2 異世界はファンタジー風味
「グンナル様は私の旦那様になるのです。邪魔な貴方は愛人とさっさと駆け落ちでも何でもなさってください。そのために馬車まで用意して差し上げたのですよ。」
すっごい上目線で言われた。私、君より一回り以上年上なんですけど。
マリーちゃんてば、おっもしろい思考回路のお嬢さんだわ。
「お嬢様。いい加減になさってください!お嬢様は思い違いをされていらっしゃるのです。これ以上ご迷惑をかけるとなると、旦那様や奥様にも咎が及んでしまいます」
侍女にしては、はっきり言うねリリームちゃん。
そんな君の性格、お姉さん嫌いじゃないぜ?
二人がヒートアップする中、またまたこっそり小声で会話する。
(ね、ね、セブンスさん、マリーちゃんの言うグンナル様って怪しすぎるよね?)
(マリー…ちゃん?ゴホン、ええ確かに。此方が二人で出掛けることを知った上での馬車の手配ならば、情報が漏れているということですね…)
(隠してはいなかったけどね。タイミング良すぎるし、乗ってみようか!)
ふふ…とセブンスさんに笑われた。今笑うとこ違うじゃん!
(仰ると思いました。旦那様への連絡と、男手を少し集めてまいります。よろしいですね)
(了解!三人で楽しく?お話しして待ってるよ)
セブンスはそっと席を離れる。二人は口論に夢中で気づかない。
「リリー、お前はいっつもそう!私のやる事為す事全てにケチをつけて。
いくら羨ましがっても、所詮お前は妾の子。正妻の子である私に姉ぶるなんて許されないのよ。
お父様が望むから侍女にしてあげているというのに!帰ったらお母様に言いつけますからね!今日も二人とも夕食抜きになればいいんだわっ!」
わ~昼ドラ展開!!異母姉妹ってやつですね。リアルだとキツイわー。
「お嬢様、違います。姉だなんておこがましいこと、考えた事も御座いません。
お嬢様の将来を、ひいてはハイカラー家を思えばこそです。
…罰すると仰るのでしたら、私だけになさってください。幼い妹に咎はございません」
良かれと思って正そうとするのに、分かってもらえないのって虚しいよね。
というか、リリームちゃん、幼い妹いるの!?複雑だわ~。みんな父親一緒なら、ほんと昼ドラも真っ青!私なら父親と縁切るね!!
完全にモブ扱いとなって昼ドラ鑑賞をしていたら、セブンスさんが戻ってきた。
頷いてくれたので、オッケーらしい。
「はい。じゃあ、姉妹の修羅場(?)も一区切り付いたところで、馬車に移動しましょうか!」
にっこり立ち上がって言ったら、ポカンとされた。
「は。…え?」
「駆け落ち、手伝ってくださるんでしょう?マリーお嬢様」
「い、いけません!!」
リリームちゃんが必死に止めようとするが、マリーちゃんに「お黙りっ」と叱責を受け下がった。
あまりにも悔しそうな顔をしていたので、隣を通り過ぎる時に「大丈夫」ってウィンクしてみた。でもウィンク苦手だから多分両目つぶってて、分かってもらえなかったっポイ。
…館に帰ったら練習しようかな。
・・・・・・・・・・・・・・・・
町のはずれ、裏街道沿いの林の側に隠れる様に、その馬車は停まっていた。
昼間だからまだ良いけれど、夜になったらこの辺りはかなり淋しいだろうな。
「さあ、どうぞ駆け落ちなさってください!」
そう言ってマリーちゃんが馬車を指差すと、その陰から数人の男達がゆっくりと出てきた。
はい、ビンゴー!怪しさ爆発だね。
「これはこれは、伯爵夫人。こんな簡単に捕まえられるとは思いもよりませんでしたよ。
ブラック伯爵とは既に冷え切っていて、愛人がいるという噂は本当だったようですな。」
そう言って近づいてきたのは、帽子を目深に被った髭の男。おそらく付け髭かな。
そんな噂、何処の誰がたてたんだ?冷えるどころか奥方って名の職業なんですがね。
そしてお一人様街道まっしぐらの私と噂になる可哀相な殿方って誰!?
