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後日談4 初夏の会

 ブラック伯爵領の領主館。

 大賑わいのダンスホールを見渡して、扇の下でほっと安堵の溜息を吐く。

 初夏の会は大盛況の様だ。

 毎年の事とはいえ、相変わらず壮観な催し物だわー。


 年に一度、領主館に領内の人々を招いての会が行われる。

 王都での上流階級のみの夜会や茶会とは違って、貴族以外にも地元の郷士や商人、町の有力者までも招かれる。何と言ってもブラック領は辺境ですから。地域との繋がりこそが、いざという時にものを言う。

 この時ばかりは無礼講。ダンスホールでは明るい日の中、ルールもそこそこの楽しいダンスが繰り広げられ、テラスを解放した先の庭園にはたくさんの料理と菓子、お茶の用意がされている。子供達は庭で宝物探しを、大人たちは料理とダンスを楽しむ。


 ハイカラー家の起こした誘拐未遂事件もあり、今年は見送ろうという案も出たらしいけど、全力で止めたのはお母様と私だ。

 心配してくれるのは嬉しいけどね、今回のガーデンパーティーだけは外せないんですよ!

 だって今回の裏テーマは『グンナル様は私のモノ! 正々堂々かかってこいや宣言式』だから。

 雇われ奥方の時は、もちろんアピールなんてしなかったけど、これからは違う。

 ちゃんとグンナルを繋ぎとめていたいし、周りの不仲説なんて吹き飛ばそうと決めたのだ。エゴだと言われたって、大好きな人は欠片だって渡すもんかっ。

 その為に初夏の会は絶好の機会という訳です。

 お母様の手を借りて、側に控えるリームとアレクと一緒に準備をしてきた。


 毎年訪れる厄介な彼女を、今年こそ迎え撃つ為に。




 ホールの入口がざわついた所で、リームがそっと囁く。

「カオル様、いらっしゃいましたわ」

「りょーかい。アレク、時間稼ぎ宜しくね」

「お任せください! カオルお姉様」

 小声でやり取りをして、優雅な礼と共にアレクが、ホールの奥で話し込んでいるグンナルの気を逸らす為に離れる。


 三年連続で遅刻してくるなんて。貴女はどこの重役ですかって突っ込みは心の中に留めて、リームを伴ってゆったりとその場に向かう。本当はダッシュでもしたい気分なんだけど。

 昨年まではグンナルが殆ど一人で対応していた。私も挨拶くらいはしたけど、あまり深く探られるとボロが出兼ねなかったから、近寄らなかったんだよね。


 完璧な営業スマイルで先制攻撃です。


「ようこそいらっしゃいました、ホーキング夫人(・・)

「お招きありがとうございます、ブラック伯爵夫人。相変わらずの会ですわね。グンナル(・・・・)にもお礼を述べたいのですけれど、どちらかしら?」


 カーンッ!

 ほほほほほほほ……と、白々しい笑い声と共にどこかでゴングが鳴った気がする!


 金髪美人の名前はゾーラ・ホーキング、グンナルの最初の結婚相手だ。

 そう! バツ三の結婚遍歴における、奥様その一ってやつです。やっぱり冷静に考えると三人は多いよね。

 今は実家の領地の幼馴染と再婚して、貴族籍ではないけれど、裕福な生活を送っていると聞いている。……お母様が微に入り細に入り、教えてくれました。そりゃ徹底的に調べたくもなりますって。だって彼女、夫も子供も居る身なのに、グンナルが再婚する度に顔を出す。


 雇われ奥方として私が会を主催した最初の年、前の二人の時からはかなり期間が開いて再婚したから、現れないとの大方の予想を裏切って、彼女は現れたんだよね。

 領地住民による賭けの結果は、ロレン課長の一人勝ち。……みんな酷くない?

