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自分の子でもないのに卒業式と言うのは胸を打つ。
思い返せばこの1年あっという間だった。
59歳で早期退職をしてから株で細々と稼いで居た事もあり再就職する事もなく日々ぼんやり過ごしていた。
2人の子供達は既に自立しているし妻にいたっては数年前に買い物に出かけたきり帰ってこない。
つまり私は自分が過ごす分のお金さえあれば良い。
私の世代までは全額では無いがギリギリ60歳から年金が貰えるし65歳になれば全額貰える。
ただ1日ボーっと過ごすのも勿体無い話なので私は「愛ガード」というボランティアを始めた。
簡単に言えば毎朝登校する小学生を見守る仕事だ。
「おはよう」
と声をかければ返事が返って来る。
この1年それを続けて気が付けばすっかり顔なじみが出来てしまった。
その子達も、今日でもう卒業だと思うとやはり感情深いものだ。
9時過ぎ遅刻組みも全て見送った後軽く周囲を掃除して帰る。
いつもの…そういつも通りだった筈だ。
「あの北野さんですよね?」
箒を片付けて居ると後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには水色の妙にヒラヒラしたワンピースを来た女性が立っていた。
20歳位だろうか。
卒業生の保護者にしては若すぎるし何より水色のワンピースのスカートの部分はレースで出来ていて昔子供に読んでやった絵本に出てきた妖精のような格好だ。
背中には妖精を思わせる薄い羽を背負っている。
白い肩紐が羽を支えているようだが。
コスプレという物だろうか…こんな格好で出歩くとは近頃の若いもんは何を考えているのか訳がわからん。
「私、マルガリータ佐藤と申します!北野さんを迎えに来た妖精です」
90度に頭を下げてお辞儀する変人に聞き返す。
「…丸刈り佐藤?」
ヘンな名前だと思う、しょうゆ顔の女なので佐藤は良いとして自分の娘に丸刈り等と付けるとは最近の親の考える事は全く理解できん。
そう言えば昔自分の子供に悪魔などと付けようとした親も居たな…あれはどうなったんだったか。
「いえいえいえ!マルガリータ佐藤ですよ北野さん!」
このさいそんな事はどっちでも良い。
大体妖精というのは小さいモノだろう私より大きな妖精とは…明らかに関わらない方が賢い。
子供たちが学校に入った後で良かった。
折角の卒業式にこんなのに出会ったら思い出に傷が付く。
私は暇はあるが変人に構うような趣味はない。
無視をして家路につく。
それでこの悪趣味な者ともお別れの筈だった。
ところが…私より先に家の中に居た。
家の前じゃない、中だ!
「お話聞いて下さいよ~北野さん!」
そうかコイツはもしかして娘の友達か何かか。
私を驚かそうとこんな訳のわからない事をしているに違いない。
「私は北野さんを迎えに来た妖精です!今から一緒にヴィラナを救いましょう!」
それにしても突飛過ぎる内容に私は開いた口が塞がらない。
確かにこれはこれで驚きはするが…
「北野さんは選ばれた伝説の勇者様なのです!」
力一杯語る自称妖精だが話の内容には無理が多すぎる。
私はただ黙って聞いているが何時になっても娘がやってくる様子はない。
「さぁ!もう時間が在りません…行きましょう!」
グッと私の腕を掴むと彼女は私をグイグイと引っ張り台所へと連れて来た。
何時になれば娘が…
されるがままにしていた私だが自称妖精が冷蔵庫の扉を開いた途端に考えが変わる。
まるで北極にでも放り出されたかのような温度に、そう急に寒くなったのだ。
馬鹿な…冷蔵庫は一昨年買い換えたばかりなのにこんな壊れ方をするなんて!
衝撃を受けて落ち込んでいる私を無視して女は私の腕を掴むと冷蔵庫の中へ飛び込んだ。
ぶつかる。
そう思って目を閉じたが想像した衝撃を何時まで経ってもやってこない。
目を開けば一面の雪景色。
ふと足元を見ると食品が散らばっていた。
卵に納豆、低脂肪牛乳…よく見れば全て私の冷蔵庫に入っていたものじゃないか!
慌てて拾い集めたものの保管する袋も無い。
「コレは一体どういう事だ…」
自称妖精女を睨むと彼女はアチャーっと言いながら頭を掻いた。
「余計な物まで持って来ちゃいましたね」
人の物を余計な物等と…これは私の1週間分の食料だと言うのに!
だいたいコレは一体何なんだ。
「だから…ココがヴィラナですよぉ!あ、私の事はマルガリータとお呼び下さい」
話が通じない。
さっきの世界を救えとかなんとか…アレが全て本当だと言うのか!?
いいや…これはドッキリに違いない。
いつの間にかあの冷蔵庫が改造されていたんだろう。
そう考えた方が自然だ、うむ私は騙されないぞ。
「所で佐藤さん…だったかな」
呼びかけると佐藤さんは不服そうに頬を膨らませた。
「もぉ!マルガリータですってば!」
何か言っているが気にせず佐藤と呼ぼうと思う。
このペースに乗せられてはいけない。
「ビニール袋を持ってないか」
冷蔵庫の品々を捨てて行くわけにはいかない。
働いていない今、この食料をもう一度買い込むなんて出費は出来ないからだ。
「勿論持ってません」
ニッコリと微笑む佐藤にイライラが募る。
とにかく帰ろうと振り返るって見るが来たであろう入り口は見えない。
何がどうなっているんだ!?
…これが最近噂の3Dとか言うシステムだろうか。
そうか、私に教えず3Dテレビを娘はプレゼントしてくれたんだろう。
テレビ…そう思えば一面雪景色も何となく納得できる気がしてきた。
最近の技術の進歩は凄いからなぁ…私が昔夢見た自立歩行ロボットももう何処かで出来上がっているに違いない。
「ああ、北野さま寒いんでソロソロ移動しませんか?」
佐藤は自分の両腕を摩りながらアピールして来たが…移動?
「北野さまは勇者様なんですから魔法を使ってください。」
できるでしょう?
と訴える佐藤に意味がわからずに私は固まる。
ワープ?
ああ、チャンネルを変えろという事か!
「…リモコンは何処だ?」
訊ねると佐藤は目を見開いて驚いている。
そんなに驚かれても手元にはリモコンなんて…
「ワープヴィラナ…と叫んで下さい」
言われる儘に叫ぶと周りの景色がグニャグニャと歪み気が付けば町の真ん中に立っていた。
チャンネルを変更する度に叫ばないといけないのか、いい年して少し恥かしいな。
そう言えば私が小さい頃「ウーヤーター」と叫ぶと敵が倒れるという必殺技を持ったヒーローが居た。
私も何度も叫んでみたものだ…懐かしい。
一人思い出に浸っていると佐藤が話しかけて来た。
「王様の所に会いに行きましょう」
勇者の次は王様と来た。