セブンスさんなの?やめたげて!可哀相だからやめたげてー。
「???」
未だ意味が解らずキョトンとするマリーちゃんの横で、リリームちゃんが声を上げる。
「奥様、逃げてください!!お嬢様、私達も逃げましょう!」
「まあまあ。距離を取るのは大事ですけど、その必要はありません。
セブンス、其方の皆さんにブラック領での不信行為の件で、ご同行願いましょうか」
伯爵夫人らしく微笑んでみせる。ちゃんとお仕事しないとね。
すっとセブンスさんが私たちと髭の男の間に入る。
「お任せください、奥様」
固まってしまっているマリーちゃんとリリームちゃんの二の腕をそっとつかんで、一緒にゆっくり後ろに下がっていく。
男達は数で押せると踏んだのだろう、数人でセブンスさんを取り囲もうとする。
しかし、相手が悪いんだよね。
セブンスさんはただのダンディー中年と見せかけて、実は元軍人の戦う執事さんなんです!
相手の拳をサラリと避ける。動きは最小限に。繰り出された腕を取り、逆に引きながら、体勢を崩したところに顔面に膝蹴り。
軍事行動中に内臓に傷を負ってしまって持久力はないけれど、短期決戦ならまさに鬼です。しかも今回はすでに援軍呼んでますから!
セブンスさんの思わぬ強さに怯んだところで、周りを町の男衆に囲まれていることに漸く気が付いた様です。
「首謀者はどいつだ」
後ろから声をかけられる。
おや、早かったですね!
「声をかけてきたのは、帽子に付け髭の男です」
「よし」
それだけ言って颯爽と獲物に向かっていきますよ。
まさに熊の狩りです!第一印象間違ってなかったね!
知ってます?熊ってめっちゃ足早いんですよ。あと鼻が良くてしつっこい(笑)
その後ろに兵士を引き連れているっていうのに、めっちゃ良いタックルかましてます。
「…だれ、あれ」
勇猛果敢な暴れっぷりに、若干怯えながらのマリーちゃん。
誰ってそりゃあ…
「私の旦那様ですよ?」
その日、一人のご令嬢が町はずれで悲鳴と共に気絶した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
首謀者はわりと簡単に割れた。
本気の旦那様には、誰も隠し事なんて出来ませんから。
隣国からの間者が、伯爵夫人の誘拐を企んだらしい。
愛人との駆け落ちを望んでいる(笑)伯爵夫人に、夫の浮気相手の見目麗しいお嬢さんを近づけて、誘い出して捕まえる。という作戦だったらしい。
私は野生動物か何かかっ!餌につられてホイホイ付いて行ったりしないよ?
そして一言言いたい。餌は厳選してください!どうせなら、見た目だけじゃなくて中身も可愛いのが良かった…。
ここ二年で更に領地の守りが強固になったのは、私が嫁いだ為だという結論に至った上での犯行らしい。
少しは合ってるけど、嫁いだからじゃあないんだな。
ブラック伯爵の執務室。
旦那様、課長、私の、いつもの職場の面子です。
さて、目下の問題は隣国の間者ではなく。
身内の綻びってやつですね。
「ハイカラー家自体が隣国と通じているということは無いようです」
ロレンさんは部下からの資料に目を通し、結論を口にする。
マリーちゃんは、町で偶然出会った自称グンナル様と、逢瀬を重ねるうちにすっかり騙されて、奥方が愛人と駆け落ちして消えてくれれば結婚できるから、説得して連れてきて欲しい。と言われたようだ。チョロ過ぎるでしょ…。
「俺が視ても何も出なかったしな」
旦那様は首を揉んでいる。昨日暴れすぎて筋でも痛めたんですかね?