 もちろん彼女自身に招待状など送ってはいないけど、実家の伯爵家には送らないという訳にもいかない。家同士のしがらみはまた別の話です。

 グンナルが独身の時には近寄らないのに、私と結婚してからは三年連続ですよ。たったひと月で逃げ出した嫁ぎ先に顔を出して、何がしたいのか分からない人だわ~。


 社交辞令の応酬が終わったところで一人の婦人が加わる。


「ごきげんよう、カオル様。今回も大成功ですわね」

 声をかけてきたのはティリー・キャトリーという女性。領地の西に位置する町の、郷士夫人だ。お母様の友人の一人、つまり有力者。


「ごきげんよう、ティリー様。私の我儘を聞いてくださった、素晴らしい夫のお蔭ですわ」


「まあまあ! 相変わらず仲が宜しくて羨ましいですわ。それにマーサ様の仰ったとおり、首飾りが良くお似合いですこと! まるで誂えたようですわ」

 後ろに同行していた彼女の友人達も口々に同意する。

 ……うん。ティリーさんってば、演技がオーバーです。特訓してたって聞いたんだけどなぁ。頑張り過ぎて舞台女優風になってるー。

 でもおかげでホーキング夫人や、こちらを伺っていた貴族の皆さんが首飾りに気づいてくれたみたいだから、良かったんだけど。


 周りは固唾を呑んでこのイベントに見入っている。

 元妻と現妻の対決なんて、格好のゴシップだもんね。そしてきっと、今年も彼女が来るのかどうか、賭けていたのかも。


「ホーキング夫人には、ぜひ庭園をご覧になって頂きたいですわ。ご一緒に如何ですか?」

 彼女を正面から見据えて、にっこりとほほ笑む。

 流石に衆人観衆のゴシップは勘弁と思ったのか、ホーキング夫人も同意してくれた。

 周りからはがっかりのため息が聞こえそう。ごめんねー。


 おおっと! 熊さんがこっちに向かってるっ。急げ急げ~。

 アレクの健闘で気をそらされてたグンナルが、彼女を振り切ってこちらを目指している。

 でも、絶好のタイミングでセブンスさんが声をかけて、グンナルは応対に出なければならなくなったみたい。……助かったぁ! 

 あんまりこの女性とグンナルを絡ませたくないんだよね。顔合わせて楽しいはず無いんだから。

 女の勘が叫んでる。私達の心が通じ合う前、夫が抱いていた触れる事に対する躊躇いは、きっとこの女性が原因だ。


 庭園の奥へと彼女を連れ出す。

 花々に囲まれた東屋には人気がない。

 最初から人払いをして、決戦の場に用意しておいた場所ですからねっ。同行したリームは東屋の外、適度な距離を保って控えている。常人の聴覚なら会話は聞き取れない距離です。ちなみにうちの可愛いリームちゃんは超人ですので、あそこからでも会話はばっちり聞き取れると思う。

 東屋に辿り着いて、先に口を開いたのはホーキング夫人だった。


「わたくし、ずっと貴女とお話しがしたかったの。それなのに、いつもグンナルが邪魔をするものだから」

 彼女は小首を傾げて両手を胸元で組んでみせる。自分の可愛さを知っている微笑み。

 でもそれが似合うのは十代までだからっ! 貴女も私も三十代! 誰か周りの人、教えてあげて~。


「御もてなしが行き届かず、申し訳ありません。私の夫(・・・)は、愛情深く、心配性な人ですから」

 いい加減、元夫だからって呼び捨て止めてくれないかな。地味にムカつく……。


「ねえ、カオル様。ああ、カオル様と呼んで構いませんわよね?」

 構うに決まってるでしょっ!? と心中で毒づきながら質問には答えない。

 これ、アレクに教わった令嬢テクってやつですよ。


「――ホーキング夫人のお話、とっても気になります。教えて頂けますか?」

「ふふ、せっかちな方ねぇ。もちろんグンナルの事ですわ。わたくし、忠告に参りましたの。彼の恐ろしい魔術素養ギフトについて、もしかしてご存じないのかもしれないと思いましたから」


