涙の海辺突破
『トゥンタタタタタン♪チャラララン♪トゥンタタタタタン♪』
橋を渡ると雲に隠れた薄ぼんやりとした月明かりの中クラリネットの音がした。
湊が近づくと音がやみ潮とそばにいた何人かが同時に湊の方に顔を上げた。
「やっときた~。遅いよ湊」
「歩いてきたんだから仕方ないだろ…」
湊の姿を確認すると潮は軽く手を上げたが月が雲に隠れているせいで湊からは潮がシルエットのようにしか見えなかった。
湊が目を凝らしてよく見ると潮から少し離れたところに半円状に人影が囲んでいる。
どうやら、潮の演奏を遠巻きに楽しんでいるようだ。
「さっき、『もしかしたら、なんとかなるかも』っていってたよな。
なんか、あてがあるのか?」
「ちゃんとつけた?」
「は?」
「買ってあげたヤツ!」
「つ、つけねぇよ!!」
湊の顔が真っ赤になる。
「湊、一人の体じゃないんだから…」
「誤解を招くようなこというな!!」
潮がふかぶかとため息をつく。
「やっぱ、さっきの曲だよなぁ」
「?…さっきの曲って?俺が来る前にふいてたやつ?」
湊が首をかしげた。
「そう、ベートー○ン『なくした小銭への○り』」
「はぁ?」
「だってそうじゃん、俺のおこずかいから買ってきたんだよぉ
湊が使わなかったら無駄金ぢゃん」
「…わ~かった!わかったから、恨みがましい目で俺を見るな!」
潮は小動物のようなくりくりとした大きな目で湊をじっとっと見てから
小首を傾げると
「んぢゃ、その話はまとまったということで…
さっきの話だけど…」
「それだ!それの方が!」
興奮した湊が座っている潮に体を傾けたとき月から雲が離れ港と潮、
そして周囲の人影を照らした。
「どぁぁぁぁあぁぁぁっぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ!!!」
湊が驚いて腰の砕けたまま後ずさった、
「湊、どうしたの?大きな声だすと近所迷惑だよ」
「って、ここら辺民家ないだろ!!
じゃなくて、あ、あれ…あれ」
湊が指を指した先には先ほどまで潮を取り巻いていたモノ達が立っていた。
ゆらりと立つ姿は『海底原人』『しー○らす夫妻』『巨大な丸い影』.
の、ようなもの達が大声を出した湊を一斉に注視した。
「どー見ても人じゃないだろ!!!」
指をさし後ずさりをする湊をみながら潮は短く息を吐いた。
「『人を見かけで判断してはいきません』って保育園で桃子先生がいってたでしょ」
「人じゃねぇ!!!」
「桜子ちゃん?」
澄んだ声が湊に届くと同時に有象無象のぬらぬらとした影が湊を取り囲むようににじりよった。
潮の薫り、顔に張り付く海草…
「うぁぁぁぁぁ!!!」
湊の意識は再びブラックアウトした。
「桜子ちゃん、桜子ちゃん」
「湊、大丈夫か?湊」
思い思いの名前を呼ばれ外身は桜子(仮)中身は湊が目を開けた。
湊の眼前に月明かりに照らされた白い膝頭があり、そのまま目線を上げると濡葉色の綺麗に切り揃えた髪の美少女が心配気な表情で湊を覗きこんでいた。
「うわっ!!!!」
湊は顔を赤らめ跳ね起きた。
「おきた、おきた」
美少女の後ろから潮がぴょいと顔を覗かせた。
「な、なんなんだ!」
「なにって、湊が倒れたからみんなで心配してたんじゃない」
「いままでのは夢…夢なんだ!は!あははははははははははは…!!!」
急に天に向かい笑い出した湊に周りを囲んでいたらしき人たちがやや後ずさった。
「そう思いたいならそうでもいいけど。その場合その姿だけどいいの?」
潮が軽く小首をかしげる。
湊は潮の言葉におそるおそる自分の髪を撫でた。
「長い…」
湊ががっくりとひざを突く。
「まぁまぁ、かわいいんだからいいじゃない」
潮が湊の肩に手をおいた。
「いいわけあるかぁ!!!!」
湊は潮の手を力いっぱい払いのけた。
「そうですわね。この身体が桜子ちゃんのだといたしますとそれは由々しき事態ですわ」
湊は驚いて声の主の先ほど見た美少女を見上げた。
今の湊の身長だと文字通り見上げることになるからだった。
「潮様からお伺いいたしましたことが本当でしたら
桜子ちゃんの身体に殿方がお入りになっているということになってしまいます」
「好きでいるんじゃねぇ!」
湊の叫びを聞かなかったかのように潮のほうを見た美少女は
「おじ様にお願いしてみたら何かわかるやもしれませんわ」
と、湊に言った。
「湊もそれでいいよね!」
美少女の後ろで潮が軽くウインクをしながら湊に聞く。
「もう、なんでもいいよ…」
そろそろ、湊の気力は尽きてきていた。