ゴールドラッシュ
三ヶ月後。
紅茶を飲みながら、朝の新聞を広げた燐銅は一面のその見出しを見てカップを落としてしまった。
『GP社社長・金柱源蔵 背任罪の疑いで逮捕! 五〇キロの金塊を自社の採掘所から持ち出す?』
燐銅は急いで下葛探偵事務所へと向かった。
「入るぞ、下葛」
燐銅が中に入ると、下葛は黒革のソファに仰向きになり、気味の悪い笑みをニタニタと浮かべていた。
燐銅はその笑みを一度だけ見たことがある。
十年前、暴走族のリーダーに半殺しにされて病院のベッドの上にいた下葛は今と変わらぬ笑みを浮かべていたのだ。
これは下葛が仕事を終え、勝利したときの笑みだ。
下葛に会って早々燐銅は疑問を口にした。
「金柱は金塊を盗むほどお金に困っていたのか?」
下葛は上半身を起こし、燐銅のほうを見た。
「そんなわけないだろ。あいつの資産マジやべえぞ。でも、お金が必要な理由をでっちあげれば他の人は信じざるをえないだろうな」
「どんなトリックを使った?」
「まず、採掘所から金塊を盗んだのは俺だ、というか埋めたのも俺だから盗んでいない。金柱に変装してやった、最近の特殊メイクはすごいな」
「自分で埋めて発掘とか、どこのゴッドハンドだ。というか、そんなにうまくいくものか?」
「普通はできない。採掘所に入ろうにも身分証の時点でバレる。いくら俺でもIDカードの偽造は無理だ。だが、傲慢なやつってのはどこか抜けていて、金柱も例外ではなかった。あいつは顔パスで通ってやがった。巨額を扱いながら顔パスなんて馬鹿の極みだ。そして、金の持ち込みはともかく、持ち出しなんてできるわけがないがそれも顔パスでクリアだ」
「ほう」
「そうなればあとは事件当日に金柱のアリバイをなくし、お金が必要な理由をつくればいい。男を堕落されるには酒か女かギャンブルだ。俺は金柱の好みの女を調べて、そいつを雇って付き合わせた。そして二人だけで旅行に行かせることに成功した。金柱ほどの大物になれば、愛人との旅行で素顔をさらしたり本名を名乗ったりするわけがないからやつはアリバイがなくなる。仮に愛人が証言したとしても裁判では証拠に成りやしない」
「な、なるほど」
「最後に俺は持ち出した金塊を換金して、半分以上を女の口座に、残りを金柱の秘密口座に入れといた。女はいいお金の使いっぷりをしてくれたよ。高級車二台に一流ブランドの服やバッグがたくさんだ。これだけ疑わしいことがあれば、やつはクビになり妻にも捨てられ、役員や株主から責任追及されて、かばってくれるやつから捨てられて過去の悪事もばらされて破産だな。まさか、一人を破産させるために二億円近くをドブに捨てるやつがいるなんて誰も思わないだろう。さ、俺は仕事をしたから残りの依頼料をもらおうか」そう言い、下葛は請求書を手渡した。
その金額は高かったが、きちんと書類に計上された経費をのぞくと、ずいぶん良心的な値段だった。
「もっと欲しくないのか?」燐銅が尋ねた。
「なんで?」下葛が訊き返した。
「僕はいくらでも金を生み出せるんだぞ。もっと請求してもいいんじゃないのか」
「それはお前の努力の成果だろう。俺には関係ない。それにもし、不当な報酬を受け取ればそれは悪銭となり身につかない。さらには俺が嫌う傲慢なやつにもなってしまう」
燐銅は軽くほほ笑んで言った。「君が高校のときと変わっていなくて安心したよ」
「俺に感謝しているのだったら傲慢なやつに復讐したい依頼主を紹介してくれ。そっちのほうがお金よりずっとうれしい。最後に忠告しとくが金の換金には気をつけろよ。もし錬金術がバレたら俺よりやばいやつが何人もお前を殺したり社会的に消したりするために来るからな。ま、そこらの廃金山でも買ってそこから発掘したことにしとけ」
下葛はそう言うと外出の仕度をはじめた。
「出かけるのか?」
「ああ。せっかく来てもらったのに悪いな。でも、金柱の裁判も倍率が高くて傍聴できるかわからなくてな。だから、知り合いの似顔絵師になり代わってマスコミ経由で入るかもしれない。俺の絵の能力は高いが、画風をそいつにあわせるためにこれから打ち合わせだ。金柱の不幸な顔が楽しみだぜ」
そう語る下葛はひどく嬉しそうだった。
「君だけは敵に回したくないよ」
燐銅はそうつぶやき、帰り仕度をはじめた。
※おわび
この作中にはタングステン検知器が登場しますが、現実世界にはありません。物語の都合上あることにします。金の延べ棒なのかタングステンの金メッキなのかを判断するには硬さを調べるという方法があります。
しかし、タングステンの周りを金メッキではなく、厚い金でおおわれた場合はどうなのでしょう? 真贋を鑑定するには切断するか穴を開けるしかないようです。
【完】
追伸 ※おわびの文章に関するおわび
すいません。切断や穴をあけずに金の真贋を見分けることができるようです。ここにおわび申し上げます。おわびの文章も一部変えました。
ひさびさに金の真贋方法を調べたら、新しいのが見つかりました。
情報は常に更新される素晴らしい時代ですね。
1、刻印で見分ける。(これは以前に調べたときに知っていたけど、偽造しやすいと思い省きました)
2、化学薬品(硝酸、王水)との反応で調べる。(これも知ってた。メッキであれば判断可)
3、密度検査や、X線、磁気、音、電気抵抗の4端子法などによる元素分析。(新しく見つけた方法です。どこかの記事では機密情報で公にできないけど、真贋を見分ける方法があると書いてあり、謎で謎で仕方がなかったのですが、ようやく知ることができました! 感謝!)
注、他にも方法はあるかもしれません。
参考サイト 金買取サイト比較ナビ 金の偽物、見分け方
http://xn--uckzbvfxc019vfl9dgqh.com/kin-fake.html
奥が深い世界です。(2013年7月12日)
読んでいただき、ありがとうございました。
感想、批評をくれるとありがたいです。