 ホーキング夫人は、まるで本気で心配しているような顔をして語っている。

 十年以上前、しかもたった一ヶ月の出来事なのによくそれだけネタがあるよね。

 その能力がいかに脅威で恐怖の対象か、グンナルが夫としてどれだけ冷たい男だったかとか。「だから離婚しても、貴女の傷にだってなりませんわ。ええ、相手は三度も離婚する男ですもの」等と、ごちゃごちゃ延々と語っているけれど…………これ、猫パンチとかダメかな? いや、暴力反対。腕力で解決なんて現代人として間違ってますよね、分かってます。でも一発くらい、よくない? ここはボディに……。

 彼女の弱点を見つけて反撃の予定なのに、口で語るより拳で語りたくなるから不思議。


 夫人は持論の展開に夢中、私は出来もしない妄想に忙しい。

 直ぐ耳元で声をかけられるまで、気付きませんでした。


「久しいな、ホーキング夫人。私は随分と君に恨まれているようだな」

 言いながら、その手は自然に私の腰を引き寄せる。

「……グンナル」

「うん?」

 貴方を傷つけたくなくて、彼女と単騎決戦に挑んだのに。

 一瞬だけ視線を合わせると、微笑んでくれたグンナルの金茶色の瞳は、いつもと変わらず揺るぎが無い。翳りの色は見当たらなくて少しほっとした。


 取り繕い、挨拶を述べようとしたホーキング夫人が固まる。

 私達の後ろを凝視して、口からはか細い声で悲鳴のような声が漏れた。


「あ、あなたっ?」


 彼女の視線を追うと、その先には一人の男性が。

 歳の頃はグンナルと同年あたりかな。目じりにしわが出始めているけど、優しそうな眼をしている。中肉中背の身なりの良い紳士だ。


「カオル、彼はバート・ホーキング。短い間だがこの領で兵を務めていた事がある。ホーキング、私の妻のカオルだ。何物にも代えがたい、私の愛しい女性だ」


「初めまして奥様、ホーキングと申します」


「初めまして、ホーキング様。どうぞ初夏の会を楽しんでいらしてくださいね」

 まるで私の関心を自分に引き戻すかの様に、グンナルはいつの間にか手袋を外した素手で頬に触れ、そのままお母様から譲り受けた首飾りまで辿って行く。うぎゃー!! は、恥ずかしいっ。

 戦闘用の猫を盛大に被っていたから免れたけど、いつもだったら転げまわる恥ずかしさっ。

 赤くなる私とは逆に、ホーキング夫人は顔色を無くしていく。

 その目が今度は、首飾りとグンナルの手に釘付けだ。果して彼女は首飾りを見ているのか、素手を見ているのか、どっちなのかな。


 あまりの恥ずかしさに、その手を摑まえ指を絡めて動きを押さえる。少しだけ咎める様に睨むと、悪戯が成功した子供の様に目が笑っている。

 人前なのに、スキンシップが遠慮なさすぎやしませんか!?


「随分と奥様に夢中の様ですね、グンナル様」

 ホーキングさんは苦笑いを浮かべている。


「ああ。カオルを妻としてから、彼女の心を手に入れるのに随分と時間を擁してしまった。まるで初めての恋が実った若者の様に浮かれているよ」

 甘過ぎて歯が、がちがち言ってる……。もう限界ですっ、許して下さい旦那様~!

