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コツンと後頭部に何かがぶつかる。
特に痛みはなかったが、一体何だとルークは振り返った。
床の上にはどうやらルークにぶつかったせいで落ちたと思われる小さな紙で出来た鳥だった。
周りを通り過ぎる生徒達がヒソヒソと何かを噂している。
紙の小鳥を拾うと、それはたちまち本来の紙切れに戻る。
『無能の無属性』
紙切れには雑な字でそう書かれていた。
――何故だ?
ルークは周りを見渡すが、生徒達は相変わらずヒソヒソ話をやめない。
属性の話はフィルとアイリスにしか話していないというのに。
「名家の恥ですって」
「父上もそう言っていたよ」
「ほとんど魔術が使えないらしいぞ」
「無能の無…そのまんまじゃねぇか」
自分を貶す言葉ばかりが溢れていた。
ルークは下を向いて唇を噛んだ。
悔しかった。
皆が言うその言葉通りで反論出来なかった。
ルークに出来たことは、ただ聞こえないフリをして早足で廊下を通り過ぎるだけだった。
『――お前は、力が欲しいか?』
人気のない廊下に差し掛かった時、誰かがそう言った。
どくんと心臓が脈打った。
それほどまでに恐ろしさを含んだような低く掠れた声だった。
慌てて辺りを見渡したが、当たり前のように誰もいない。
「誰だ!」
当然のようにルークの呼び掛けには返事がない。
聞き間違いだったのだろうか。
それにしてもこの廊下は薄暗く、とても気味が悪い。
気付かない内に知らない棟へ迷い込んでしまったらしい。
『力が、欲しいか?』
再び先程の声が響く。
無能だとルークをバカにする誰かのイタズラか、何か恐ろしいものの罠なのか…。
しかし、ここはあのウェストバリー学校の中なのだ。
後者はあり得ないとルークは考え、頭を振った。
その途端、強い風が窓を叩く音や何かの鳥が押し潰されたようなギャアギャアという鳴き声がする。
慌てて外を見ると、さっきまであんなに晴れていた空に暗雲が立ち込めていて雷鳴までもが聞こえてくる。
誰かの気配を感じて振り返れば、この廊下に唯一あった灯火が激しく燃え始め、狂気の混じったような下品な笑い声がした。
その笑い声は先程の声の主のものだ。
とにかくここから離れようと、ルークは来た道へ引き返そうとした。
「イタズラにしてはたちが悪い…」
ポツリと呟きながら歩き出すルーク。
すると、まるでルークを引き留めるかのように強くローブが引っ張られる。
いい加減にしろ、そう言ってやろうと引っ張られる方向へ振り返った。
「――っ!!」
驚きのあまり声が出なかった。
逃げなくてはいけないと本能的に分かった。
しかし体は言うことを聞かず、びくとも動かない。
氷のように冷たい手が伸びてくる。
『お前は、必ず力を欲するだろう』