黒髪チャラ男と白い月
鳥居を見上げると大きな月が天空にかかり、その光りが降り注ぎ指の輪郭をぼやかせる。
伸ばした人差し指の先が虚空を指し示す。
『ぴんほぉ~ん♪』
間の抜けた高音が湊の斜め後ろで鳴った。
目が覚めた湊は、美少女に促されて駅に向かっていた。
美少女のおじさまが住んでいるのは最寄の『舟端駅』からいくつか戻った『元八万駅』だからだ。
『舟端』の隣の駅に着くと潮が片手を挙げて
「ちょっと、行ってくるね!」
と電車をぴょこんと降りた。
「?」
「私がお願い事を申し上げましたので」
美少女が降りていく潮を見ながら言う。
「申し遅れまして申し訳ございません。私蓑亀藻子と申します」
「…あ、俺は、湊…湊飛鳥です」
湊は蓑亀に丁寧に頭を下げられ反射的に自分もお辞儀をしながら自己紹介をした。
「潮になにを頼んだんです?」
「それは…」
『元八万駅です。都営真宿線・形成線にお乗換えの方は…』
車内のアナウンスが流れて扉が開きそのことを聞きそびれたまま蓑亀の後を歩いた。
蓑亀は駅前のターミナルをまっすぐに歩いていき大きな十字路を右に曲がった。
ここは、高校も会社も住宅も多いところなので夜更けだというのにまだ駅前にはたくさんの人がいた。
十字路を曲がると住宅街に入ったせいなのか急に人通りが減って暗さが増したような気がした。
不安になって湊は周囲を見渡した。
住宅街の間に空き地があり、そこに何台ものバイクが無造作に留めてある。
『漢刃』とかの表紙に載ってそうなちゃらい男がバイクに持たれ掛けてスマホをいじっている。
「ここですわ」
蓑亀が足を止めたのは石の柵で覆われた鳥居の前だった。
湊はどこかで見たその場所を思い出そうとこめかみに手を当てた。
『〔元八万〕には、〔還らずの森〕というのがあって入るとこの世には戻れないといわれていて…』
「あぁ!小学校の時に聞いた所だ!」
「あら、ご存知でしたのね」
「っていうかここ『禁足地』だから入っちゃいけないって…」
「そうですわね。ここは危ないですから」
蓑亀はそういいながら別段躊躇することなく鳥居に向かった。
湊が止めようと手を伸ばしたとき、
「あ、ごめーん!待ったぁ?」
この雰囲気を打ち砕くように明るい声が後ろからした。
「潮?!」
両手に紙袋、背中に細長いリュックを背負いカラコロを引いたまるで同人誌即売会帰りのような姿の潮がにこやかに立っていた。
「潮様、お手数をおかけして申し訳ございません」
「面白かったから大丈夫!」
満面の笑みを浮かべて顔で返事をする潮を見て、湊は力が抜けていくのがわかった。
鳥居をくぐると蓑亀の足が止まった。
「あら、おじ様、留守かしら。お尋ねすると申し上げておきましたのに」
この空間は確かにねじれたような妙な感じがして湊は肩をすくめた。
国道の横にあるはずなのにここだけ静寂が敷き詰められている感じだ。
蓑亀の細く白い指先が虚空に動き何かを押すような仕草をした。
『ぴんほぉ~ん♪』
湊の斜め後ろから呼び鈴と思しき音がして先ほどバイクに寄りかかっていたちゃらい男がスマホから顔を上げた。
「あぁ、モコちゃんごめんごめん。来るっていってたよね~」
湊はモコちゃんと呼ばれた蓑亀とおじ様と呼ばれた男を交互に見比べた。
通称おじ様はブランドものらしきジャケットをルーズに着ている。
「なんかチャラい…」
湊が思わずこぼしたが二人の耳には届いていないようだった。
「おじ様、伺うと申しあげましたのにひどいですわ」
「ごめんって。ちょっと女の子とファインで話してたら盛り上がっちゃって…かわいいモコちゃんを忘れるなんて
ダメだよなぁ」
ちゃら男は手をひらひらとさせながらひとかけらも罪悪感がないように謝った。
「あいかわらず、モコちゃんはかわいいねぇ。どのくらいあってないっけ」
「五輪の時からですわ」
「五輪っておりんぴっく…」
「あぁ、あの時以来か、もう何十年になるかなぁ」
「????」
湊の思考が混乱している間も二人の会話が続いていたが『東洋の…』『猫田』など湊の知らない単語が続いていた。
「この方は?」
潮のにこやかな声に二人同時に振り向いた。
「失礼いたしました。こちらは先ほどお話いたしましたおじさまですわ」
「モコちゃんとは系譜はつながってないんだけどね、小さいころから知っている仲なんだ」
「おじさま、こちらの方が湊様」
