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23日(1日目)

 僕は今年の参加者名簿を見て、すぐさまツッコミを入れた。


「ナカツとファージ来ねえのかよ!?」



       *  *  *



 平成二十四年度十二月二十三日。

 僕は後輩のM生を連れて研究室に向かっていた。


 重さ二十キロの荷物を背負って。


「重てえ……」

「先輩はまだいいじゃないですか。ボクなんか一升瓶を二本担いでるんですよ? しかもボクが飲むんじゃなくてお土産用……」

「バカヤロ。僕なんか両手塞がってんのにこれから双眼鏡取りに行がねばなんねんだぞ?」

「……………………」


 と言うのも、僕ら二人と、先に駅に向かった今回の参加者であるトヨの奴が双眼鏡の準備を忘れていたため、代表して僕が借りに行くことになったのだ。

 ちなみに、M生は同じ寮のよしみということで拉t……元言い付添だ。


「じゃあここで待ってろ。僕が取ってくるすけ、荷物見でろ」

「了解です」


 日曜日ということで研究棟の正面玄関は閉まっている。

 そこで僕は裏口からまわり一部の者に渡されているカードキーを使って中に入った。

 自分の荷物とM生を残して三階の研究室まで向かう。


「……どうでも良いけど、何で部外者の僕がここの研究室の隠し鍵の場所を知ってるんだべ……」


 どうにも僕はここの先生に目を付けられているらしく、執拗に勧誘を受けている。

 ここの先生、KSであることで悪名高いんだけど……。

 閉まっている研究室の鍵を開けて失礼し、棚から双眼鏡を三つ取り出す。

 その管理番号をファイルに書き、僕はまた研究室の鍵を閉めて鍵を元の場所に戻した。


「ただいまー」

「あ、おかえりなさい」

「はいこれ」

「ありがとうございます」


 双眼鏡の一つをM生に渡し、残り二つを無理やりザックに押し込む。

 そろそろ古くなってきてるし、ファスナーが壊れないか心配だ。


「さて、行ぐべ」

「はい」


 ザックを背負い直し、手に登山用長靴と寝袋が入った袋を持つ。

 そしてトコトコ駅まで歩く。


 二十分。


「ちょ、山大さん……! これ、バスで行った方良くないですか!?」

「えー、でもバス賃もったいねっし」

「せこっ!? 貧乏人!」

「金ねえから寮入ってんだべ」

「そうかもしれないけど!」

「二十キロ持って登山靴で二十分駅まで歩けたら下北なんて楽勝だべ」


 実際、楽だと思うし。

 下北での踏査は極力身軽な格好で行くし。


「ところで山大さん」

「ん?」

「何で訛ってるんですか? 普段はそんなに方言使わないやないですか」

「……下北のH浦さんに訛れって去年言われたすけ、その対策だ」

「なるほど」


 ここから先、ひょっとしたら文字化けする言語が頻出するかもしれないので注意してね☆



       *  *  *



「あ゛ー、やっと駅着いたー……!」

「さすがにキツイな……」


 駅の待合室で総重量二十キロの荷物を下ろし、一息つく僕ら。


「お疲れ様です」


 そこで待っていた後輩のグリリバと合流。

 僕らは先に到着してどこかに買い物に行ったトヨとシッポを待つことにした。


「そう言えばグリリバ、お前双眼鏡持ってたよな?」

「え? 持ってませんけど」

「え? マジで? この前持ってたのは?」

「ああ、あれは借り物です」

「あちゃー、じゃあさっき借りてくりゃ良かった」


 などと話しているうちに、遠くからデカいザックを背負った二人組が見えた。


「お、来た来た」

「ゴメン待たせた!」

「いやぁ、気ぃ付いたっきゃ遠くまで行ってまってのぉ」


 シッポが自分の体と同じくらいのサイズのザックをドッカと床に置き、トヨが僕以上に訛りがキツイ津軽弁で弁解した。


「まだ電車まで時間あるすけ、食い物買って来るべ」

「んだな。へば、わが荷物見てるすけ、皆行ってこいへ」

「あ、ウチも歩き疲れたから待ってる」

「んだが」

「あ、トヨさん」

「ん? なしたM生」

「ホームにも売店ってありますかね? キヨ○クとか」

「んー? あるんでねぇの?」

「じゃあそこで買おっと」

「んじゃ、グリリバ行くべ」

「あ、はい」


 三人を残して僕らは売店に昼食を買いに行く。

 そして入れ替わりに、トヨとシッポが買いに行く。

 そうこうしているうちに電車の時間になった。


「うっし、行くか」

