24日(2日目)
さて二日目。
つまりは調査初日。
僕は前日の夜にあらかじめ決めていた通り、S籐さんと組むことになった。
エリアは拠点からほど近い川の左岸側。
「それじゃあ行こうか」
「はい!」
僕がS藤さんと組んだのはある理由がある。
S藤さんは、言っては何だが恰幅がいい方だ。
歳は若いけど、あの体系ならそんなに早く歩かないだろうという予想の下、初日はとりあえず足慣らし的に歩いてみたかったからだ。
事前に雪山を歩いて感覚は思い出してるけど、それでも下北の斜面はヤバいからね。
何て、僕の予想は甘かった。
そして忘れていた。
ここは下北。
雪と山の国。
S藤さんはその下北で、サルを追いかける専門家であると。
「それじゃあ、まずはここら辺から行ってみようか」
「……………………」
目の前には崖、とまでは言わないものの中々に急な斜面が。
しかも妙に木々がまだらで、登りにくそう。
え?
マジっすか?
これ登るの?
「分かりました」
……このパーティーのリーダーはS藤さん。
H浦さんに「行きたくなけりゃ無理に進むな」とは言われているものの、いきなり「行きたくない」とは言いだせず……。
結局、僕は肩で息をしながら急斜面を登ることとなったのだった。
しかも、ほぼ垂直に。
あれ、普通はジグザグに登っていくものだと思うんだけどなあ……。
* * *
約一時間かけてピークまで登り詰め、少し歩いたところで念願のアレを発見。
「お、あったあった」
「中サイズ3つですかね」
「うん、それくらい」
約一年ぶりに見たニホンザルの足跡。
何か、ようやく下北来たなー、って感じになったなー。
「とりあえず追ってみようか」
「うっす」
足跡は尾根に沿って続いているようだ。
とりあえず僕は発見した場所と時間を野帳に書き込もうとザックを漁る。
「そう言えば、S籐さん、何で手ぶらなんですか?」
「ん? ああ、いつもだよ」
「地図とか、昼食のおにぎりとか、行動食とかは?」
「俺はいつも食べ物系は持ってこないからなー。地図はポケットに……あ、忘れてきた」
「……………………」
何だろう、この人のこの余裕。
あれか?
すでにこの辺りは庭みたいな感覚なんだろうか?
「まあいいか。GPSあるし」
「!?」
S藤さんが胸ポケットから出したスマホのような機器。
電源を入れると、この辺りの詳しい地形図と赤いウネウネとした線が表示された。
これ……今僕らが歩いてきたルート……?
「……………………」
ずりーっ!
え?
これ地図読みいらないじゃん!?
欲しいなこれ!
とは言うものの、以前JINさんが「あれは便利だけど地図読みできなくなるから邪道だよな」と言っていたのを思い出す。
まあ確かに遭難したりした時、デジタルだと電池切れを起こすと無用の長物となるわけだけど、アナログの地図ならその辺は心配ないしなー。
どっちもどっちか。
欲しいけど。
羨ましいけど。
結局S藤さんから現在地点を教えてもらい、野帳に記入する。
そしてしばらくサルの足跡を追うと、しだいに何頭か増えていき――足跡が綺麗さっぱり消えた。
「あれ?」
「有刺鉄線のあたりで消えたね」
おそらく昔、放牧か何かをしていたのだろう。
その時の有刺鉄線がそのまま残っていて、その先に足跡は見当たらない。
「鉄線が邪魔で、木に登ったって感じかな」
「そうみたいですね。あ、毛が引っかかってる」
しかし足跡が消えているのならどうしようもない。
有刺鉄線を迂回して、僕らは尾根を下り沢に入った。
だがその後、特に収穫もなく元の林道に戻ってきてしまった。
「どうする? まだ十時半だけど」
「上流まで行ってみます?」
「そうしようか」
だけどまあ……ね?
言いたいことは分かるでしょ?
「何もなかったねー」
「何もありませんでしたねー」
時間は十二時前。
けど、これ以上この辺をウロウロしていても何もないわけで……。
「帰るか」
「ですね」
* * *
「早っ!?」
「……なんか、すみません」
拠点に戻り、自宅に昼食を食べに行ったS藤さんを見送って僕も支給されたおにぎりを食べていた時の事。
調査から一時戻ってきたH浦さんに突っこまれた。
「何時に戻ってきた?」
「十二時半くらいですかね?」
ホントは十二時過ぎくらいだったけど。
S藤さんの指示でそういうことにしたのだ。
さすがに早過ぎるってことで。
「そう言えば山大」
「はい?」
「サル見たいか?」
「え? はあ、そりゃ、見れるなら」
「なら付いて来い。今ヨネがカウントしてるから見れるぞ」
「……………………」
マジで?
こんなタイミングで初サル……?
