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6 だから私はその手に触れる

◇で視点変更が入ります。

 夕食会は案の定、ご令嬢達が欠席となり内輪のものへと変わった。


 夕食でのアレクは目が三角になってました。怒った美人怖いよ~。

「王都のご令嬢なんて私がおりましたら、お茶も出さずに蹴散らしましたのに!」


「一応侯爵令嬢とかも居たし、ね?そういう訳にもいかなかったんだよ」

 何故か昼間の話題でご立腹のアレクを宥める会になってるという不思議。


「ああ、教養学校の男性教師と淫行疑惑で有名になった侯爵令嬢ですわね。

 そもそも今回寄ってきたご令嬢なんて皆さん、奥様のいらっしゃる男性に見合いを仕掛ける様な恥知らずですもの」


「確かに!ますます旦那様の女運の悪さに磨きがかかってるって事かな」


「…アレク、あのゴシップ新聞は読むのを止めなさいと言ったでしょう」


 ロレンさんが眉間を押さえている。え!?元ネタゴシップ新聞なの?

こっちのゴシップ新聞ってあれだよね、ネタが無いとすぐUFO記事に走る日本での某スポーツ紙的な感じの………。アレクちゃん!!


「まあお兄様!!ゴシップの陰にこそ真実が隠れているのですわ!」


「アレク様ってば、結構ミーハーだったのですね…」

 リームは少し呆れ顔だ。


「明日の朝にはお帰り願うのだ、真実だろうとどうだろうとどちらでも良いさ」

 旦那様はワインを口に運びながらそんなことを言う。

 やっぱり自分で追い出したのに、ビビられて傷ついちゃったのかな…。難儀だね。


 私の右隣にいる旦那様の左手にそっと触れる。よしよしと二回軽く叩く。

 さすがに頭ワシワシする訳にもいかないしね!我ながら扱いが熊と言うより犬だな!


 ん?何でみんな大注目?旦那様まで動きが止まってますが?


「あれ?どうぞどうぞ、思う存分メインを食してくださいよ旦那様。今日のソースはコック長会心の出来ですよ。あ、手が邪魔でした?」


 触れていた箇所から手を退かす。何故か置かれていた場所を凝視する旦那様。


(……距離が近づいている?私のいない間に一体何が…)

