部室の中の渡り鳥
赤く輝く月が目に入った。
-春で大気の透明渡が悪いからだ。
そう思いながら、湊はぼんやりと草の上に仰向けになったまま、右後頭部に手をあてた。
『…いてっぇ』
ずきずきと痛む頭をさすりながら、どこかの石ににぶつけたのだろうと思う。
『[ホームラン~!!]ぢゃねぇよ…猫池なんかに飛ばしやがって…』
湊の転がっているところは昔は綺麗な庭園風裏庭だった。
だが今ではあれ放題で池には水の代わりに雑草が生い茂り猫がやたらに住み着いているので生徒達には猫池と呼ばれている。
『だいたい学校に裏庭なんか要らねーだろ』
頭の痛みもおさまってきたので体を起こそうと腕に力を入れると腕にかかる長い髪に気がついた。
『?』
「おーい!みなとぉ~!生きてるか?死んでるか~?」
級友の潮の声に手を挙げて答えようと腕をあげる。
-学ランこんなにデカかったか?
オレの手はこんなに小さかったか?
湊は自答自問しながら体の違和感に恐る恐る上半身を起こした。
「みなとぉ~死んだの~!」
潮のであろう、物騒な言いと草を踏む足音が近づいてきた。
潮が湊の目の前に立って影が被る。
その少女のような顔立ちの中のくりくりとした大きな目がさらに大きく見開かれた。
「…ダレ?」
「何を言ってんだ潮…」
潮に問うた湊の声は小鳥のようなふぁんしーな声だった。
「だぁから~!オレなんですよ!湊なんです!!!」
湊は最大音量でいながら可愛い声でホームランを放った元凶の部長に向かって怒鳴っていた。
部室の鏡に映った湊はゆるふわの茶色い長髪、大きな瞳、小さな唇、色白、推定15.6歳女子がぶかぶかの学ランを羽織るという
萌えてみろ!といわんばかりの悲しい姿だった。
「うん、そうだね」
部室のパイプ椅子に座った本町部長が机に両手をついている湊を一瞥した。
「で、ボールは?」
「そっち?!」
「え、だって、湊なんだろ?もーまんたい、もーまんたい」
「あるでしょう!こんな格好なんですよ!」
手振りで体つきをなぞる湊を本町部長がを眼鏡ごしに上から下まで見た。
「カワイイからヨシッ!」
「良くね~!!」
湊の心からの叫びに本町部長が眉をひそめるてからおもむろに立ち上がり湊に向かい腕を真っ直ぐ伸ばしビシッと横にあった箒の柄を向けた。
「笑止!」
「は?」
急な威圧感と竹の節と舞い上がる砂埃に湊はたじろいだ。
「そもそもここは何部だ?」
「漫研…特撮…班」
部長の気迫に押されつつ湊が答えると
「そうだ…、つまり我々の究極の目的は[端高祭]
我々の新しいモノガタリを作らなければならない。」
「?」
部長は演説でもするように拳を固くにぎり肩の辺りに掲げた。
「そうだ!今年のコンセプトは[端高ヒーロー]だ!」
「てか範囲狭っ!
〔そうだ!〕てそもそも何と戦うんですか!」
部長は湊の突っ込みをスルーして演説を続けている。
「しかし、我々〔漫画研究部 特撮班〕はここに天恵を受けたのだ、ヒーローではなくヒロインを作れと!」
パラパラとした部員の拍手に部長は感涙した。
工業高校でデザイン等の授業もあるような学校なので絵を描くのが好きな生徒は多く〔漫画研究部〕の部員は多い。
ただし、それは〔漫研 ストーリー班〕←漫画を描く班と〔漫研 アニメ班〕←
その名のとおりアニメーションを作る班に限っての話であり漫研の特撮班は漫研といっても本来の〔漫研〕にすらその存在を忘れられ、部室もクラブハウスや美術室等ではなく離れたところにある荷物置き場のプレハブを勝手に占拠している。
「…イヤです」
「ソッコー否定?!何故だ!!ヒロインだぞ!ヒロイン!
ちゅうかなぱ○ぱ○のような戦うヒロインだぞ!」
「古!
ぢゃなくて!!疑問以前の問題です!!」
「たしかに今ならせいぜい〔キョ○シー○ール〕だよな」
「〔透明○りちゃん〕の方がすきだなぁ」
部員達が声を潜めながら言う。
「いや、そっちじゃなくて!!この姿が問題なんです!」
湊の叫びに何故か部室にいる人間の冷たい視線が注がれた。
「な~、湊がワガママ言ってんだけど~
どう思う~匠ちゃん」
座敷わらしに似た容姿の花咲匠が黙って首を横に振った。
「ほらみろ、湊。みんなそうおもってるぞ」
「今、聞いたのって花咲だけぢゃないですか!」
「匠ちゃんは心の代弁者」
「意味わかんね!!」
「あ」
部長が壁に目をやり全員の顔をみた。
「もう、遅いから先生の見回りきちゃうからとりあえず解散な~
どーせ明日からGWなんだからその間に考えたらいいんだろ?
てな訳で…」
〔本日の部活は終了いたしました。
またのご来訪をお待ちしておりま~す♪〕
校内放送が趣のあるスピーカーから交響曲第9番ホ短調『新世界より』第2楽章冒頭と共にがさごそと部室に響いた。