「「はーい」」

「トヨ、ウチの荷物持ってー」

「なしてや!?」

「えー、か弱い女の子にこんなん持たせんのー?」

「「か弱い?」」

「はもんな野郎共! そういう反応は東にしろし!」

「いや、東氏も大概だども、オメェも大概だべ」

「うっせ!」


 八戸行きの切符(四千九百円)を買い、改札口を潜る。

 そこですでに待機していた電車に乗り込み、改めて荷物を下ろす。


「あー、おっも」

「ですね」

「だな」

「オメェらは途中退場だすけマシだべな。僕とM生はフル参加だすけ、荷物も一週間分だ」

「つっても、調査道具とかさんなに変わんないじゃん」

「ふざけんな。三日の差は荷物的にもデカいんじゃ。それに僕は終わったらそのまま実家帰るすけ、PCも荷物に入ってんだ」

「ボクのザックには二升入ってます」

「「「そうかお疲れ」」」

「グリリバー、先輩たちが冷たいー」

「引っ付くな鬱陶しい……」


 特にすることもないので移動中は読書タイム。


「何読んでんの?」

「しゃ○けシリーズの最新刊文庫本バージョン」

「へー」


 暇を持て余したらしいシッポをあしらいつつ約二時間。

 途中居眠りを挟みつつ八戸に着いた僕らはすぐに下北行きの電車に乗り換える。

 が。


「何か混んでない?」

「だな……。八戸行きのはガラッガラだったのにな」

「まあ年末だしなあ。早めに帰省する人もいるだろうからこんなもんだべ」


 しかし五人座れる席はなく、一年組と二年組に分かれて乗り込むこととなった。

 しかも僕とトヨの男子組は吊革。

 移動時間は二時間。


「「……キツイ」」

「代わろうか……」

「いや、いいわ……」


 こうなりゃ意地だ。

 青森のジョッパリ根性だべ。


「でもまあ、暇なもんは暇だな」

「あ、ワ、J○MP持って来てらった」

「今週の?」

「んだ」

「読み終わったらかせへ」

「いいよ」

「あ、そう言えばトヨ、オメェ3DS持って来てながった?」

「ん? 持って来てらよ」

「ソフトはどう○つの森だべ? 貸しへ、服作ってやっから」

「んだが。へば頼むじゃ」


 ザックから3DSを取り出すトヨ。

 調査行くのに雑誌だのゲーム機だの持ってくんなと言いたいところだが、まあ僕もPC持って来てるし、暇つぶしにはなるので文句は言えません。


「ほいできた」

「ん? もうか?」


 スマホで探した画像を参考にしつつ、ドット絵の応用で作った服をトヨに見せてやる。

 すると。


「ぶふっ!? こ、これは……!」

「ボカ○のKAIT○。ちゃんとマフラーまで描いてっから」

「すげえコレ……」

「ドヤァ」

「あ、その一言邪魔だべ」

「んだが」

「それと、伏字の位置おかしくね?」

「気のせいだ」


 で、二時間後。

 ようやく下北駅に着いた僕らを迎えたのは、懐かしい面々だった。


「ビッグボイス、小鈴木!」

「うっす、山大!」

「お久ー」


 N大の二年生二人組とハイタッチをする。


「元気してたか?」

「まあボチボチ」

「つか今年はナカツ来ねーのな?」

「ファージもな」

「ファージはあいつ、去年途中から風間浦行ったろ」

「どうしたべなあいつら。毎年来るとかへってらったのに」


 G大の仲間たちを放っておいて再会に喜ぶ僕ら。

 そんな中、M生もある奴との再会を果たしていた。


「お、ヨッシーやん!」

「あ、M生。久しぶりー」

「どうしたのM生君、その子」

「あ、紹介します。こいつはヨッシー言って、夏の屋久島サル調査で一緒だったやつです」

「K大のヨッシーです。えっと、派遣先は佐井村――」

「「「「K大!?」」」」


 マジかよそんな名門所からわざわざねー。


「歩けるタイプ?」

「まあ、ボクよりは」

「なるほど、ナカツポジションか」


 期待してるよー。


懐かしい面々&初対面で雑談していると、遠くからこれまた懐かしいハゲのオッサンが近寄ってきた。


「おう。ビッグボイス、小鈴木、山大」

「「「H浦さん!」」」


 なーつーかーしー!


「お変わりないようで」

「まあな! はっはっは!」


 豪快に笑うH浦さん。

 うーん、変わってない。


「さあ乗れ! 佐井に着くころにはもう真夜中だぞ!」

『『『はーい』』』

「H浦さん! J大四年のオチって奴がいません!」

「さっき連絡があって、間違えて先に拠点に自力で行っちまったらしい」

「マジっすか!」

 J大って言うと、Y川さんの同輩?

