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――無から生まれし光は幻から地・火・水・風を創った。
地には木が生い茂り、しかし時の流れと共に生物達により全ては雷鳴、氷河に包まれ闇へと消え、無に還る。
『無は厄なり』
人々はそれを示して言う。
『無は魔王なり』
我が力に怯える者は言う。
R.コトラール――
「どういうこと?」
読んでみたものの、ルークにはさっぱり意味が分からなかった。
「この、R.コトラールって人物がまさに無属性の魔法使いなのよ。いつの時代かまでかはこれだけじゃハッキリ分からないけれどね」
そう言ってまた違う一節を示したアイリスに言われるがまま従うルーク。
それぞれをバラバラに読んでいるだけではきっとアイリスのような考えに至るのは難しいだろうと思った。
「この先を読み進めていけば分かるとは思うけれど、このコトラールは無属性なのをいい様にしてヒトの世界に紛れ込んでたみたい。だからこっちの世界じゃ、無属性の魔法使いについて書かれているものがほとんど無いんだと思うの」
「ヒトの世界に紛れ込んでたって?」
「…この本はわたしのパパの部屋にあったものなの。パパはこういう古い本を集めてて、わたしがウエストバリーに入るからって一冊くれたのよ」
パタンと本を閉じてアイリスは答えた。
その表紙を撫でている表情はどこか寂しそうだった。
パシャンと小さな音を立てて湖面が波打つ。
その飛沫が舞い、太陽の光を受けてキラキラと輝いて消えた。
「闇の棟?」
湖に住みついている水生生物にエサを放り投げながら聞いていたフィルはルークを振り返った。
「あの薄暗くて気味の悪い棟だよ。気付いたらあの棟にいて…急に天気も悪くなってきたと思ったら、灯火の火が大きくなって変な鳥の鳴き声がしてきて…」
ルークはあの日聞いたあの不気味な声についてもフィルに話した。
すると神妙な顔をしたフィルが答える。
「――あそこには、アカ・マナフの魂が住み着いてるっていう噂があるんだ」
「アカ・マナフって」
それは誰もが知る名だった。
このウエストバリー魔法学校の一期生でもあったアカ・マナフは闇を司る魔法使いの末裔だといわれていた。
その能力は当時の教師達でさえも凌ぐものがあり、ひそかに恐れられていた。
「エミーリアの悲劇があっただろ?あの後、ウエストバリーの校長だったマクマスターがアカ・マナフの魂をある物に閉じ込めた。その石が闇の棟に隠されてるんだってさ」
エミーリアの悲劇というのは魔法使いの間では知らない者はいないというほどの事件だった。
アカ・マナフ率いる闇の魔法使い達が相対する大勢の魔法使い達を何の躊躇いもなく惨殺していったのだ。
その一人目の犠牲者であるエミーリアはほんの少女だった。
しかし、少女は邪悪な魔法使いにたった一人で立ち向かおうとした。
少女は命を落としたが、その時に放った魔法が後々のマクマスターとの戦いに影響したのだという。
「…それにしても、誰がどうしてルークの属性を知ったんだろう?」
しばらく考え込んでいた様子だったフィルが言った。
「その闇の棟で聞いたっていう声も、嫌がらせかもしれない」
確かにこの一連のことはそう考えた方が正しいかもしれない。
実際にアカ・マナフの魂が閉じ込められていたとしても、どうしてそれがルークに呼び掛けてきたのかも分からない。
フィルはうーんと唸りながら湖にエサを放った。