26日(4日目)
「「またお前とか」」
サル調査四日目。
ペアは昨日に引き続き小鈴木。
さらにエリアも再び同じ川沿いという、何とも変わり映えのしない絵面になってしまった。
だが今回は、H浦さんからある使命を授かっていた。
「はいこれテレメ」
僕らにとってはもうお馴染みとなった、一見トランシーバーにも見える小型機器。
これで発信機の付いた首輪をはめたサルを探すことができるのだが……。
「え、僕らが持つんですか?」
「ああ。昨日T中さんと大鈴木が追い立てた群れが川の近くに来てるはずだから、待ち構えててくれ」
「分かりました」
つまり、T中さんと大鈴木さんが昨日、川沿いの尾根の向こう側にいたサルの群れを追って尾根超えをしたと。
今日もT中さんと大鈴木さんはその群れを追うそうなので、それが川の近くに下りてくるはずだから見つけ次第カウントせよとのことだ。
ただまあ、どこに現れるかまではわからないから、発信機の電波を頼りに探ることになる。
何だか、やっとサル調査らしくなった気がするね。
「さてどこから探す?」
イガラシさんの車で送ってもらい、準備を整えつつ小鈴木に聞く。
「テレメの反応はないから、とりあえず昨日T中さんたちが見失った近くまで行ってみるか」
「となると……林道の入り口辺りか」
地図を見ながら確認し、とりあえずその辺まで行ってみる。
まあ林道の入り口近くといっても、昨日見失った地点はそこからさらに何百メートルか離れた所なんだが。
「電波拾ってる?」
「いや全然。なーんにも音しない。無反応」
「……やっぱり山ん中入らないとダメかあ……」
見上げると、植林したてと思われる、若木が並ぶ斜面が。
結構急……。
「どうでもいいけどさ、初日にS藤さんと組んだんだけど」
「おう」
「あの人、あの体系でこんくらいの斜面なら垂直に登ってくぞ」
「あー……そう言えば、あの人結構歩くよな」
「スタミナはないけどな。けど、僕らがジグザグに登るところを垂直って……足腰強ぇ……」
「俺らも垂直に行くか?」
「だが断る」
ジグザグに登りました。
登るだけで三十分ぐらいかかった気がする……。
「さて……テレメは相変わらず無口ですな」
「少しこの辺ウロウロしてみるか?」
「うーん……ん?」
小鈴木が何かを発見し、小走りで林の方に向かう。
「何?」
「離れオス」
一頭のサルの足跡だった。
「離れかあ……」
「群れじゃないか……」
「追うか?」
「意味ないべ」
「いや、離れって、群れの周りをウロウロするっていうし」
「まあ……闇雲に歩き回るよりいいか」
というわけで追跡開始。
「おい、いきなり人間様が登れんようなところを登りだしたぞ」
「逆方向行ってみようか」
足跡が斜面、というかむしろ崖を登りだしたため諦めた。
今度は進行方向とは逆の方を辿ってみる。
そして、スギ林を二つほど跨いだ辺りのころである。
「……ん?」
「どうした?」
「いや……」
今一瞬、テレメに雑音が入ったような……?
ボリュームを上げてみる。
――ジッ ジッ ジッ ジーッ
「あ、鳴ってる」
「マジで!?」
「すげえ遠いけどな」
H浦さんから事前に受けた説明では、テレメの画面に音に合わせて線が波打ち、その振れ幅と音の大きさによって、おおよその距離は分かるとのことだったが……。
「ほぼ直線か」
「音も小さいしな」
ボリュームマックスにしても、耳を当てないと聞こえん。
「とりあえず、昨日T中さんたちが見つけたっていう方向に行ってみるか」
「んだな」
改めて目標設定。
今度はテレメにも気を付けつつ歩き出す。
するとものの数分で。テレメから聞こえる音がさっきよりも格段に大きくなった。
「お、お、お!?」
「さっきより近いんじゃね?」
「未だに直線だけどな」
「気にすんな! よし行くぞ!」
「行くぞって……ここをか?」
「……………………」
僕らの目の前、笹やら何やらですげえ茂ってるんだけど。
足跡も消えたし。
「山大」
「何だ」
「ナイフ持ってたろ。登山用」
「おう」
「斬り開け」
「無茶言うな」
で、結局この時期に藪漕ぎしながら進みました。
雪が積もってて藪が重いし、雪が積もってて足場悪いし、雪が積もってて非常に疲れるし。
おのれ雪め……!
