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29日(7日目)

 調査日としては、今日が最終日である。

 今回のパートナーはH大クマ研のK富さん。

 去年は不参加ということもあり、今まであまり関わりがなかったけど、最後の最後で組むことになった。


「よろしくお願いします」

「うん、一日ヨロシクー。俺、そんなに歩ける方じゃないけどね」

「いえいえ僕もっすよ」

「えー、でも去年U坂に着いて行ったんでしょ? 結構いけるじゃん」

「……………………」


 おそらく、去年のU坂さんは加減してたな。

 初めての雪山調査ということもあって。

 現にその後の演習林でのカモシカ調査は雪道斜面を平地と同じ速度で歩くというとんでもない歩行法を見せてくれたし。


「ところでU坂とJINと一緒に行かないでいいの?」

「はい。あの二人が行く川沿いエリアは散々行きましたから」


 まさか地図読みを任されるのが怖くて逃げてきたとは言えない。


「えっと、今日俺たちが行くのはここの沢ね。行ったことはある?」

「ないっす」

「そっか。急な所が多いけど悪路って程じゃないから歩きやすいかも。昨日大鈴木さんとヨネさんが行ったとこの近く」

「うっす」

「二人もまたこの辺りを探すらしいから、行くときは一緒だな」


 というわけで、大鈴木さんの車に乗ってエリアまで移動。



       *  *  *



 大鈴木さんとヨネと分かれ、登り始めて一五分後のことである。

 僕らの足が止まった。


「これは……」

「どうしようか……」


 目の前の沢が倒木によって塞がれている。

 しかも、とてもじゃないが乗り越えられるようなものではなく、大木クラスの広葉樹が十本単位で折り重なっているのだ。


「さすがに乗り越えるのは不可能として……どうやって進もうか」

「少し遠回りします? 斜面も緩いですし」


 地図を見せながら尋ねてみる。


「ここをこう行って……」

「ここ? ちょっと遠くない? 進行方向がこっちだから……」

「尾根を登ってそのまま下りれば……」

「まあ行けなくもないけど、労力的に考えてここの崖登った方が早くない?」

「ここですか? でも気がぶっ倒れるような土質ですよ? 危なくないですか?」

「いやいや。木の状態的に倒れたのは結構前だし、ここ数日の寒さで土も凍ってるから行けると思うよ」

「そうですか?」


 まあ確かに遠回りは面倒だから、登れるならここの崖を行くけどさ……。

 でも結構急なんだよなあ。

 雪も積もってないし。


「それじゃ、先行くね」

「了解です」


 言って、倒木の根に手を置きながら崖を登っていくK富さん。

 なるほど、ああやって登ればいいのか。

 僕もK富さんに倣って崖を登っていく。

 なるほど確かに地面が凍っていてそれほど登りにくいというわけではない。

 ただたまに崩れやすいところもあるから注意を――おっと。


「あぶなっ」


 足場崩れたよ。


「大丈夫?」

「大丈夫っす!」


 先に倒木を乗り越え崖の下まで行っていたK富さんに答える。

 まあいつぞや白神山地の崖から落ちそうになった時よりは断然余裕。


 その後は特に何もなく、というか本当に何も、キツネやウサギの足跡すらもなく、一時間もしないうちに沢の源流部に到着してしまった。


「何もなかったですねー」

「そうだねー。戻って違う沢を行ってみようか」

「了解です」

「地図出して」

「はー……い?」


 ポケットに入れてた地図がない。


「……………………」

「落とした?」

「……多分」

「帰りは探しながら行ってみようか」

「……すみません」

「別にいいよ。それで、今ここにいるから、次は――」


 結局、帰り道の例の倒木の所に落ちてました。



       *  *  *



「さてまた新しい沢を登ってみたわけだが……」

「……………………」


 二つ目の沢も登り詰め、尾根の向こうにある別の沢に下りて帰ろうということになった。

 そこで尾根を登ってそのピークで昼食がてら休憩をしているところなのだが……。


「……………………」

「火、つかないね」


 焚火に挑戦なう。

 苦戦なう。


「……去年、T田さんと焚火をしたんですが……」

「うん?」

「ヒバの枝を使って失敗しました……」

「あー……」


 僕らがいる辺りはヒバキしかなく、その枯枝を使って焚火をしようと試みたのだが……。


