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28日(6日目)

「しかし山大、お前根性あるよな」

「そうですか?」


 朝の準備中。

 N村さんからそう声をかけられた。


「別に歩くのが速いわけでも体力があるわけでもないんですが?」

「いやいやそう言うことじゃなくてだな」

「……?」


 言って、N村さんは自分の準備を進める今日の僕の相方を見る。


「自分からT中さんと組むなんて、普通言いださないだろ」

「……………………」


 本当にN村さんT中さんのこと嫌いだなあ……。


「まあ、確かにあの親父ギャグに半日付き合うのかと思うとアレですけど」

「だろ?」

「でも、僕はT中さんと組むとサルが見れるっていうジンクスがあるので」

「ん? そうなのか?」

「はい。去年は二回見れたんですが、二回ともT中さんと組んでました」

「……あの人、引きは強いんだよな」


 僕もそう思います。

 苦笑しながら僕も調査の準備を進める。


 そうして。

 この日。

 僕の調査経験史上稀に見る過酷な調査が始まった。



       *  *  *



「さて、今日の目標を確認しようかー」

「はい」


 大鈴木さんの車で運んでもらい、今日の調査エリアに到着した。

 場所は初日からかなりの頻度で行っていた川沿いの林道。

 まあ、勝手知ったるフィールドだ。


「僕と大鈴木君で昨日もこの辺まで来ていた群れを追ったんだけどね、なかなか林道まで出て来なくてさ」

「何か警戒されてませんか?」

「やっぱりそう思う? でも今回はS藤君とイガラシさんのサル追いのプロが追い立てることになってるから、大丈夫だとは思うけどね」

「おお、それは心強い」

「それに今回はこれもある」


 そう言って、T中さんはリュックからテレメの受信機を取り出した。


「あ、テレメ付きの群れなんですね」

「うん、そう」

「それなら、一昨日に僕と小鈴木が待ってたのと同じ群れか……?」

「多分ね」

「一昨日は電波は受信できたけど遠すぎて分からなかったんです」

「ふんふん。昨日僕らが結構追い立てたから、近くまで来てると思うんだけどなあ」


 テレメを弄り、周波数と音量を整えるT中さん。

 するといきなり。


 ――ジッ! ジッ! ジッ! ジィッ!


「おお!」

「近いなこれ」


 音もそうだけど、画面の波線の振れ幅も大きい。

 本当に近いぞこれ。


「じゃあ、より詳しい場所を割り出すために……」


 T中さんが再びリュックを漁り、小型のアンテナのようなものを出す。

 これを受信機のアンテナ部分とコードでつなぐと、より正確に方向が分かるようになるのだ。


「とりあえず、どこかの尾根にいると思うから探してみようか。そこから、隣の沢が登れそうならちょっと確認して来よう」

「分かりました」


 というわけで調査開始。

 とりあえず、テレメの反応を見つつ林道を歩いてみる。

 ざっと見たところ、林道を横切った形跡はないようなのでまだ山中にいるらしい。


「おっと?」


 少し上流に向かって歩いたところでテレメの反応がさらに大きくなる。

 また少し歩くと今度は反応が弱まっていった。


「……ふむ。この辺りかな?」


 再び来た道を戻ってそれらしき沢の前でアンテナを振る。

 すると沢の左岸側にアンテナが向いた時が特に反応が大きかった。

 どうやらその辺にいるらしい。


「どうする? 沢は登れそうだけど、ちょっと行って確認してみようか」

「そうですね。目視できるかもしれませんし」

「それじゃあ、あんまり大きな音は立てないようにね」

「了解しました」


 僕らは荷物をと整え、沢を登りだす。

 そしてものの十分ほどで――


「いた……!」

「いましたね……!」


 茶色い毛玉を発見。

 目に見えるだけで六頭ほどだ。


「うーん、でも遠いし木が邪魔で性別までは分からないなあ……たぶん大きさ的に、メスか若いオスだとは思うんだけど……」

「もう少し近づいてみます?」

「そうしたいけど……あれ登れる?」


 T中さんが指さす先。

 そこは、雪の重みで倒れたのであろう木々が沢を塞いでいた。

 あれを越えるとなると、両脇どちらかの尾根によじ登るように行くしかないのだが……。


「これ斜度……四十……いや五十はありそうですね」

「もう本当に崖だよ、崖」


 それこそ、サルじゃないと登れそうにない急斜面。

 でもところどころ木が生えているので、頑張ればいけなくもないかも?

 それに雪が積もってるから足場は何とかなりそうだし……。


「ちょっと行ってきます」

「あ、行く?」

「はい。行けそうなら追い立ててみます」

「そっか。じゃあよろしく」


 さて……行ってみるか……。


 ザッザッザッザ(積雪した斜面を登る音)


 ズザアアアアアァァァァァッ(雪の下の土砂ごと滑落する音)


「お帰り」

「無理でした」


 少し気温が上がっているからか、下の方の雪でぬかるんでて滑る滑る。


「大人しく林道で待ってましょう」

「そうだね。……あれ?」

「?」


 T中さんが僕の腰のベルトを見て首を傾げる。


「山大君。確か登山用ナイフ差してたよね」

「え? あ、はい」

「鞘しかないように見えるんだけど?」

「……………………」


 ぎこちない動作で腰を見る。

 ベルトに付けていた、登山用ナイフ。

 そこにあったはずのナイフが――ない。

 ナイフが落ちないようにするための留め金がなぜかブチ切れている。


「……………………」


 振り返って、さっき滑落してできた雪と土砂の溜まり場を見る。


「……あの中?」

「多分もう見つからないね」

「というか、よくベルトから落ちて無事だったな、僕……」

「下手したら腹に刺さってたね」


 危ねえっ!!



