黄金詐欺
高校。
「親父が自殺した」
燐銅悠馬は友人である下葛恭介に話しかけた。
燐銅は、あだ名で『クズ以下』とまで称された外道な下葛に同情やなぐさめを求めていたのではない。ただ、冷静で知的な下葛なら自らが抱えた謎を解いてくれると思ったのだ。
下葛は広げた新聞から目を離さずに口を開いた。
「お前の親父さんは貴金属店のオーナーだよな。今は、アメリカ国債の格付けが下がった影響で金の価格が高騰して稼ぎ時じゃないか。どうして自ら命を絶ったんだ?」
「偽物だった。集めてたのが」
下葛は鼻で笑った。
「へえ。物の価値もわからずに集めてたのか。まるでヤン・ウェンリーの親父だな」
燐銅は首を横に振った。
「違う。偽物だったのはごく最近に大量に買った金の延べ棒で、それより前のはすべて本物だった」
「最近大量に買った?」
「大手のゴールデンポール社の金柱社長からだ。大量に買えば安くするって持ちかけてきた。いつも付き合いがあったが親父は油断せずに金が本物だと調べてから買った。でも、全部偽物だったんだ」
下葛は新聞をめくった。
「アコギな商売で有名な金柱源蔵か。でも、その情報だけじゃ、金柱が偽物を売ったのか、親父さんが買った金の延べ棒が何者かによって偽物にすり替えられたのか判断できん」
下葛は慎重な男であった。
「すり替えはありえない! その時うちの警備システムは完璧だったんだ。だから、金柱が偽物を売ったに違いない。でも、三十年間も騙されなかった親父がどうして騙されたのかわからないんだ。頼む、この謎を解いてくれ」
燐銅は机にひたいをこすりつけんばかりに頭を下げた。
下葛は相変わらず新聞から目を離さずに口を開いた。
「なあ、金の真贋ってどうやって判断するんだ?」
「重さをはかり、それを体積で割って比重を調べる。親父は比重計を使っていた。金は非常に重いから不純物があればすぐにわかる」
「まだその方法なのか。以前俺は新聞で読んだが、タングステンは金と比重がほぼ同じだから、多くの人が金メッキのタングステンに騙されたらしいじゃないか」
「昔はそうだった。だが、ちょっと前にタングステン検知器が発明されてその方法は使えなくなった。親父もタングステンには人一倍気をつけていたし、偽物はタングステンではなかった」
便利な世の中になったもんだな、と下葛はつぶやきしばらく思考した。
「……なるほどわかったぞ。お前ん家、泥棒に入られたことあるだろう?」
燐銅は飛び上がらんばかりに驚いた。
「どうしてそんなことがわかるんだ!」
「お前はさっき『その時うちの警備システムは完璧』と言った。つまり、警備システムが完璧でない時があり、強化する必要がでてきた……泥棒に入られたからだ」
「な、なるほど。でも、泥棒に入られたのは金柱から大量に金を買う少し前の話だ。偽物を売られたのとは関係ないだろう」
「大ありさ。その泥棒は盗むのが目的じゃなかった。金の真贋を判断する比重計を、偽物でも本物と判断してしまうやつにすり替える、もしくは細工をするのが目的だったんだ」
燐銅は口をぽかんと開けた。
「そういうトリックだったのか」
「そういうことだ。タングステンにばかり気を取られているから、別の方法に騙されてしまうんだろうな。で、警察に金柱を通報するか?」
「しても無駄だろう。証拠がないし、警察は税金を多く納めるやつの味方だ」
「じゃあ、燐銅よ。親父の仇に金柱を襲撃するか? ああいうやつは警戒心が強く逃げ足が早くて手ごわいぞ」
燐銅は拳を握りしめて答えた。
「親父の仇はとりたい。でも、暴力は嫌だ」
下葛はあきれて言った。「どうするんだよ?」
次の燐銅のセリフは下葛の予想のはるか斜め上であった。
「僕が金の価値を暴落させてやる。そうすれば金柱は破産だ」
下葛は笑うしかなかった。
「おいおい。なに言ってんだ、お前。独占状態で不正な価格調整がされているダイヤモンドならまだしも、公正な取引がされている金の価値をどうやって下げるんだ」
「やってやるさ。かつて西洋では紫の染料は貝からしか採れず、非常に高価であった。だが、十九世紀にモーブとフクシンという合成染料が発明され、紫の価値は暴落した。だから、僕が金に代わるものを作ってやる!」
「錬金術ってか、夢物語だな」下葛は馬鹿にしたような態度で軽く流そうとした。
「僕は真面目だ」
しかし、燐銅の目は真剣そのものであった。
「燐銅。どうして、お前はそこまで金にこだわる? 真っ当に働いてお金を稼いだらどうだ? 現金さえ用意してくれれば俺は金柱を不幸にできるし、それが大量であれば破産させることだってできるぞ」
燐銅は首を横に振った。
「これは僕の復讐だ。親父が金によって死に追い込まれたのなら、金柱には金をもって報復しなければならない」
下葛はついていけないと思わずにいられなかった。
しかし、こうも考えていた。
豊かな富を持ちながら、人を不当な方法で餌食にしてさらに富を求める傲慢な金柱の性格。
それは不幸にするに値する逸材な人材であると。
下葛は傲慢な金柱を不幸にすることは望んでいた。
だが、自らが直接被害を受けた場合でなければ、誰かに依頼されなければ仕事をしてはいけないという制約を下葛は自らに課していた。
「わかったわかった。ちなみに俺は将来、傲慢なやつが不幸になったときに生じる美味しい蜜がたくさん吸える探偵になる。だから、お前がどんな手段を使ってでも金柱に復讐したくなったら相談に来い。友人価格で安くしてやるよ」
金柱は巨大な存在である。
だから、燐銅は必ず自分を必要とする。
下葛はそう確信していた。