「おかしいなあ。ヒバは油分が多くてよく燃えるって言うんだけど……」

「水分が多いんじゃないんですか?」

「まあ湿ってたしなあ」


 ついたら長時間燃えるっていうけど、そもそも燃えないし……。

 すでに着火剤代わりの新聞紙も残りわずか……。


「「……………………」」


 沈黙。

 さっきから盛大に燃えるがすぐに消える、もしくは新聞紙だけが燃え尽きるというどちらか。


「諦めるか」

「残念ですが……」


 せめて温かいところにいようと二人で日向を捜し、そこでおにぎりを食べました。



       *  *  *



 さて尾根からまた新たな沢を下っている途中。

 複数の沢が合流している地点で足を止め、地図を確認する。

 現在午後一時。

 このペースだと、二時には国道に出れるな。


「この調子だったら一時間後にはつくね」

「そうですね」


 K富さんも同じことを考えていたのか、そう口にする。

 いやー、最後の調査は文字通り何も見れなかったけど、その分そんなにハードじゃなかったなー。

 まあ昨日の調査が色々と地獄だっただけだけど……。


「それじゃあ途中の沢をいくつかピストンしながら帰ろうか」

「……………………」


 はい?


「そうすれば三時には国道に出れるし」


 え……このまままっすぐ帰るんじゃないの……?


「どうかな山大君」

「分かりました」


 今回も、案外ハードかもしれない……。

 まあ確かにH浦さんは三時までには下山しろとは言ってたけどさあ……。

 もっと余裕をもって下山してもいいじゃなですか……。

 そんなギリギリまで頑張んなくても……。


 などとは言えず。

 結局二時間ほどいくつかの沢を昇り降りしながら下山した


 後が問題だった!


「「……………………」」


 下山後、事前に打ち合わせしていたのだが、車道に出たら大鈴木さんが車を停めてある方向に歩いて向かうことになっていた。

 大鈴木さんとヨネが先に調査を追えたら車で僕らが来るのを待ち、僕らが先に終わったら同じく車の所で待機するということになっていた。

 二人が調査を追えたら僕らが歩いている途中で拾えるかもしれないしね。

 だが……。


「車の所まで着いちゃった……けど」


 途中で合流することもなく、車の中は無人だった。


「仕方ないから待ってよ」

「ですね」


 しかし何だろう……この嫌な予感は。

 ガードレールに腰掛けつつ、残っていた紅茶と行動食を胃袋に詰めながら待機。


 ――四十分後。


「「……………………」」


 ……いやまあ、昨日の四時間定点に比べたらマシだけどさあ!

 けど散々歩き回った後の寒空待機ってそれはそれできついものがあってだね……!


「大鈴木さんに連絡取りません……?」

「そうしようか……」


 K富さんが震える手でケータイを弄る。

 しかし……。


「……出ない」

「昨日も出なかったけど、ひょっとして大鈴木さんのケータイ電波弱いんじゃ……?」


 今度は僕が同行しているはずのヨネに電話をかけてみる。

 しかし一回目は留守電につながった。

 諦めずに二回目に挑戦。

 すると。


『はいもしもーし』

「あ、つながった」

『おー、山大じゃん。どしたの?』

「どしたの? じゃねえ。今どこだよ。もうとっくに三時過ぎてんだけど?」

『サルの足跡あったから追いかけてたのよ。そっちこそ今どこよ』

「大鈴木さんの車の前」

『オッケ、了解了解。今行くね』

「……?」


 通話を切ってK富さんに報告。


「どうだった?」

「今行くって……」

「???」


 意味が分からないが引き続き待機。

 すると本当に五分もしないうちに二人が戻ってきた。


 H浦さんの車に乗って。


「何してんの……」

「いやー、サル追いかけてたらいつのまにか二山越えて海の方まで出ちゃってさ」

「はあっ!?」

「それで、歩いて戻れそうになかったからH浦さんにお願いして車に乗せてもらったんだー。電話もらったのはその時だね」

「……お疲れっす……」


 やべえな、こっから海までって結構距離あるのに……。


「とりあえず、K富と山大は乗りな。二人は自分たちの車で帰りな」

「了解です」

「うー、寒かった……」


 H浦さんの促され、僕らは車に入る。

 こうして今年の調査は終わったのだった。

 サルは調査初日と昨日見ただけで。

 まあ、去年よりはいい方かな?