 アレクが何かブツブツ独り言を口にしている。



 香水臭くもなく、夕食会は和やかに進んだ。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・



 何故だか私の寝室で、またもや旦那様と二人きりです。

 まあ、夕食後アレクとリームに強制的に話し合いが必要だと押し込まれたんだけどね。


「えーっと、お酒は置いてないので、お茶でも如何ですか?」

 間が持たないので、お茶を入れようとするが止められた。


「昼間は元の世界の事で悩んでいたようだな」


「あ~……。その話題は今はちょっと」

いつもなら、帰りたいと口にする私に、旦那様が助力は惜しまないとか、そんなやり取りをするのがルーティーンだ。でも今は。


「異世界へと帰る方法の事だろう。

 俺も手は尽くしているのだが、帰ったという話には辿り着けてはいない」


「うん、いや、いいんですって。この話はよしましょうよ」

 あははは…と、空笑いをするが、旦那様に止める気はないようだ。


 やめて、やめて。その先の決まり文句を今は聞きたくない。


「令嬢たちの手前あのような言い方になってしまったが、もちろん帰還…」


「やめてっ!それ以上は聞きたくないんです。その、今はちょっと気分が落ち込んでるから」


 私はその言葉を聞きたくなくて何とか遮ろうとする。


 私が帰りたいと言う。旦那様が帰る方法を見つけると言う。それは二年前からの習慣のようなやり取り。

帰る事を自分で諦めないための呪文。でも昼間に続いての今では聞きたくないタイミングだ。


「いや、話さなければならない。俺は…」


「ここが私の家だって、言ってくれたその口で、私の帰還を望まないでよ…」


 本音が口から零れる。ああ、なんて身勝手なのかな。

 薄暗い部屋の中、取り乱した私の息遣いだけがやけに響いている。心臓はどくどくと無駄に煩いし、知らないうちに両手は固く拳を作っていた。




 ぽん、と。


 下を向く私の頭に大きな手が乗せられた。

 よしよしと、さっき私がしたみたいに撫でられる。


「ここはカオルの家だ。俺はもちろん、カオルにずっとここにいて欲しい。

 だが帰還を叶えてやりたいとも思うし、その為には手を惜しまない。それは突然別の世界に放り出されたなら、帰還を望むのも当然の事だと思うからだ。

 …だから、全てはカオルの自由にしていいんだ」


旦那様はひどい。自分で決めたら私は選択から逃げられない。でも彼は私の選択肢を絶対に取り上げない。


 自分で決めなきゃいけない、その決断が今までずっと怖かった。

 帰る方法が無くてしょうがなく此処にいるなら言い訳も立つ。……でも私は誰に言い訳するの?



「………両親に会いたい。親友に会いたい。自分の世界に帰りたい。


 あちらにも大切なものが沢山あったの。仕事だって中途半端に投げ出す形になっちゃって。生死も分からずに、ずっと探されているなら申し訳ないし。後悔ばかりが頭に浮かぶの。


 …それなのに、どちらか片方を選べって言われたら、私はきっとこちらを選んでしまう。

 リームに家族だって言われて、旦那様にここが家だって言われて、ああそうならいいのにって思ってしまったの」


 令嬢達に揶揄されて、実家に帰れって言われて思ったのは。

 帰りたい、より、此処にいたい、だった。



 リームの時には何とか踏みとどまっていた涙腺が決壊して、涙が子供みたいに頬を伝う。

 旦那様がそのまま胸元に引き寄せてくれたのを幸いに、縋って泣いてしまった。

 まるで子供みたいにしゃっくりまで起こす大泣きだ。


「俺にとっても、カオルは家族だ」


「…家族だって…思ってもいい…の?」

 私はずっとここにいても良い?



 その夜、旦那様は泣きはらした私が寝付くまで、ずっと側で手を握っていてくれた。

 ここが私の家で、自分たちは家族なんだと、ずっとずっと言い続けてくれた。



 目を覚ました時には既に、ご令嬢達は館を発った後だった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 早朝にご令嬢方を送り出した後。

私、リリーム・マーブルはカオル様の寝室に向かう。


 朝のお茶を用意しながらカオル様の表情を観察する。

 目覚めたカオル様の瞼は赤く腫れてしまっていたが、その表情は付き物が落ちた様にスッキリとされていた。

 伯爵様との話し合いが上手く行った様で安心する。


「旦那様がね、リームみたいに家族だって言ってくれたの」

「それは良かったですわ。早速お祝をしなければいけませんね!」

 私は自分の声が自然と浮き立つのを感じていた。


「お祝いって必要?」

 カオル様は首を傾げている。彼女の故郷と此方では風習が違うのだろう。


「ええ、もちろんです。お二人が本当の夫婦になられたのですもの、きっと領主館をあげてのお祝いになりますわ」

「ちょっと待った。夫婦じゃなくて、家族だよ?」



 …………はい?


 私は思わずカオル様の上掛けシーツをガバリと捲ってしまった。

「ぎゃあ!なになにリーム。お茶零れるよ!?」

 カオル様が咄嗟に零れそうなお茶を端に避ける。



 ……………アレク様の言った通り、伯爵様はヘタレだと思う。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 昨日はあのまま眠ってしまったので、入浴し身だしなみを整え、食堂に降りたところでアレクがやって来た。目配せした所をみると、呼んだのはリームのようだ。

