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3 決意表明 (別視点)

今回はカオル視点ではありません。

また、◇より視点が変わります。

 ハイカラー家の応接室は火が消えたように静まり返っている。


 先程までの大騒ぎが嘘のようだ。この家の末路を知った使用人の中には、さっさと出て行った者もいる。残っている者たちは、足しになるのかは分からないが、主人に推薦状を書いてもらう為に待っているに過ぎない。

 使用人や、雇われ職業の世界はシビアだ。評判が全てと言っていい。

 辞めるにしても円満退職。きちんとした推薦をされた紹介状が無ければ、次の場所で良い条件では雇ってもらえない。


 私だって同じだ、とリリームは思う。


 ハイカラーの妾であった母が亡くなり、幼い妹のビオラと共にこの家に引き取られたのは16歳の時。迎えに来た父親が郷士だと知って、もしかして自分も令嬢として扱われるようになるのかと、淡い期待を抱いた当時の自分を蹴飛ばしてやりたい。


 私と妹は使用人として、この家に連れてこられたのだ。

 もしかしたら、大人しく隠れるように生きていれば、こんな事にはならなかったのかもしれないとも思った。だが生来の性格が邪魔をする。


 郷士程度では貴族の侍女などもちろん雇えない。私は侍女の真似ごとを求められた。

 何でも突き詰めなければ気が済まないこの性格で、私は侍女の仕事を突き詰めていった。


 この家の一人娘(・・・)である、ローズマリーを美しく磨きあげることによって、ハイカラー家夫人の風当たりはだいぶマシになった。


 しかしローズマリーの性格は変な方向に磨きがかかってしまった。


 彼女は自分がお姫様で、将来は素敵な王子様と結ばれるという、子供の夢物語を疑わずに信じる残念な娘になってしまった。


 まいった…。これは私の責任なのだろうか?



 私が妹を抱きしめていると、意を決した執事が当主に話しかける。


「あの、旦那様。このような時に不躾かとは思いますが、私共も新しい奉公先を探さなければなりません。お給金は望めずとも、せめて紹介状と推薦状を書いては頂けませんでしょうか?」


「…そうだな…。紹介状は難しいが、推薦状はきちんと用意しよう。書いて欲しい者の名前をまとめておきなさい…」

 良かった。ホッと胸をなでおろして私も他の使用人たちと共に出て行こうとするが、ローズマリーに声をかけられる。

ギクリと肩が跳ね、足が止まる。


「お前はダメよ、リリー。お前がきちんと私を止めてくれなかったからこうなったのよ?」


「そうね、姉ならば妹に尽くすのは当然です。これからもマリーの身の回りの世話はお前の役目だわ」

 夫人まで賛同する。一番恐れていた事が起きようとしている。

 どくどくと、自分の鼓動をやけに大きく感じる。


「ですが、ハイカラー家は給金を出せるような余裕は無くなってしまうのでは…」


「まあ!何を言っているの?家族からお金を貰おうなんて、意地汚い」


 まるで汚いものを見るような目で夫人が言い放つ。

 当主は一度もこちらと目を合わそうとはしない。

 同僚達の憐みの目線。妹の今にも泣き出しそうな顔。

 辞めると言えばこうなる事は分かっていた。家族なんて思った事はない。でも組み込まれたが最後、出ていく事は出来ないアリジゴク。


 …もう、いい。推薦なんかなくたって、妹と二人泥水すすってでも生きていってみせる!


「私の家族は妹のビオラと死んだ母だけです。引き取った子供に興味のない父親も、いびる事しか能のない継母も、見目だけ良くて頭空っぽな異母妹も、私には居ません」


 私の発言に、皆口を開けてこちらを見ている。


「ビー、お姉ちゃん頑張るから、二人で生きていこう?」

 ギュッと妹を抱きしめると、目に一杯涙をためた妹は精一杯抱きついてきた。

「うん!!私の家族もお姉ちゃんと母さんだけよ。ビーも頑張る!」


「お、お前になんてお父様は推薦状を書かないわ!

 路頭に迷って娼婦にでも身を落とせばいいのよ。目障りだわ!!消えなさいっ」

 激高し、顔を真っ赤にしたローズマリーが金切り声をあげる。


 私は口角が上がるのを自覚しながら口を開く。

「言質は取りました。すっぱり辞めさせていただきます」



 パチパチパチ。場面に不釣り合いな音がする。

 拍手をしながら開いた扉から入ってきたのは、ブラック領主館の執事、セブンス・リースだった。


「失礼しました。玄関にてお声掛けをさせて頂いたのですが、どなたもいらっしゃいませんでしたので、お邪魔させて頂きました」

 優雅なしぐさで礼をする。


「こ、これは領主館のセブンス殿。伯爵様から何かご伝言が…?」

 ハイカラー当主は慌てて椅子から立ち上る。

 私達使用人はその場から、そろそろと出ていく。


「ああ、リリーム嬢はそのままで。

 私は奥様よりのご伝言を預かって参りました」


 何故私が残されるんだ。縋るビオラをメイド頭に預け、壁際に控える。

 やはり昨日の失態の件だろうな。

 伯爵夫人は特に怒っていらっしゃる雰囲気ではなかったが、ローズマリーの態度は噴飯ものだった。

 私も監督責任を問われるのだろうか…。


 セブンス殿が話し始める。

「処分については旦那様からの御達しの通りです。

 伯爵夫人は御心の広い方(・・・)ですので、特に罰するというわけではありません。

 ただ、ローズマリー嬢にご忠告を」


わたくし、ですか?」

 名指しされて、ローズマリーは怯んでいるようだ。


「はい。そのまま伝えますね

『今回の件とは関係なく、妻との清算を恋人に頼むようなダメ男はろくでなしと言います。そんな男の妻になって、貴方は幸せになれたと思いますか?詐欺男のろくでなし発言で目を覚ませなかったマリーちゃんは大馬鹿娘です。人のせいにする暇があったら反省して、そんな男には引っかからないいい女になりなさい。』以上です」