       *  *  *



 林道に戻ってお茶を飲みつつ待機。

 T中さんはバッテリーの節約のため、五分おきくらいのタイミングでテレメを付けて確認している。


「動かないねえ。さっきの場所から」

「そうですか……」


 うー寒い……。

 水筒に入れてきたお茶が温かくて甘くて美味い。


「しかし寒いねえ……」

「ですね……」

「焚火しないかい?」

「え。こんな林道端でやっていいんですか?」

「……やっぱりダメだよねえ」


 しかしお茶が美味い。


「寒いねえ」

「寒いですね……」


 お茶が美味い。


「……寒い」

「寒いっす……」


 お茶が……あ、なくなった。


「……………………」

「……動きましたか?」

「いや……」

「そうっすか……」


 お茶……あ、ないんだ。


「……………………」

「……………………」


 ずっとそんな感じで――



挿絵(By みてみん)



「……もう……これ以上は……無理です……」

「ちょっと見てこようか……」


 もう限界。

 じっと待って四時間定点とか……辛すぎる……!

 何がやばいって、体の先からどんどん感覚が失われていく……!

 そして冷やされた血液が全身を巡って体温が下がっていく感覚が、自分で分かってしまう恐怖。


「どれ、テレメの反応は……うん?」

「??? どうしました?」


 出発しようとした途端。

 テレメの電源を入れたT中さんの顔が青ざめる。


「……反応が……極端に弱い……?」

「え」


 ……………………。


「本当だ……アンテナ立ててるのに音がほとんどしない……」

「五分前は普通に鳴ってたのに……」


 これは……。


「「撒かれたあああああぁぁぁぁぁっ!?」」


 うそーん!?

 この四時間って一体なんだったんだあああああぁぁぁぁぁっ!?


「……帰りましょうか」

「……そうだねえ。もういい時間だし……大鈴木君呼ぼうか……」

「そうですね……」


 ケータイに耳を当てるT中さん。

 しかし……。


「……出ない」

「……うわあお……」


 仕方ないので林道を歩くこと二十分。

 何と国道まで出てきてしまった。


「大鈴木さんどうですか?」

「ダメ。まだ出ない。こりゃ気付いてないな」

「確か今日、大鈴木さんはM生と組んでたから……」


 僕もケータイを出してM生に電話をかける。

 しかしこっちはそもそも電話につながらない。

 電源落ちてるなこりゃ……。


「寒いですね……」

「寒いねえ……」


 その後四十分。

 僕らは寒空の下大鈴木さんの車が通りかかるのを待っていました。



       *  *  *



 拠点に帰還。

 すでにあの二人が到着していた。


「うっす山大、M生」

「元気ー?」

「「お疲れ様です!」」


 一日遅れて登場。

 我らがG大クマ研2トップ。

 JINさんとU坂さんだ。


「ゴメンねー。JIN君の実験が長引いちゃってさー。JIN君の車で来る予定だったもんだから遅れちゃった」

「その分、明日は歩くから許せ」


 笑いながら、初日に買った行動食が大量に入った箱からひょいひょいと摘まむ二人。

 うん、相変わらずフリーダム。


「さて、じゃあ飯作るか! 山大来い」

「あ、はい!」


 さっさと報告書を書き終え、JINさんに付いて厨房に行く。


「そう言えば小麦粉が何でか大量にあるけど、これどうするんだ?」

「さあ……?」


 小麦粉……大量……。

 蘇る、去年の記憶……。

 ひたすら作り続けた、餃子の皮……。


「聞いた話だと、山大は去年餃子を皮から作っt――」

「お断りします」

「まだ何も言ってねえぞ?」


 嫌だ!

 もうあんな寂しい作業は!

 調査から帰った後ひたすら小麦粉を練り続けるの疲れるんだよ!


「疲れるのはお前のこね方が下手なだけだろ」

「JINさんは焼肉屋で冷麺を手こねしてた経験があるからでしょう!」

「去年俺が作ったうどん、コシがヤバかったよな」

「何で小麦から冷麺並みのコシの麺を錬成できるんですか!?」

「そうだ山大、うどん作れ。一気に小麦消費できる」

「話聞いてましたか!?」

「あー、でもそれでも多いな。じゃあ残りはお好み焼きにでもしちゃおうか」

「……っ!!」


 本当にこの人はもう……!


「誰だよこんなに小麦粉買って来たのは!?」

「ああ、私だ」

「……………………」


 厨房にひょっこりと顔を出したH浦さん。


「いや、山大が去年餃子の皮作ったから、今年もこねるかと思って」

「何で妙な伝統みたいになってるんですか!?」

「一回こねちゃったんだから仕方ないねー」


 H浦さんの後ろでU坂さんも笑っている。

 これは……あれか……。


「ボク山大さんの作ったうどん食べたーい」

「M生テメエは黙ってろ」


 いわゆる四面楚歌ってやつか……!


「ええい分かった! とりあえずテーブルの上のゴチャゴチャしたのを退けろ! そしてよく布巾で拭いておけ!」

『『『うぇーい』』』


 その辺にいた連中に命じてテーブルを片付けさせる。

 もーどーにでもなーれ。


「手が空いてる奴は野菜切って煮てて。カレー粉が余ってたからカレーうどんにしよう」

「おー」


 小麦をこねながらも指示を出す。

 それを横でお好み焼きの生地を作りながらJINさんが笑っていた。


「何だ、去年と比べてだいぶ様になってきたな! 佐井の厨房はお前に任せた!」

「はあ……」


 嬉しいんだか嬉しくないんだか、微妙な評価だった。

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