で。
「あれ? 山大、なんでいんの?」
「サル見に来た」
「ふーん」
H浦さんの車でヨネがいるところまで行き、車道を渡るサルを数えていたヨネと合流。
見れば、少し遠くの方にサルがたむろしていた。
「何匹通った?」
「H浦さんが行ってからはまだです」
「ふむ……とりあえずテレメ持ってきたから調べてみるか」
言って、H浦さんは受信機を弄って周波数を合わせた。
するとすぐに大きな反応が。
「……何だ、ヒバの群れか」
「「ヒバ?」」
「この群れで発信機付けてるメスザルの名前。正直ここの群れは個人的に興味ないんだがなあ……」
「「……………………」」
いや知りませんて。
結局その後、十頭ほどのサルが通過し、まだ行くところがあるらしいH浦さんとヨネを残し、僕は拠点まで送られた。
その頃には他の面子もチラホラと帰ってきており、すでに報告書を書いている者もいた。
「お、ビッグボイス。早いな」
「だろ? 俺ら一番乗り?」
「いや。僕は十二時半に戻ってきてた(ことになってる)」
「マジで!? 早すぎんだろ。今までどこに?」
「H浦さんとヨネに付いて行ってサル見てきた」
「マジか。もう初サル?」
「思いがけず、ね。そっちは?」
「足跡すらなし」
「乙」
「どうでもいいけど報告書ってこれでいいんだっけ?」
「んー? いんでないの?」
「なんせ一年ぶりだしな。忘れたわ」
僕も去年を思い出しつつ報告書を書く。
S藤さんからGPSを見せてもらっていたので、特に苦労することなく歩いたルートは記入することができた。
さて足跡だけど……あれって結局何頭だったんだろう?
最初は三頭だったけど、有刺鉄線の辺りでゴッチャになったしなー。
まあいいか、テキトーで。
そうこうしているうちにドヤドヤと他の皆も帰ってきて、それぞれ報告書を書きだした。
早く帰ってきて暇なメンツはダラダラと余った行動食やお茶を飲み食いしながら雑談していた。
「そういや山大、お茶どうした?」
「水筒忘れてきた」
「阿呆」
「今日の風呂の帰りにH浦さんにホームセンター寄ってもらうことになってる」
「あっそ」
今日は調査中に温かい物が飲めなくて寂しかった……。
* * *
「風呂行くぞー」
『『『うぇーい』』』
全員が帰還し報告書も書けた辺りでH浦さんたち車持ちが号令をかける。
そして各々風呂道具を持ち車に乗り込み、大間の温泉まで行く。
「……去年も思ったけど、何で大間なんだべ」
「だよな。行くだけで一時間かかるじゃん」
「何かH浦さんが行ってたけど、佐井に銭湯ないんだって。昔はあったらしいけど潰れて、そこもそもそも小さくてこの人数は行けなかったそうな」
「……なるほど」
到着後風呂に入って上がる。
え?
表現が雑?
だって野郎の入浴シーンなんざ見たくないっしょ?
「いー湯だった……」
「でもまだ足痛ぇ……」
「鈍ってんでねえの?」
「かもしんね……」
風呂上り、思い思いにくつろいでいる時。
「うー、気持ちよかった。アイス食いてーなー」
『『『……………………』』』
N村さんが発したその一言に、さっきまでの緩慢とした雰囲気が緊張に包まれる。
そして無言で一カ所に集まる佐井村の面々。
「やっぱり最初は『多い勝ち』で人数を減らすべきか?」
「でしょうね」
多い勝ちとは、ジャンケンをして一番多い属性(?)を出した者が抜けるというルールだ。
例えば、グーが四人でチョキが三人、パーが二人ならグーを出した四人が勝ちということ。
なお、グーが八人でパーが一人という時は通常のジャンケンルールが適応され、パーの勝ちとなる。
敗者はもちろん――全員分のアイスもしくはジュース代を払うこととなる。
「と言うわけで! アイスジャンケン!」
『『『多い勝ち!』』』
『『『……………………』』』
『『『よっしゃ!』』』
「「「マジか!?」」」
いきなり残ったのは三人。
メンバーは、トヨと小鈴木とM生という、まさかの身内連中。
「ゴチ」
「うっせえ! パー出しやがって!」
「何でチョキなんて出すかなお前ら」
「ボクはグーでしたが……」
「M生は何で負けてんの……」
一人だけグーって逆にすごくね?
「ここまで一気に減ったら普通のジャンケンでいいべ」
「そう……だな」
「トヨさん、負けてください」
「ふざけんな」
「……さっさと覚悟決めてジャンケンしろ」
「「「……………………」」」
「「「じゃーんけーん、ポン!」」」
「「「……………………」」」
「小鈴木、ゴチ」
「くそおおおおおおおおおおおおっ!?」
その日、小鈴木の財布から約三千円が消えたという。
「去年も負けたのに……! 次は負けない!」
「フラグ?」
「ちげぇ!」
* * *
H浦さんに帰りにホームセンターに寄ってもらい水筒を入手し、拠点に戻ると厨房組が昨日残ったカレーに追加する具を切りながらベーコンを食っていた。
「おいビックボイス、ベーコンそのままで食うなよ……」
「いいじゃん別に。これそのままでも十分美味いって」
「まあ分かるけど……」
ふと僕は思いつき、ジャガイモと玉ねぎを切ったものをいくつか貰い、ベーコンと一緒に炒めた。
それに塩コショウをで味付けをし皿に盛る。
「ほれ」
「おお、ジャーマンポテト!?」
「おい小鈴木、トヨ、ビール持って来い」
「よっしゃ!」
今年もキッチンドリンカー(厨房で夕食を作りつつ勝手にツマミを作って酒を飲む者)はこの面子かー。
「でもこの味付けいいな」
「ああ、なんかよく分かんないけど、こんなんあったから使ってみた」
「マジックソルト?」
「マジックマッシュルームみてえだな」
「おい」
あらかじめ炒めて火を通していた具材たちをカレーのルー(ほぼ具なし)に放り込み、一煮立ち。
それを皆で酒を交えつつ食し、調査報告を終えて二日目は終了。
いやー、S藤さんが意外と身軽で足が速かったのは驚きだったけど、平和な一日だったなー。
サルも思いがけず見れたし。
「……T中さんが今夜も大人しい……だと……?」
「バカな……ありえん……」
「嵐の前の静けさか……?」
……平和っていいことなんだけどね。