 知らない内に二人とも仲良しだねー。お姉さんはちょっと淋しいわ。


「おはようございます、カオルお姉様」


「おはよう、アレク。早くはないけどね~。寝坊しちゃったよ」


 三人がテーブルに着いたところでメイドさんが私の前に朝食を用意してくれる。寝坊なんて初めてだ、申し訳ないな。二人の前にはお茶のみだ。

 午前の仕事に遅れてしまうので、朝食を食べながら二人の話を聞く体勢に入る。


「こほん、単刀直入に伺います。カオルお姉様は伯爵様をどう思っていらっしゃるのですか」


「……家族だよ?」

 またまた目が三角だよ、アレクちゃん。


「カオル様、夫婦(・・)ではないのですよね」

 リームが付け足す。うんそう。ベーコンを咀嚼しながら頷く。


「もう!異性として好きなのですか、どうなのですか、はっきりしてください」


「いや、好きですよ?でも契約の奥方だからね」

「契約はどうでもいいんです。私はお姉様の本心が知りたいんです!」


 今日のアレクは譲る気はないみたいだ。最近みんな容赦ないね。


 でも私も開き直って生きていこうって、ここに居場所をしっかり確保しようって決めたんだ。


 ナイフとフォークを置き、二人の顔を見る。



「旦那様を愛しています。出来れば契約の奥方ではなく本当の妻として側にいたい。

 後釜狙うご令嬢なんて皆蹴散らしてやりたい。旦那様に好きになって欲しい」



 アレクとリームは徐々に頬を朱に染める。

 何で二人が照れてるの?こっちの方が恥ずかしいんですけど!?


「カオルお姉様、今までどうして言ってくださらなかったのですか。ずっと契約に拘っていらしたから、そのようなお気持ちではいらっしゃらないのかと心配しておりましたのに」


「あはは、何でアレクが涙目なの」

 私はアレクにハンカチを渡す。


「どうしてと言われてもね。今朝、何があっても私の意志ではここを去らないって決めたんだよ。玉砕しても補佐官秘書に戻るだけかなって、漸く踏ん切りがついた」


「玉砕なんてあり得ませんわ!」


「ありがとアレク。でも絶対なんてないでしょう?今は良くっても未来は分からない。旦那様にもっと好きな相手が出来るかもしれないし、私が急に故郷に帰らなきゃならなくなるかもしれない。そういう諸々ひっくるめて、それでも想いを伝えたいって、居られる限り側に居るって決心出来たの」


「喜ばしい事ですが、もう少し早くお気持ちを私達に聞かせて頂きたかったです…」

 リームもすこし目元が赤くなっている。ハンカチ二枚用意すれば良かったね。


「だってほら、二人に話したらバレちゃうでしょ?

 うちの旦那様には私の記憶なんて筒抜けなんだから」


 だから頭の中で考えるだけ。口に出しちゃいけないんだよ。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・



 いつもの執務室。


 二年前のあの日、会社の扉を開けた時のように、執務室の扉を開く。


「おっはようございま~す!」


「お早うございます」とロレンさん。


「早くはないぞ。だが、よく眠れたなら何よりだ」

 書類仕事から顔を上げた旦那様は、少しだけクマが出来てる。


 そのまま旦那様の机まで進み、目の前で歩みを止める。


「実は先ほど食堂で、アレクとリームに重要な話を打ち明けました。視て頂けますか?」


 こちらから視て欲しいと言ったことに、旦那様は驚いているみたいだ。


「まさか異世界の話ですか!?」

 ロレンさんが腰を浮かす。


「違いますよ、でもきっと旦那様が困ってしまうと思います」


 そんな会話の間に、旦那様の右手に触れる。


 その顔が徐々に赤く染まっていく。


自分の空いた手で顔を覆ってしまったけど、私の手は離されるどころか、旦那様の大きな掌に握り込まれる。

旦那様は耳まで真っ赤だ。





 どうやら私の一世一代の告白は成功したみたいです。


本編はこれにて完結です。

ここまでお読み頂きありがとうございました。


このあと、後日談を2編ほど予定しております。お付き合い頂けると幸いです。

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