「しかし……」
藪漕ぎしながらひたすら歩くこと数時間。
気付けば林道付近まで戻ってきていた。
「おっかしいな……」
「テレメの反応は?」
「まだある」
「じゃあこの辺にいることはいるんだよな……」
「いっぺんこの辺離れてみね? 僕らがいるから林道に下りてこないのかもしんないし」
「それもそうだな」
というわけで、休憩がてらサルが下りてくるのを待つため上流に向かう。
下流(林道入り口)付近だと、休みにくいんだよねー。
稀に人が来るし。
焚火できんし。
「この辺でいっか」
「昨日したところでよくね?」
「あそこまで歩きたくない」
「……それもそうか」
というわけで、昨日よりも少し下流の方の川原で薪を集める。
やはりスギの方が燃えるかと思い、スギの枯枝を多く拾ってきた。
「さて、火をつけるか」
「おう。リベンジしてやる」
ゴソゴソとリュックを漁る小鈴木。
だが。
「……………………」
「……………………」
いつまで経っても小鈴木はリュックを漁り続けていた。
……おい。
「お前、まさか……」
「……………………」
「……………………」
「山大」
「何だ」
「ライター持ってない?」
「持ってねえよ!? てか持ってねえのかよ!? 昨日は持ってたべ!? なした!?」
「忘れてきた」
「ダァホ!!」
結局、積み上げた薪を前に寒さに震えながら昼食のおにぎりを食べましたとさ。
で。
「……ん?」
「どうした」
先程の林道まで戻り、テレメの電源を入れてみるが……。
「沈黙しております」
「げ」
「ちょっと山の中入ってみるか」
「そうだな」
少し林道を外れて山の中に入る。
しかし、テレメ様は相変わらず沈黙を保っておいでです。
「……………………」
「……………………」
「帰るか」
「イガラシさん来るところで待ってるか」
「んだな」
* * *
拠点に戻り調査報告書を書き終えた僕らを待っていたのは、二日に一回の風呂日である。
風呂日ということは、お待ちかね。
「うー、気持ちよかった。アイス食いてーなー」
『『『……………………』』』
「と言うわけで! アイスジャンケン!」
『『『多い勝ち!』』』
『『『……………………』』』
『『『……うおっ!?』』』
『『『っしゃあっ!!』』』
何だと……一回戦を突破できなかっただと……!?
残ったのは、僕とトヨ、N村さんとT中さん、そしてビッグボイスという面々。
「くそっ。僕今金そんなにないのに……!」
「ないならボクが貸しますよ!」
「M生黙れ」
後輩に金借りるとか、何という屈辱。
ここは何としても勝たねば……!
「行くぞ」
「おう……!」
「じゃーんけーん……」
『『『ぽんっ!!』』』
『『『……あーいこーで……』』』
『『『しょっ!!』』』
「っしゃあっ!!」
勝ってやったぜこのヤロウ!!
「トヨおーつ」
「まだワが負けるて決まってねぇべ!?」
「ほらほら言ってねえで勝負してこいし」
「くっそ!」
『『『じゃーんけーん』』』
『『『ぽんっ!!』』』
「……っ!?」
床に膝を付くトヨ。
マジで負けよった。
「トヨ乙」
「くっそおおおおおっ!?」
奴の財布から二千円ほど飛んだそうです。
* * *
さてあとは拠点に戻って飯食って酒飲んで終わり……というわけでもなく。
今日は下北のサル調査三拠点の交流会だ。
この日はみんな大間に集まってきてワイワイ騒ぐのが楽しみなのだ。
「おー着いた着いた」
「相変わらず大間はいいとこに寝てるなー」
大間組が拠点にしている公民館のホールに集まり、各々雑談に興じる。
ちなみに、初日に分かれたシッポとグリリバはもう帰っている。
で、これは後日シッポから聞いた話なのだが……。
「大間が居心地良い? とんでもない! 女子はうち一人だったし、それは別にいいとしても(いいのかよ、と男子組が総ツッコミ)隙間風が寒かった!」
だ、そうです。
まあともかく。
「……なんか、少なくね?」
「そうだな……」
僕とビッグボイスは今、二つのことに関して『少ない』と評した。
まずは参加人数。
どう見ても、去年の四分の三くらいしかいないのだ。
「今年は全体的に参加人数が少なかったらしいよ」
