第4話 壊れる絆
【グリードシティ 軍事総本部 居住区】
夜の軍事総本部。私は居住区内を走っていた。
夕方ごろ、私とフィルドさんで住んでいる家に行ったケド、そこにフィルドさんはいなかった。まだ帰っていなかったんだ。
だから今度はセントラルタワーに向かった。政府高官が集まる巨大な建物に……。フィルドさんのオフィスもそこにあった。でも、そこにもフィルドさんはいなかった。聞いた話だとフィルドさんは家に帰ったらしい。
たぶん、だけど入れ違いになったんだ。……どこか怪しい所、連合軍の本部とかに連絡入れに行ったワケじゃないよね?
「ハァハァ、フィルドさん……!」
私は大きな家、フィルドさんと私の家の前まで来る。明かりがついてる。出る時、つけた覚えはない。……フィルドさんがいるんだ。
荒い呼吸をしながら、私は家の中へと入っていく。正直、怖かった。本当に怖かった。もし、フィルドさんが否定しなかったら? もし、あの夢のように襲い掛かってきたら?
「フィルド、さん」
「遅かったな。どこ行ってたんだ?」
「……街の方に」
「そうか」
ソファに座ったフィルドさんはいつものようにクールに答える。聞かないと……。ここで聞かないと……!
私はポケットの中に忍ばせたナイフを握っていた。別に、フィルドさんを殺すつもりで持ってきたワケじゃないよ。ただ、その、“もしもの時”のお守りとして、ね。
「あのっ……」
「ん? どうした?」
「き、昨日の、議長の話ですけど、なんで私が、関わっちゃ、ダメなんですか?」
震える声。質問をなんとかお腹から絞り出した。後は答えを聞くだけ。その答えを聞けば決定的なことになるかも知れない! 場合によっては世界を揺るがすほどの……!!
「またその話か。お前はただ関わらなければいいんだ。悪いがこれぐらいしか言え――」
「フィルドさんは連合軍の人間なんですか!!?」
ポケットの中でナイフを握りながら叫ぶように言った。直球。こうなったら直で聞くしかないっ!
「私が連合軍の? ハハハ……」
フィルドさんはバカにしたように笑う。……否定しなかった。否定しなかったっ! そして、フィルドさんはソファから立ち上がる。……逃げる気?
そんなっ、だから私を遠ざけ、フィルドさんは連合軍の、なんで? なんでみんなを殺そうとするのっ? なんで、なんで!?
「ふぅ、まだ8時か。寝るには早いよな」
昼間のグリードの街並みが浮かび上がる。楽しそうに笑っていた子供達。その姿を優しそうな目で見守る大人たち。みんなが忙しそうに、それでも楽しそうに生活している。
私の脳裏にあの夢の光景が浮かび上がる。血と死体の戦場。荒廃した世界。本当に戦争になれば大人も子供もみんな殺される。私の仲間も友達もいっぱい死ぬ!
「明日は……会議か。最近、多いな」
戦争を防ぐんだったらどうすればいい? ……フィルドさんを捕まえるんだ! 捕まえて、説得するんだ!!
私はナイフをそっと取り出す。刃が白銀のナイフ。斬れ味は抜群のハズ。
「アレ? 会議は明後日じゃないか。なぁ、パト……!」
私は隙を突いてフィルドさんを後ろから床に倒す。素早く彼女にまたがると、その首にナイフを突きつけた。
「なッ!!?」
「フィルドさん、なんで連合軍に入ったんですか? 連合軍は本当に戦争を起こす気ですか!?」
「パ、パトラー!?」
さすがのフィルドさんも驚いた表情になる。その体は僅かに震えていた。私もまた震えていた。震える手でフィルドさんの首にナイフを突きつける。
「なんでこの世界の平和を壊すんですか?」
「……気が狂ったか、パトラー」
「私は別に……!」
その時、私の右手首、ナイフを持っている方の手首が掴まれる。掴んだのはフィルドさんだ! 彼女は私の手からナイフを奪い取り、押しのける。そして、私の胸倉を掴み、壁に押し付けた。鋭い瞳が私を睨む。
「私が連合軍の人間だと……?」
「だ、だって、私を遠ざけたのは――」
「ふざけんな!」
とても強い力で頬を殴られる。一瞬、視界が真っ白になる。次の瞬間には私は床に倒されていた。痛さでのた打ち回るヒマさえも与えてくれず、再び胸倉を掴まれる。
「………もう一回、言ってみろ……!」
「あ、あのっ、フィ、フィル……!」
もう恐怖しかなかった。こんなに怒ったフィルドさん、初めて見た。2年間一緒だったけど、こんなに怒った事はなかった。怖い、怖いッ……!
「私があんなクソみたいな組織の人間だと……!? いつから同類になったんだ? なぁ、パトラー!」
「そ、それは、その……」
「なんだよ、言いたいことがあるならハッキリ言えッ!」
「ご、ごめんなさいッ!」
「黙れ!」
お腹の辺りで強烈な爆発が起こる。私の体は吹き飛ばされ、ソファの腰掛ける部分にぶつかって、そのまま、ソファの後ろに転げ落ちる。魔法の衝撃弾……!
お腹も背中もすごく痛い! 私は目から涙を流しながら、その場でダンゴ虫のようにうずくまる。大きな足音が聞こえてくる。フィルドさんがコッチに来てるんだ。
「ふッぐぅッ、フィル、ドさん……」
うずくまってる私を無理やり立たせ、また胸倉を掴むと、壁に押し付ける。怒りに燃えたフィルドさんの黒い瞳が私を捉えていた。
「ごめん、なさい…… もう、許して……ください」
「……次、私を連合軍の人間だと言って見ろ。お前でも容赦しないぞ」
本当にフィルドさんは連合軍の人間じゃない。むしろ、嫌っていた。いや、嫌っているなんかじゃない。激しく憎んでいる。そんなに憎んでいる組織のメンバーだなんて言われたらそりゃ怒る、よね……。
私はフィルドさんにあんなことを言う前まで戻りたかった。時間なんて戻せるワケないけど、そう思わずにはいられなかった。
「返事はなしか!」
「…………!」
壁から離されたかと思うと、今度は左頬を殴られた。その衝撃で机に顔を強く打つ。机の上にあったものが床に音を立てて散乱する。私自身も床に横たわる。
フィルドさんはドアを思いっきり閉めてそのまま、3階の自室に上がってしまった。リビングに残されたのは私だけだった。
「うぅ、痛い……」
お腹もほっぺたも背中もすごく痛かった。でも、一番痛かったのは心だった。フィルドさんに酷い言葉を投げつけた。一番慕って、尊敬しているフィルドさんを……。
その場で私は泣きながらうずくまる。涙が止まらない。痛くて泣いているのか、フィルドさんを傷つけたことで泣いているのかは分からなかった。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……! 痛いよぉっ!!」