「お、大馬鹿ですって!?そちらこそ、どこの馬の骨とも知れない女の分際で失礼な!」


 確かに伯爵夫人は貴族出身ではない。しかしこの二年、奥様が嫁いでからのブラック領の繁栄と安定を知らない者はいない。

彼女を裏で悪く言うのは娘を嫁がせ損ねた貴族くらいだ。


「おや、まだまだ元気がありそうでなによりです。

 その場合にはもう一言とおっしゃっていましたので、ゴホン

『マリーちゃんとは意見が合わない様で残念です。無用な争いを避けるためにも、お互いこれからは会わずに過ごすのが良いでしょうね。さようなら、お元気で。

 追伸、私の旦那様を『あれ』呼ばわりした事は、一生忘れはしません。』以上です」

 にっこりとセブンス殿が笑んでみせる。


 ハイカラーの当主は腰を抜かしてまた椅子に逆戻り。夫人もへたり込んでしまった。

 気付かないのはローズマリーだけ。


 伯爵領の領主夫人がハイカラー家とは今後一切会いはしない、と表明したのだ。もちろん領主夫妻の参加するどの行事にも決して呼ばれはしない。周りが会わない様に取り計らうから。

 どんなに頑張っても、このブラック伯爵領において、ハイカラーは役付きには戻れない。罪を雪ぐ為に目通りをしたくても叶わないから。


 自分の最後の一言が、ハイカラー家の郷士への復帰の道を断ち切ったと、ローズマリーは気付かない。蜘蛛の糸のように細い希望の道でも、あるとないとでは大違いだ。


 …非常に意地の悪いことだが、私は少し胸がすっとした。



「それではリリーム嬢。お待たせしました、参りましょうか」

「はい?どちらに…?」

「もちろん、領主館の奥様の所でございます」



 着の身着のまま、ビオラと一緒に馬車に押し込められたところで、セブンス殿が話しかけてきた。

「そもそも奥様からの主命は、リリーム殿を迎えに伺う事だったのですよ」


「……そんなに関心を頂く栄誉を得た覚えはないのですが…」

 伯爵夫人との接触と言ったら、あの醜態をさらしたローズマリーとの口論や、その後の大捕り物で腕を引かれたことくらいなのだが。こちらは迷惑しか掛けていないのに何故?


「貴方のローズマリー嬢に対する腕前と言動に惚れ込んだようですよ。

 あとは、彼女の責任転嫁に貴方がどんな態度を取るのか、ハイカラーとの縁を切れるのか、見極めてくるように申し付かりました。

 いやはや、素晴らしい啖呵でしたよ。奥様の言ではありませんが、惚れ込んでしまいそうです」


 そのまま、私とビオラは馬車で連れられ、伯爵夫人の侍女となったのだ。

 セブンス殿が任された採用での決め手は、ハイカラー家の面々への私の啖呵だと言うのだから、彼も大概である。



 …カオル奥様は、色々と破天荒な方だった。

 しかし、旦那様と領民そして使用人にも誠実な、身命を賭してお仕えするに値する素晴らしい奥様だ。

 今までは真似ごとの侍女だったが、これからは本物の侍女として技術を高め、奥様を磨いて磨いて、淑女の中の淑女に磨き上げる所存だ。


 そしてゆくゆくは領民待望の、旦那様との後継ぎ誕生を後押しするつもりだ!!



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 グンナル・ブラック伯爵の執務室。

 集う三人はいつもとは少し違う顔ぶれだ。


「カオルを本当の妻として迎えたい」

 執務机に手をつき、真剣な表情で口を開いたグンナルに、あとの二人は呆れ気味だ。


「やっとですか」

「漸くですね」

 ロレンとセブンスは顔を見合わせる。


「反応薄くないか、二人とも」

 グンナルは不服そうに聞く。


「だってグンナル様、カオル様が此処に落ちていらした時すでに一目惚れだったでしょう?」


「おや、本当ですか、ロレン様」

 セブンスが食いつく。カオルが異世界人であることは、屋敷内ではこの三人、あとはグンナルの両親と王家しか知らない重要機密である。


「ええ、二人とも目と目が合って五分は固まっていましたしね。

 話を聞いた時点で普通なら王都に送るべきところを、滞在の許可を出し、その上奥方と補佐官秘書の兼務を提案ですからね…」


 奥手なんだか積極的なんだか…とロレンは首を振る。



「う…。あの時は妙案だと思ったんだ。事実カオルはこの地を気に入ってくれたし、仕事にも満足してくれている」


「それで、嫌われるのが怖くて居心地の良い今の状態を続けて、早三年目突入という訳ですな」


 セブンスがさっくりとトドメを刺す。


「きちんと自覚したのは最近なんだ!出会った頃の行動は無自覚でだな…」


「三十過ぎの男が何をふざけたことを…。そんなだから、館中に心配されるんですよ」

 ロレンは容赦がない。


「や、館中!?」

 頷いたのはセブンスだ。


「はい、旦那様と奥様が契約結婚であります事は、公然の秘密ですので。メイド頭から馬丁見習いの少年まで、皆温かくお二人を見守っております」


「知りたくなかった…」


 グンナルは撃沈した。

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