「まあ、佐井はG大組が多いから人数が少ない気はしないけど、でも確かにH大の参加者が少ない気がする……」
そしてもう一つ、少ないというのは……。
「……料理なくね?」
「……ないね」
おかしい。
いくら人数が少ないと言っても、今回大間が用意したオカズ、というかツマミが少なすぎる。
少し大きめの皿で六枚分くらいしかない。
交流会会場には軽く六十人くらいいるのに。
こんなの、一時間もしないうちになくなるだろ。
「腹減ったー」
「食い足りねー」
「ビールで空腹満たすかー」
「温くて美味しくなーい」
何だか不評。
誰だよ大間の飯係。
その後、拠点ごとに前に並んで自己紹介。
H浦さん曰く、去年病院行きが出たらしいので今年はイッキ禁止だそうです。
というか、よく今まで病院送り出なかったな。
「それはともかく、本当に今年は人数少ないな」
「特にH大な」
「ひょっとしたら二年全員来てないんじゃね?」
僕らはサークルの性質上、今回の下北みたいに他大学の似たようなサークルとの知り合いが多い。
トヨも僕もM生も、それぞれの学年に友人がいるのだが、、どうやら僕ら二年生世代がほとんど、というか誰も来ていないらしいのだ。
「ナカツどうしたべな。あいつ、G大カモシカ調査にも来てたのに」
「なあ」
「あれ? 知らないの?」
「ん?」
一緒に飲んでいたヨネが首を傾げる。
「何か知ってんの?」
「知ってるっていうか、聞いた話なんだけど……」
「うん」
「H大クマ研、二年生が全員やめちゃったんだって」
「「……………………」」
は?
沈黙する僕とトヨ。
「え? はっ!? 何で!?」
「何か、色々問題が起きた、としか聞いてないけど……」
「僕、ここ来る前にナカツに『どうして来ないんだよー』ってメールしたけど、『色々あって今行けてへんねん』って帰ってきたんだよな……」
「まさか、そっただことさなってたとはなあ……」
一体何があったんだよ……。
「あと、ファージちゃん、大学そのものを辞めたという噂も……」
「ぶっ!?」
一体どうしたし!
H大クマ研!
ちょっと……いや、かなりショックなんだけど!?
その後も、何やかんやとお互いの近況を改めて報告し合う僕ら。
しばらくの雑談の後。
「それでは自己紹介も終わったところで、ビンゴ大会やりまーす」
大間の人が前に出て声高らかに宣言する。
お?
何、今年はイベントやるの?
「ひょっとして、これの準備で飯がしょぼかったのか?」
「だとしたら嫌だわー」
飯>イベント
さすがフィールドワーク派。
「景品は……こちら! 酒とおつまみ各種です!」
『『『おーっ!!』』』
……この辺はまあ、酒飲み共だからなあ……。
酒も少し回っていたということもあり、何やかんやとみんな盛り上がった。
ちなみに、トヨはツマミ……というか、行動食のお菓子をゲットして佐井の面々から褒め称えられていた。
「へへっ……ワぁ明日で帰るすけ、最後に土産をと思ってな」
「ほほう、いい心がけだ」
そうか、こいつ明日帰るのか。
そして入れ替わりに……JINさんとU坂さんというG大クマ研2トップが来る、と……。
「……あの二人とだけはなるべく組みたくない」
「何でですか? 勉強になるじゃないですか」
「勉強になるけど、それ以上に怖いんだよ!」
実は僕、下北の後のカモシカ調査でU坂さんと組んだ際、「前歩いて☆」と地図読みを強制され、M1の先輩を先導する(ちなみにU坂さんはその辺の地形を熟知しており、地図なしでも歩ける)という恐怖体験をしたのだ。
その上、U坂さんはニコニコ笑いながら黙って着いてくるし。
怖ぇよ。
いつく年上だと思ってんだよ。
などと考えていたら。
「……ん? ケータイに不在着信?」
ディスプレイには――U坂さんの名前が。
「……………………」
一瞬躊躇い、かけ直す。
「……もしもし」
『あ、山大? 今大丈夫?』
「あ、はい。大丈夫です」
『ウチとJIN君ね、JIN君の研究がギリギリで終わらなかったから、そっち行くの一日遅れるわー。H浦さんに伝えといてー。じゃーねー』
プツッと、一方的に切れた。
「……………………」
我らが2トップは、一日しか調査に参加できないようです。