epi.0
真っ暗な暗闇の中で、彼女は蹲っていた。
― 胸が痛い。
締め付けるようなその感覚は息をすることさえひどく困難なものに感じられた。
いつの頃からこんなに苦しくなってしまったのだろう。
思えば小さい頃から胸の奥に感じていた違和感は、次第に大きなうねりとなって、気がつけばこうして呼吸するのもままならなくなっていた。
― 自分には特別たいした持病があるわけではないし、これも恐らく内因的なものだ
彼女は、いつものように、そう自分に言い聞かせ、身体を動かそうとした。
だが、自分のものであるはずの手足はまるで自分のものではないと感じるほど重く感じられ、動かそうと身体を捻れば体中の関節がぎしぎしと耳障りな悲鳴をあげているかのようだ。
彼女はため息をついた。
身体を仰向けにして、目を開ける。
薄闇の視界の中に、天井が入り込む。
彼女、セツナは自室のベッドの上にいた。
あまり物のない、今自分が生きていくための必要最低限度の物だけ置かれたどこか殺風景な部屋だ。
バルコニーへと続く大きく開け放たれた窓から、春先の宵闇の風が入りこみ、薄手の白いカーテンがそれに遊ばれていた。
その様子を眺めていると、ふわりと、一枚の花びらが部屋の中に舞い込む。
庭先の桜であろう、風に乗って、2階のセツナの部屋まで踊るようにやってきた。
日中であるならば薄く色付くその花弁は今は月夜に透かされ青白く見えて、どこか幻想的に見えた。
この国の人間はこの花を好む人が多い。
春になると淡い色を満開に咲かせ、かと思うと、風に吹かれて潔く散っていく。
セツナも、小さい頃はこの花が好きだった。
小さい頃はよく兄とあの庭の木の下で遊んだものだ。
病弱な母さまも、この時期だけはよく庭に出られて、私と兄をいつも微笑んで見ていてくださった。
ハウスメイドとして仕えてくれていた人たちがティーセットの用意をしてくれて、私の大好物のクッキーを準備してくれていた。
-みんなでよく、お茶したな
あのころは、みんなが笑顔だった。
暖かかった。
それは決して陽気だけではなく、何もかもが、だ。
兄さまが戦争で死ぬまでは。