 そんな私の悲壮感が伝わったのか、ホーキングさんが私に話しかけてくる。


「無作法で申し訳ありませんが、私達夫婦は一足先にお暇させて頂きます。子供達が首を長くして待っておりますので」

「お子様がいらっしゃるのですね。男の子ですか、女の子ですか?」

「十歳の男の子と、七歳の女の子です」

「まあっ! 可愛い盛りですね。どうせでしたらお子様達もご一緒に、いらしてくだされば宜しかったのに」

「ありがとうございます」


「バート、あなたがどうして此処に……」

 ショックから立ち直ったホーキング夫人は、漸くそれだけ口にした。顔からは色が抜け落ちてしまっている。


「私が呼んだ。君の行動をホーキングが把握しているとは思えなかったのでね。私にとってはどうでもいい事だが、妻を煩わすのは遠慮してもらいたい」

「グンナル、様……」

 悲壮な顔をした彼女の目の奥に暗い色を見つけて、その行動の意味に漸く気が付いた。

 思わず人前でため息を吐きそうになる。非常に馬鹿らしい理由だ。


「それではホーキング、息災でな」

「はい、グンナル様も奥様もお幸せに。私の監督不行き届きで奥様の御心を乱してしまい、申し訳ございませんでした」

 グンナルは頭を下げるホーキングさんに対し一つ頷いてから、ホーキング夫人をひたと見据える。

「ここは私と妻の家だ。妻は優しい女性だから、君の行動を咎めたりはしないだろうが、私は違う」

 こんなあからさまな脅しを口にするとは思わなかった。

 表面に現れているよりも、かなり怒っているみたい。グンナルってば、これはさっき触れた時、私の記憶を視たよね。

 慌てて間に入るけど止める為じゃなくって、この喧嘩は私のだから、自分で決着をつける為。


「あなた、お気遣い感謝致します。ですが、ホーキング夫人はもう訪ねてはいらっしゃらないでしょうから、ご心配には及びませんわ」

 グンナルににっこりと微笑んで、絡めた手を持ち上げて頬を寄せる。


「ホーキング夫人、先程のご心配痛み入ります。ですが夫のギフトは私にとっては素晴らしい贈り物です。それは愛する夫の一部なのです。どうぞ貴女の使命感はお忘れになって、ご家族で幸せにお過ごしください」

 えー、意訳しますと『人の好みにケチ付けて、家庭に土足で踏み込むな。金輪際口出ししないで家族サービスでもしてなさいっ』って感じでしょうか。


 彼女にも、羞恥に顔を赤くするくらいの常識は残っていたみたいだ。

「お幸せに……」と消え入りそうな声で述べて、夫と共に場を辞した。




「もっとガツンと言って差し上げれば宜しかったのにっ! カオルお姉様ってば、優しすぎますわ」

 そんなアレクに苦笑いを返す。

 グンナルがホーキングさんを伴って来た時、セブンスさんとアレクも同行していた。

 セブンスさんがグンナルを呼んだのは、ホーキングさんの到着を知らせるためだった。


「三十路過ぎの女同士の喧嘩なんて、誰も見たくないって! それより私、伯爵夫人としての礼儀は崩さずに済んでいたかな? 途中猫パンチしたい妄想に取り憑かれて危なかったんだよねー」


「もちろんカオル様は非の打ちどころのない淑女でしたわ」

 リームも途中のホーキング夫人との会話中、すっごく冷たい目で夫人を見つめてたんだよね。そのブリザードっぷりに私は少し頭が冷えて、ぼろも出さずに済みました。


「カオル、不快な思いをさせてしまったな」

「いえいえ全然。彼女と決着を付けようと思って、誘い出したのは私なんだから」

 昨年と一昨年は例年通りに送っていた彼女の実家への招待状を、グンナルは今年リストから外した。近隣領地の伯爵家をリストから外すなんて、常識では有り得ない。それでも外したのは彼女が実家の招待状を使って顔を出せば、きっと私が傷つくかもしれないと考えたから。

 でも私は守られるばかりじゃなくって、自分に出来るやり方で解決したいと思ったから、リストに名前を戻した。


「でもまさか、夫の方のホーキングさんを連れてくるとは予想外っ」


「毎年妻が別れた夫の領地に顔を出すなんて、普通なら認めるはずが無いからな。少なくとも俺なら絶対に一人では行かせない」

 リストを戻した私の行動を否定せずに、別のアプローチで私を守ろうとしてくれる。私はどこまでこの人に骨抜きにされてしまうのかな。


「……グンナルは、あの人の存在に傷ついてはいないんだね」

 今はもう、トラウマには思っていない?