蓑亀が片手を差し出して湊を指し示す。
「あぁ、ホントだね。確かに桜子ちゃんらしいね」
ちゃら男がずいぃっと湊に近づいて上から下までじっくりと眺める。
その瞳が先ほど話していた時と違い鋭く光るのに湊は本能的に身がすくんだ。
「確かに、『魄』は桜子ちゃんだけど『魂』はこの中には見当たらないなぁ」
「では、このままでよろしいのでしょうか」
蓑亀の問いに初めてちゃら男の額に皺が寄り、厳しい顔になった。
「このままにしておくと、桜子ちゃんとみ…なと君だっけの魂魄が結合してしまって双方の『魂』『魄』の行き場所がなくなってしまうかな」
「それでは桜子ちゃんが還ってきたときに『魄』にもどれなくなりますわ」
「う~ん、でも後、7、80年待てばみなと君の『魂』がなくなるんだからそれまで待てばいいんじゃないか?」
湊は自分をおいてけぼりにしてさくさくと話が進んでいくのを呆然と見つめながら立ちすくんでいた。
「え~、じゃあせっかく持ってきたのにコレ使わないの?」
二人の会話をとめたのは荷物を地面に降ろしながらがっかりしている潮の声だった。
「コレって?」
「潮様にお願いして『形代』をお持ちいただきましたの」
「あぁ、そういうこと(そいこと)…ん、なら、ちょっとやってみてもいいかな」
ちゃら男は軽く言うとパチンと指を鳴らした。
「じゃあ、オレの後を正確についてきな。踏み外すと戻れないからな」
軽く振り向いてから鳥居を後にちゃら男がすっと前に進むと茂みが二つに分かれ道が出来る。
「『還らずの森』とか『迷いの森』ていうんだよねここ」
潮が下ろした荷物をもう一度担ぎなおしながら湊に聞く。
「ニンゲンにはそういわれてるらしいな…もっとも、女の子だったらオレっていう森なら迷い込んでもOKだけどね」
潮が言った言葉が聞こえたらしく背中を向けたままのちゃら男が答えた。
古ぼけ色の禿げた背の低い鳥居をくぐると目の前に竹林が広がっていた。
外から見るとこんなにも広いとは思えないので湊は目を見開いた。
竹の地下茎でやや盛り上がった土の上をチャラ男について歩いていくと、
急に月の光が降る注いだ。
驚いて上を見上げると逆ドームのようにそこだけぽっかりと竹の葉が重なっておらず大きな月が煌々と湊たちを照らしていた。
「おおここだここだ」
ちゃら男が軽くいて顎をしゃくる。
「さっきのあれ出してくれないか?」
潮は持っていた荷物を広げちゃら男の前に出した。
「なんこれ?!」
湊は潮の広げたものを見て目をむいた。
○カちゃん人形(初代)、人体模型、ソフビの怪獣←何体もいる、○ダーバード一号、超合金シリーズ、食玩、どこか南の島のお面、木彫りの熊、あかべこ、さるぼぼ、……。
「これはなんだ」
湊は妙に冷静になって潮に聞いた。
「E?蓑亀さんから形代になるものがほしいっていわれたからいえにあるもんもってきてみたんだけど?」
逆に疑問形で返された。
「ええっとぉ…」
湊はギギィっと音を鳴らして首をひねりちゃら男の方に顔を向けた。
「形代ってなんでしょうか?」
ちゃら男はウォレットチェーンをいじりながら振り向いた。
「あ?魂の入れもんだけど?」
何をいまさらと言わんばかりに軽く首をひねる。
「えっぇっえええええーーーー!!!」
湊が男の顔と形代になるべく潮の持ってきたブツを交互に見ていると
「さぁってといい時間になったしなぁ…」
「五芒星とか描くの?」
潮がニコニコとちゃら男の顔を覗き込みながら言う。
「はっはっは!やだなぁそんなに外国かぶれしてないさ」
ちゃら男が動くたびにウォレットチェーンが揺れて音を鳴らす。
「説得力ってなんだろう」
ぐったりとした湊がうなだれながら呟いた。
ちゃら男はのんびりと歌うようにナニかを唱え始めた。
『akkhi agaara…』
「あぁ、パーリー語だぁ」
潮が楽しそうに言う。
ちゃら男が何かを浪々と唱えるとともに月光は強くなり湊の体を包んでいく。
「パーリー語って今は使ってないんだよねぇ。印度のさぁ…」
湊の耳に潮の豆知識が聞こえてくる。
…今その知識いらねぇだろ!!だからお前は小学校の頃『知恵袋おばさん』とかあだなつけられんだよ!そのせいで俺はこなきじじいって言われたんじゃないかぁぁぁあ!
いやそんなことより印度って…おれは修行もしてないのに虹人かぁぁぁぁ!!!………
湊の意識はまたしてもブラックアウトした。