       *  *  *



 帰って報告書を書いていたらM生とJINさんのコンビが帰ってきた。


「お帰りー」

「ただいまです」

「おう山大! こっちヤバかったぞ! なあM生!」

「ヤバかったですよね!」

「……?」


 何だ、目が死んでる……。


「どうしたんですか?」

「M生に地図読みを全任させたんだけどなあ!」

「まさかそれで迷ったとか?」

「違う違う! M生は地図読み完璧だったぞ! 来年はリーダーだな!」

「え? それなら別に何も……」

「ところが! ですよ!」

「何だよ」

「地図の……ここ! ここの尾根に沿って進もうとしたんですけどね!」


 M生が地図を持って来て指さす。

 おお、結構な奥地に行ったんだな。

 僕と小鈴木が歩いてたところからさらに一時間ほど進んだ辺りだ。


「ここの尾根、幅が三十センチしかなかったです!」

「……は?」

「マジマジ! 尾根まで登って、『あ、こりゃダメだ』って違う尾根に向かったんだよ! なんか土砂崩れかなんかでゴッソリ足場持ってかれてたんだな!」


 爆笑する二人。

 まああんな奥地まで行ってUターンじゃ、笑いたくもなるか。


 報告書を書き終えたら風呂へ。

 今回はN村さんが「面倒臭い」とか言って風呂にいかなかったので、自然とアイスジャンケンイベントは発生しなかった。


 拠点に帰還。

 JINさんと僕で夕食の準備をするために厨房を覗くと――


「「は?」」


 なぜかマグロのサクが大量に置かれていた。

 十キロくらいはあるか?


「いや毎年最終日にはマグロを買ってきて食ってたけどさ……これ多くないか?」

「多いですよね……」


 去年は、ツマミを作ってる間にマグロはほとんど食われてしまった思い出がある。

 どうやら今年はその心配はなくて良さそうだけど……。


「これ全部捌くのきっちい……」


 JINさんがげんなりしながらも包丁を探してきて作業に取り掛かった。

 今回僕は別メニューを作る。

 まあ刺身とか、慣れない人が切っても美味しくないしね。

 さっき風呂から帰る時に買って来た食材を並べる。

 主に根野菜、そしてタラのアラだ。


「アラ汁用の野菜を切るの手伝えー」

『『『はーい』』』


 その辺にいた一年生衆を招集して野菜切りを手伝わせる。

 その間にもJINさんが次々と刺身を精製していくので、傷まないように温かい厨房から寒い廊下に持っていく。


「アラ汁できました!」

「こっちも刺身全部切った! 一年共! 運べ!」

『『『はい!』』』

「残ってる酒も、今夜で飲み干す気で騒ぐぞ!」

『『『うぇーい!』』』


 ガヤガヤと騒ぎながら出来上がった料理を運ぶ。

 この盛り上がりを聞くと、今年も調査が終わったんだなと実感する。


 宴会の席に着き、H浦さんの総括を聞く。


「今年は例年に比べてサルの目撃数、痕跡ともに少なかった。が、そんなはずはない。調査前に聞いたサル追い人の人の話と合わせて考えると、どうやら佐井のサルは全体的に東に向かっており――我々の調査域外に出ているらしい。実際、現在奴らがいると思われる辺りは今までほとんどサルの確認がされておらず、食料も豊富だ」


 言葉を区切り、周囲を見渡す。


「と言うわけで来年は調査地域を増やすかもしれない。各自気合入れるように!」

『『『はい!』』』

「それじゃあ今年の調査はこれにてお開き! お疲れ! 乾杯!」

『『『乾杯!』』』

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