「でも無罪放免って訳にはいきませんよね?」
「当然だ。ハイカラー家の娘は、領主の妻の誘拐に加担したのだ。相応の罰を与えなければ示しがつかない」
「郷士の罷免と、貿易権の剥奪が妥当でしょうね」
「あら、結構厳しいっすね」
旦那様にギロリと睨まれた。怖いんですけど!?
「これでも甘い。領主の妻の命を脅かすということは、領主に剣を突きつける行為と同義だ。未遂だったからこそ、この程度だが、誘拐が起こっていれば一族の首が飛ぶ」
「流石にハイカラー家の令嬢も、グンナル様だと思い込んでいたのが隣国の間者だと知って、事態の深刻さに気付いたようですが。止めなかった侍女の責任だと温情を訴えておりましたね…」
やっぱりマリーちゃんてば、残念すぎるわー。
「はい!旦那様、その点はご心配なく。マリーちゃんに反省の色が見られなければ、それなりのお仕置きが発動しますんで」
挙手して発言してみた。
「ほう?」
旦那様が目を細めてこちらを促すので、説明する。
ただ、旦那様の決めた罰とミックスされると、結構過酷になっちゃったかな?
「相変わらず、絶妙なタイミングで出してくるな。良くやった」
褒めてる笑顔がちょっと怖い。悪い事考えてる時の顔だね、うん。
「ところで、リリームちゃんはどうなっちゃうんですか?」
ここが私の関心事ですよ!
「うむ、郷士を罷免となれば、妾の子を面倒見るなどという行為は出来んだろう」
「ではでは!路頭に迷わせるわけにもいきませんし、リリームちゃんは領主館の働き手として雇うというのでどうでしょうか。もちろん幼い妹さんも一緒に」
旦那様が、ため息ついてこっちをじと目で見てる。
「最初から狙っていただろう、それ」
「というか、既に動いていますよね。奥様が馬車をハイカラーの家へ既に送り出したと部下から報告が上がっておりますが」
あら、ロレン課長ってばさすがですねー。
「やだなあ、旦那様。使用人の采配は私の範囲ですよ?
彼女は有能な侍女ですし、損はありませんって。あんな中身残念なお嬢さんをあそこまで磨き上げるんだもん。彼女の腕は確かでしょ!」
「…まあ、侍女の一人も付けないのは問題だったから、な。
但し、侍女にするかは俺が彼女を視てからだ」
「ふっふっふ。結構心配性ですよね、旦那様って」
ニヤニヤしながら言ったら、鼻をつままれた。私の鼻が低いからってケンカ売ってます!?
ここは異世界。あんまりそれっぽい出来事が無いから忘れそうになるけど、旦那様の能力(ギフトと言うそうです)に関しては、やっぱりファンタジーな感じなんだよね。
素手で触れた人間の、記憶の場面を視る事が出来るらしい。
どの位の範囲で、どの位の精度でというのは個人的な事だから詳しく聞いたことはないけど、旦那様の力はかなり強くて、精度が高いらしい。
すげーな異世界。って思ったけど、これ、かなり稀有な能力らしい。
何せ、この能力によりオールフォリオ王家はこの国に君臨し続けているのだから。
つまり、旦那様は王族の血を引いてるんですって。おばあ様が先代国王の妹だったそうで、そもそもブラック伯爵家は辺境の守りを強固にするため数代おきに王族が降嫁するそうな。
間者とかは生きて捕まったが最後、洗いざらい視られちゃうもんね。自白剤いらず…
だから、中央から引っ切り無しに嫁候補が来てたんだねー。王家と縁続きになれるって、血筋を尊ぶ貴族には魅力的だもんね。みんな帰っちゃったけど…。根性足んないな!
ちなみに、視るかどうかの選択は出来るけど、周りに気を使って旦那様は夏でも基本は手袋装備です。執務室では書類仕事の邪魔なので、外してますけどね。
あれ、素手で鼻つままれた?
…まあ、いっか。見られて困るようなもんはない、多分。
私の場合、見られて困るのは記憶じゃなくって妄想だからね!
後半、設定説明が長くなってしまいました;申し訳ありません。