「当然だ。何せ俺の妻にとって、このギフトは当たり前の事で『俺の一部』だそうだからな」

「それは勿論っ」

 いつもの様に絡めた指に力を込める。ちょうどいい加減で返してくれる力が心地良い。



「カオル様、作戦は成功という事で宜しいのでしょうか?」

 リームの問いに頷く。


「そうだね。彼女はもう訪ねては来ないと思うよ。旦那さんに見つかったからっていうのが一番の理由になるだろうけど。

 そもそもホーキング夫人のアレは、グンナルに対する未練や能力に対する偏見じゃなくって、自分が挫折した事を認められないプライドのせいだったみたいだから」


 蝶よ花よと育てられた伯爵家のご令嬢。

 十代で嫁入りし、貴族の義務を果たしながらも愛する恋人を側に置き、上手く立ち回る華やかな人生。そのはずだったのに、尻尾を巻いて実家へ逃げ帰った。後の二人も失敗をしたならば、それは自分の挫折ではない。相手が悪かったのだと思い込めた。

 私達の結婚一年目に顔を出して、あまり観察が出来なかったものだから、彼女は止めるに止められなくなってしまったのかもしれない。彼女の語る過去の出来事は、無理に脚色した妄言に聞こえたし、はっきり言って中身が無かった。

 夫に子供の事を話題に出されて、彼女の目も覚めただろう。

 まあ、彼女の心の内は正確には分からないけれど、十年も前の失敗と挫折なんて、笑い飛ばして糧にしてしまえば良いのにって思う。


 私の考えが外れて、もしまた彼女が顔を出しても、ムカつきはするけどそんなに心配はしてないし。グンナルが傷つかないのなら、それで構わないんだから。



 ・・・・・・・・・・



 夕刻までの初夏の会を無事に終えて、最後のお客様を見送ったのはつい先ほど。

 グンナルはセブンスさんに一つ頷くと、私の腕を取って歩きはじめてしまう。

 隙のないエスコートとは裏腹に、腕はしっかりと取られていて、外せそうにはない。


「グンナル、これから打ち上げじゃないの?」

 初夏の会の後は毎年恒例の宴、主従関係なしの無礼講の打ち上げが行われるはず。


「今年は不参加だ」

 部屋の扉を開けながら、返してきた夫の言葉に首を傾げる。


「なん……」

 部屋に足を踏み入れた途端、いきなり深く口づけられた。

 乱暴に扉を蹴り閉めて、グンナルはそのまま私を寝室まで抱えていく。

 開けられていた寝室の扉をくぐり、また足で蹴り閉める。

 ……傷、付いてないかな。メイド頭のベアトリーチェが悲鳴を上げそうだ。

 私を抱えたまま、グンナルはベッドに腰を下ろす。


「何を考えていたんだ?」

 合間にも顔や首筋にキスを落としていく。


「いや~。傷付かないのかなって」

「傷ついているのはカオルの方だろう?」

 ん? 話がかみ合ってない……けどまあいいかっ。


「私が? 何に対してですか。ホーキング夫人に関しては傷つくというよりムカつくがしっくりきますけど」


「彼女が俺の名前を呼ぶ度に傷ついていただろ。普通の客は気付かないだろうが、会話を聞いていたリリームは気付いていたぞ。リリームに後から抗議をされた。記憶を視たのだから、俺がその場で釘を刺せば良かったな。領主夫人として振舞うカオルが、悋気を見せるわけにもいかないのにな。すまない」


 グンナルに抗議するなんて、リームは相当勇気が要ったよね。

 こちらの世界で名前呼び捨ては普通だ。その事はよく分かっているつもりだけれど、それでもやっぱり前妻に夫を呼び捨てされるのは、結構きつい。私はホーキング夫人の名前も、その夫の名前も、最後まで呼ばなかった。密やかな抵抗のつもりで。


「……傷ついているって言ったら、どうするの?」

 私の方からも、キスの雨を贈る。


「全身全霊で慰めて癒す。これまでカオルが俺にそうしてくれた様に」

 私の傷なんて、もうとっくに癒されてしまっているけれど。


「じゃあ、今日は頑張った私をいっぱい慰めてね?」


 夫の金茶色の瞳が、嬉しそうに輝いた。



お読み頂きありがとうございました。

完結しているというのに、忘れた頃に後日談を更新して申し訳ありません。

少しでもを読んでくださった方に楽しんで頂けたら良いのですが。


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