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寮の一室で荷解きをしながらルークは思った。
このウェストバリーでは生徒一人一人に寮の一室が与えられている。
それは実家から学校に遠い者も、近い者も例外なくである。
そのお陰でこの学校にいる間は毎日あの言葉を聞かずに済むのだと思うと気が楽だった。
年度末に学校を出るまでに魔術の腕が少しでも上がればとさえ思った。
しかしルークには既にこの先のことが思いやられていた。
毎年、一年生は入学後すぐに属性試験を受けることになっている。
試験自体は特に何かの知識が必要という訳ではないのだが、ルークは不安だった。
魔法使い達は皆、この世を構成している十二の元素で物事を考える。
大昔の偉大な魔法使い達が司るその元素は、月ごとに割り振られてもいた。
そして誰もがどれかの属性を複数持っており、その才能を磨いていくのである。
地や木などといった基本的な属性を持つ者もいれば、時や幻といった目には見えない属性を持つ者もいる。
「どうか闇属性になりませんように」
フォーブス家では主に風や水といった属性が多い。
そんな中、悪い魔法使いが多いと言われている闇属性になってしまったら――。
考えるだけで頭が痛い。
ただでさえ両親は自分の才能に呆れているというのに。
荷解きも終わり、入学早々疲れてしまったらしい。
ルークはベッドに横になり、目を閉じた。
カーテンから射し込む光が眩しい。
ゆっくりと体を起こして時計を見れば、どうやら少し早く目が覚めたことに気付く。
今日は例の属性試験だ。
ルークだってフォーブス家の一員なのだから、きっと大丈夫だと何度も自分に言い聞かせていた。
しかしどうしても不安ばかりが募る。
何せ、ルークだけがこんなにも落ちこぼれているのだから仕方がない。
どうにか朝食の時間までに気持ちを落ち着けようと、外を散歩でもしようかと寝癖のついた銅色の髪を軽く梳かした。
「…おはよう。君も早いね」
学校の側にある小さな湖を歩いていると、聞き覚えのある声がした。
「フィル!」
にっと笑ったフィルは、湖に向かって何かを投げた。
「何してるの?」
ルークはじっとフィルが何かを投げた先を眺めた。
フィルはというと、何でしょうと言って笑っている。
しばらく湖を眺めているとその表面に緩やかな波が立ち、キラキラと輝きを放っている。
その様子を嬉しそうにフィルは見ていた。
「この湖にはいろんな生き物がいるんだって。昔、じいちゃんに連れてきてもらったことがあるんだ」
「おじいさんに?」
「うん、昔はここで生物学の先生をしてたんだ」
フィルとルークが湖を眺めていると、高くそびえ立つ時計塔から時間を告げる鐘の音が聞こえる。
「――行かなきゃ。もう朝食の時間みたい」
はっとした二人は連れ立って大広間へと急いだ。
「変人が来たぞ」
「バカ、何されるか分かんねぇんだからやめとけって!」
ルークとフィルが大広間へ入ると、そんなヒソヒソ声が聞こえた。
確かに自分は才能がないが、変人と呼ばれるような覚えもない。
それに、昨日は遅れたせいもあってフィル以外の同級生と話す機会すらなかったというのに。
もしかして両親が――。
ルークがそこまで考えていた時だった。
「ちょっといいかしら?」
後ろから少女の声がした。
慌てて振り返ると、その声の主は抱え切れないほどの分厚い本を持っていた。
「ここを通りたいの。じゃなきゃ本を落としちゃうわ」
腰に届きそうな程の蜂蜜色の髪に深い緑色の瞳、そして透けるような白い肌の少女はとても印象的だった。
「一緒に運ぼうか?」
そう、ぼんやりしているルークの隣でフィルが言ったのも仕方がない。
とても愛らしい少女だったのだ。
「じゃあお願い」
ずっしりと重そうな本を二、三冊フィルに渡すと少女はニッコリと笑う。
とりあえず朝食を摂る席を探すため、三人は大広間を進んだ。
「あなたたちも読む?」
席に着くなり相変わらずの笑顔で少女は言った。
しかし差し出される本は比較的厚さがないものの、タイトルからして理解が難しそうだ。
近くを通る上級生でさえ、少女の本の山を見ては眉をひそめている。
「遠慮しとく」
ルークが答えた。
きっとフィルも同じ気持ちに違いない、顔が少し強張っている。
「そう」
特に気にした風でもなく、少女は運ばれた朝食に手をつけ始めた。