第34話 信じていたのに
私はこの任務が最後だと信じている。デミ・フィルドを消せば、その後は好きにしていいって言われた。そう言ったのはパトフォー。オーロラ支部の最高司令室でそう言われたんだ!
でも、フィルドのいうことは正しかった。そう、彼女の身体にもサイエンネットはある。今更、デミ・フィルドを消しても何ら意味はない。それに気がつかないハズがない。じゃぁ、私たちは何の為にここに……?
「今頃分かって来たか? 私のクローンを消しても意味ないことに」
「…………ッ!」
何も言い返せない。
「教えてやるよ、財閥連合の真の狙いを……」
サレファトが私の腕を握る。その手は震えていた。激しく降る雨で分からなかったケド、たぶん泣いていたんだと思う。
「財閥連合は――お前たち2人を殺す為に今回のミッションを与えた」
…………!? そんな、そんな事あり得ないッ!
「首都で死んでもらう為に、な。無茶でないミッション、それが今回のミッションだ。これが政府代表を殺せとか政府総帥を殺せだったらやらないだろ?」
言い返せない、言い返せないッ……! そんな事あり得ないのに、私は言い返せなかった。パトフォーは約束してくれた。この任務が終わったら好きなように生きていいって!
「出来そうで出来ないミッションを与え、お前たちを殺すよう仕向けた。そう、用済みの道具としてな」
嘘だ、嘘だ、嘘だっ……!
私たちは一生懸命、忠実にパトフォーの命令を聞いてきた。悪い事でも、やりたくもないミッションも、全部解放される日を願って頑張ってきた。なのに、そのお返しが“これ”なんて……!
「お前たちの能力に恐怖した財閥連合は手に負えなくなるのを恐れて、また政府軍に寝返るのを恐れて殺すことにしたんだろうな」
信じていたのに、裏切られた……!
私たちは解放されればそれでいい。政府軍に寝返るつもりも、財閥連合を内側から破壊するつもりもない。裏切る気も反乱を起こす気もなかった。
でも、財閥連合はそれらを考えた。それで、私とサレファトを殺して、この世から抹消して自らの安泰を考えたんだ。
「姉さん、僕らっ、何の為に今日まで……」
「…………ッ!」
私はサレファトを強く、強く抱きしめる。涙が溢れてきた。悲しくて、残念で、ショックで……! 涙を我慢できなかった。私達の今までの頑張りはムダだった。
「これでもう思い残すことはないだろう。財閥連合・連合軍に裏切られ、政府の敵ともなったお前たちにこの世界で生きるのは不可能だ。――楽にしてやるよ」
フィルドがハンドガンを取りだす。そこで私はハッと我に返った。そうだ、こんな所で泣いていたら殺されるッ!
銃声が鳴り響くと同時に私はサレファトを素早く押し倒してハンドガンの弾を避けようとした。でも、避けきれなかった……!
「姉さんッ!!」
「うッ、ぐッ……!」
私はその場に倒れ込む。銃弾は右手を貫いた。そのすぐ側にサレファトの顔。目の前で私の手が撃ち抜かれる様を見せてしまった。血は飛び散り、右手を中心に激しい痛みが全身を駆け巡る。
「チッ、外したか」
フィルドが言う。彼女にあるのはもはや憎悪と怨念。破壊と殺戮を願う復讐騎だった。パトラーは戦争を嫌い、平和の為に戦った。だが、フィルドは破壊と殺戮だけ。自らの復讐の為に戦っているようだった。復讐に憑りつかれた復讐騎、か――。
「よくもっ、よくも姉さんをッ!」
「…………! ダメッ、サレファト!」
フィルドに飛びかかりそうなサレファトを私は慌てて抱き留める。あんなのにサレファトが叶うはずもない。一瞬で返り討ちに合う。
「なんだ? 来ないのか? なら私から行くぞ」
フィルドが再び剣を手にする。彼女にどう言っても助けてはくれないだろう。私はいいからせめて弟だけでも助けて欲しかった。でも、――
「あなたには弟は殺させない」
サレファトを強く抱きしめながら私は言った。どしゃ降りの冷たい雨が私たちの体に打ち付ける。フィルドは絶対に許してくれない。たぶん、弟も殺すだろう。
「そうか、お前が葬ってやるか?」
「…………ッ!」
ふざけないで! 私はそんな意味で言ったんじゃない! そう反論してやりたかった。でも、それは彼女を怒らせるだけだ。彼女を怒らせれば即殺されかねない。私は反論したい気持ちを呑み込む。
空間と時間のパーフェクターである私ならグリードシティから一気に遥か彼方へ飛ぶこともできる。強大な魔法を使って……。
「サレファト、しっかり捕まっててね」
「…………?」
「さようなら、フィルド。“ワープ”!」
「…………!?」
私とサレファトの周りに光り輝く薄い青色の魔法陣が現れ、幾つものベールが私達を囲んでゆく。空間魔法・ワープ。大量の魔力を消費する技。命を削る技だった。
サレファトを強く抱きしめる。一緒に逃げよう。もし私が死んでも彼は生き延びる。それなら私は死んでも……。
私たちに希望はなかった。冷たい雨の降り荒れる夜の首都グリードシティ。そこで知った真実はあまりにも残酷だった。
パトフォーは最初から私たちを切り捨てるつもりだった。フィルドは私たちを殺す気しかなかった。パトラーは必死で誰も死なないように、最悪の事態にならないように頑張ってくれた。
でも、私たちはそれを壊した。オーロラ支部に来た彼女。あと一歩で逃げられるところを捕まえてしまった。
もし、彼女を見逃して上げたら、また違った未来が訪れただろうか? 私は死なないで済んだだろうか? 首都の騒乱も招く事はなかっただろうか?
今更後悔しても遅かった。時は戻せない。私は時間のパーフェクターだけど、時を操る事は出来ない。自分や他人を未来に送る事は出来ても過去に送る事はできない。また不可能じゃないけど、人を未来に送る、なんて事したら魔力の使い過ぎで間違いなく死ぬだろう。
時は戻せない。この世界に私たちが平和に生きれる場所なんて、もう、どこにもなかった――……。




