものだ。執務室の隣を寝室にしていたのは例外だ」
「あ、そうなんですね。旦那さまってばワーカーホリックだから、私にも執務室の隣に移れって言ったら、どうしてやろうかと思ってましたよ」
呆れた様な顔をされた所を見ると、『ワーカーホリック』はいい意味ではないらしい。
「なんだ、執務室の隣が良かったか?それならこの階に執務室を持ってこようか」
ニヤリと笑いながら言ったら、ため息をつかれた。
「いりません!でもどうしてもって言うなら、その方がまだマシですね」
カオルは情けない顔で笑う。
「だって、あの寝室に通じるドア。くぐったら落ちて戻ってしまうかもしれないでしょ?」
彼女はそれを今まで一度も口にはしなかった。
その思考の中だけで、どれだけの隠し事がされているのだろう。
記憶が視えるだけでも十分なはずなのに、彼女の思考さえも視たくなる。
「まあ、視られたっていいんですけどね。でもきっとドン引きですよ?」
彼女は偶に俺の思考を読む気がする。これは異世界のギフトなのだろうか…。
「旦那様って、表情動かないイメージですけど、実際は百面相ですよねー」
くっくっく…と、淑女らしからぬ笑い方をする。
「なるほど。ではきっとカオルの前でだけなんだろうな」
そう言って、彼女の手を取り跪く。
視えるのは彼女と自分の朝のやり取り。
「カオル、愛している。これから先、何があっても何処にいても、貴女だけを想い続ける。
どうか私の本当の妻となって欲しい」
「プロポーズお受けします。ずっとずっと、貴方の側にいさせてください。たとえ何があっても何処にいようとも、貴方だけを愛し続けます。私の夫となってください」
返ってきたのは満面の笑み。
その顔を引き寄せて、くちづける。
俺とカオルはようやく本当の夫婦になった。
お読み頂きありがとうございます。
以下、裏側でのやり取り。(別に読まなくても困らないおまけです)
グンナル伯爵の新しい寝室。
その扉の前には三人の女性が気配を消して張り付いていた。
リリームは扉に張り付けていた耳を離し、そっとハンカチで涙を拭う。
アレクとメイド頭は、まだ止める気はないようだ。
(アレク様、私はこの事を伝えにセブンスさんの所へ向かわねばなりません)
小声で話しかけると、アレクとメイド頭が頷いた。
(ええリリームさん、後の事は任せてください。前回はここで引き揚げてしまった為に残念展開となってしまいましたから、譲るわけには参りませんわ)
アレクの言葉に隣でメイド頭も頷いている。
引き続きの監視任務を二人に託し、リリームは部屋から離れる。
向かったのはこの館の筆頭執事の自室だ。
コンコン、と小さくノックをすると「はい」とすぐ返事と共にドアが開く。
リリームは部屋に招き入れられてすぐ、現状報告を行う。
「ようやく、お二人が本当の夫婦となられましたわ。
流石にあの雰囲気からの何もなし…は無いと信じたいです。いえ、伯爵様ならあり得るのでしょうか……?」
「報告ありがとう。まあ、旦那様がいくらヘタレでも、奥様が本気を出されましたから何とかなるでしょう」
「確かに、その通りですわね!」
リリームは思わず力いっぱい同意してしまう。
セブンスは書き上げた手紙に封蝋を落とし始めた。
「セブンスさん、それは一体?」
封蝋に手で風を送り冷ましながら、セブンスは笑う。
「ああ。王都の先代様ご夫婦へのお手紙です。旦那様と奥様の件は逐一報告をしてはいましたが、いい加減ヤキモキされていましたからね」
早く知らせて差し上げなければ…などと言いながら、セブンスは早馬を手配する。
リリームは少し踏み込み過ぎかと思いながらも、質問する。
「先代様は家督を伯爵様に譲られてから、此方の領地には滅多にお戻りになられないとか。
カオル様との件、喜んでくださるでしょうか…」
リリームにとって重要なのはカオルの住環境だ。此方に引き取られてから、先代夫婦には一度も会った事がないのだ。
驚いたようにセブンスは振り返り、弾ける様に笑った。
「ははははっ!当然ですよ!
お二人とも本当はカオル奥様に絡みたくって仕様がないのですから。ただ、領地運営をご子息に託し、その分面倒な王都での社交を一手に引き受けていらっしゃるので、帰って来られないだけで。先代様達は、今までの奥様とカオル奥様が違う事なんて、お見通しですからね」
早馬は、セブンスの厳命と館の住人達による無言のプレッシャー、そして使者本人の本気により、軍の早馬スピード記録を更新した。
・・・・・・・・・・・・・・・・
ここは王都のブラック伯爵家別邸。
「マーサ!マーサはどこにいる!?」
「あらあら、ロウニー。ここにおりますわ」
今晩のワインの選定に立ち会っていたマーサは、地下室の扉からひょいと顔を出す。
夫のロウニー・ブラック元伯爵が手紙を片手に早歩きで向かってくる。
「やったぞ!ついに、ついにグンナルとカオルが本当の夫婦に!!」
夫が手にする手紙はブラック領のセブンスからの早馬だったようだ。
「まああ!!やっとですのね…。グンナルが意中の女性を見つけてから早二年。長かったですわね~」
マーサは安堵と少しの呆れでため息が漏れる。
執事や使用人からは「おめでとうございます」と口々に祝いが述べられる。
そう、グンナルは本人以外殆ど全員から、「早く告白しろ」とじれじれされていたのだ。
「あなた!早速明日には領地へ戻りましょう!!」
「もちろんだ!だがしかし、殿下への報告をせねばならん。
謁見の予約、今から間に合うだろうか…」
「そうですわね…。ではこうしましょう!
明日、一足先に私は領地に発ちますので、あなたは焦らずにいらしてください」
さも名案だと、マーサは満面の笑みで夫に告げる。
「そ、それはあんまりだろう、マーサ!何とか明日中には謁見を済ませるから!明後日の早朝に出よう!なっ?」
「………仕方ないですわね。では明日は可愛い義娘へのプレゼントを買いに出かけます」
そう言って、プレゼントのリストを作るため、マーサはメイドと一緒に自室へ篭ってしまった。
妻の自分への扱いがひどい…。ロウニーは少し泣きたくなった。
いるのかな、このやり取り…。いえいえ、次の後日談に繋がりますので。一応。