 行動力すげえ。


「ほらほら荷物積め! 行くぞ!」


 福浦さんたち運転手組が車の荷台に僕らの荷物を詰め込み、僕らも車に乗り込む。


「じゃ、またな! シッポ、グリリバ!」

「お気をつけてー」

「また大学でー」


 この二人は大間で調査する。

 それに四日目の交流会の日に帰るから、会うこともない。


「よいお年をー」

「またねー」


 二人と別れてさらに二時間車に揺られる。

 そうして僕ら佐井組は懐かしいあの場所に帰ってきた。


「おー、来た来た……」

「や、山大……ここか?」

「うん、そう」

「さ、寒い……!」


 兵庫出身のM生が震える中、僕ら青森組は平然とそこの扉を開けて中に入る。

 保育所跡。

 今はたまに地域の集会に使われるくらいで、中は冷え冷えとしていた。


「なつかしーな、おい」

「お、見てみ小鈴木! 寝室のぶっ壊れてたストーブなくなってる!」

「マジだ!」

「まあ邪魔だったしなー……」


 二年目組がはしゃいで懐かしの拠点を確認して回る。

 その間、あざとく自分たちの寝床の確保も忘れない。


「ね、寝床ってこれっすか山大さん……?」

「んだ。へったべ、煎餅布団だって」

「言いましたけど……」


 ペラい敷布団とペラい掛布団が一組。

 これだけだと寒いから寝袋の用意が必要なのだ。


「どーもー」

「はー、やっと着いたー」


 遅れてやってくる面々。

 どれもこれも懐かしい顔ばかりだ。

 S大教授の大鈴木さん。

 O大教授のT中さん。

 T中さんのライバルで御馴染みのN村さん。


「やっべ、この面子見ると『下北来た!』って感じするなー」

「あ、分かる」

「と同時に、覚悟も決めざるを得ねえな……」


 二年目組が苦笑して顔を見合わせる。

 そう言えば……。


「T大のヨネはまだ到着してねえの?」

「またフェリーが遅れてんじゃねえの?」

「なるほど」


 そう言えば去年もそうだった気がする。


「さて」


 大鈴木さんが大間から預かってきたカレーを温め直し、早急に飯を炊いてよそい、皆が席に着いた時。

 H浦さんが神妙に頷いた。


「まあ、何だ。これからしばらく、一緒に行動を共にすることになるわけだが……」

『『『……………………』』』

「まずは飲むか」

『『『うぇーい!!』』』


 待ってましたとばかりにコップに酒を注いでいく。


「山大さん」

「お、M生、悪いな」

「いえいえ」


 寮で鍛えられているだけあって、M生の酒注ぎに関する気の遣い方は完璧だった。



       *  *  *



 さて、時刻は回って八時ごろ。


「「「……………………」」」


 僕とビッグボイス、小鈴木の三人は奇妙な物を見る目である人を見ていた。


「どもー、T大のヨネです! ただ今到着しました!」

「お、ヨネ」

「お疲れー」

「わー、三人ともお久ー」

「……なあ、ヨネ。……カレー食いながらでいいから、あれを見ろ」

「んー?」


 バタバタとやってきて荷物をその辺に放置してカレーに食いつくヨネ。

 そして僕らが指さすそれをみて、彼女の目が点になる。


「T中さんが……大人しく飲んでいる……だと……!?」


 昨年、N村さんとガチの取っ組み合いをしていたT中さん。

 それが、去年と同じく若干N村さんと喧嘩腰に話してはいるものの、大人しく「はいはい」と頷いて飲んでいた……。

 その光景が信じられないのか、歴代佐井組の面々や当のN村さんまで気持ち悪い物を見る目でT中さんを見ていた。


「えっと、何なんですか?」

「ああ、ヨッシーは一年だから知らんのか」


 こそっと訊ねてくるヨッシー。


「あの二人、酒の場だとすっげー仲悪いんよ。去年なんかガチ喧嘩してたし」

「まあ毎年なんだけどね」


 近くで飲んでいた、ベテラン組のO川さんも頷いた。


「だからあんなに大人しく飲んでいるT中さんなんて、気持ち悪い」

「そ、そこまで言わなくてもいいんやないですか?」

「ねえ、山大さん」

「いや、お前らは去年を知らんからそういうことが言えるんだ」

「ホント、去年のアレは引いたわー」


 去年とか、僕は眠気眼だったからあんまり覚えてないけど、殴る蹴るの応酬……というか、T中さんがN村さんに一方的に蹴られてただけだった気がする。

 で、酔っぱらって玄関で寝てて、腰痛めたんだよなー。


「なんか……拍子抜けだな」

「んだな」


 で、結局この日はT中さんは大人しく飲んで、大人しく寝た。

 僕らとしては平和ですごくいいんだけど、少し怖いもの見たさっていうのもあったから、ちょっと残念。


 まあ、こんな感じで。

 下北サル一日目はつつがなく、平和に幕を閉じましたとさ。

 ちなみに、トヨは案の定H浦さんに気に入られてベテラン組に混じって飲んでいた。

 あいつ、津軽弁全開だもんなー。


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