第33話 ターゲット:デミ・フィルド
僕らの前に立ちはだかった1人の女性、フィルド=ネスト。彼女の横にはデミ・フィルド。クロント支部で作り出された子。まだ子供なのに……。
「私がアイツを引き付けるから確実にターゲットを殺して。あなただったら楽に出来るから」
「でも……!」
「フィルドは強敵だから……」
そんな事は分かってる。フィルドと僕じゃ力の差は大きすぎる。だから姉さんが引き付けるんだけど、けど……。
そんな事をしている内に後ろの道から大勢の兵士がやって来る。彼は全員、特殊軍の精鋭兵だ。僕らじゃ勝てない……! よく見ればフィルドの後ろにも大勢の精鋭兵がいた。そして、戦闘用の装甲飛空艇まで浮かんでいた……
[反逆者の包囲完了! 全兵、フィルド副長官の指揮に入れ!!]
100、いや200人以上の精鋭兵が僕らにアサルトライフルの銃口を向ける。空中には後ろと前に茶色の装甲飛空艇。そして、戦闘ヘリが合計で4機も。これじゃ、もう逃げられない……!
イヤだ、死にたくない! 僕らは姉さんと一緒にここから脱出するんだ。財閥連合から解放されて自由になるんだ!!
「……ぜ、絶対に、助けて上げるからっ……!」
「……姉さん?」
後ろからじゃ姉さんの顔は見えない。でも、確かに見た。姉さんは一度、右腕を自分の目に当てた。まるで涙を拭うような感じだった。
「これでっ、最後ッ!」
そう叫ぶように言うと、姉さんは剣を握りしめてフィルドに向かって走り出す。これで、最後、ですよね。財閥連合の命令を聞くのも。……ですよね?
「来たな、財閥連合……」
フィルドはニヤリと笑うと、涼しい顔で姉さんの剣を受け止める。高い金属の音が鳴り響く。そして、素早い動きで何度も攻撃する。
姉さんは防戦一方だった。火花が散り、何度も剣を打ち合う音が鳴り響く。姉さんは次第に後ろに下がらされる。
「僕が、僕がやらないと……!」
僕もまた走り出す。“デミ・フィルド”の元に。
財閥連合は恐れているんだ。デミ・フィルドは開発された人間。自身の持つクローン技術と長い年月をかけて開発してきたサイエンネットのデータが政府に渡るのを。
デミ・フィルドの体内にはサイエンネットがある。彼女をバラバラにして研究機関に回せば、サイエンネットが政府の手に渡る。
「え、え?」
困惑する彼女の元に僕は走る。片手にはハンドガン。これで撃ち殺すつもりだった。
サイエンネットを宿す被験体は死ねば完全に消滅するらしい。特殊な薬を打たない限り、死体は残らない。本来、クローンには水槽から出すと共にその薬を投与するけど、あの子はそれを受けていない。ティワードさんの攻撃で彼女は外に出た。だから、その薬を打たれる事なく今日まで生きてきたんだ。
「喰らえッ!」
デミ・フィルドに1本の雷を落とす。出来ることなら殺したくない。でも、彼女を殺さないと、僕も姉さんも財閥連合によって殺される。財閥連合にはメタルメカとケイレイトという人がいる。2人は暗殺のプロだった。僕らが失敗すれば2人がデミ・フィルドを殺す。そして、任務に失敗した僕らも……。
「うぐっ……!」
デミ・フィルドはその場に倒れ込む。僕は彼女をまたいで押さえ付けるとその額にハンドガンの銃口を突きつけた。
でも、そこから先が……。このハンドガンの引き金を引けばこの人は死ぬ。そして僕らはミッション成功。財閥連合から解放される。
引き金を引けなかったら僕らミッション失敗。メタルメカさんかケイレイトさんによって殺される。たぶん、この人も殺される。
「クッ、離せっ……」
デミ・フィルドがかすれた声で言う。その体にも声にも力はなかった。そこで僕は初めて気がついた。彼女、相当苦しそうな表情をしていた。
「あの、大丈夫ですか……?」
「…………。私、失敗作のクローンだから、そんなに長く生きれないのかも……」
「そんな……!」
「サレファトっ!」
「…………!」
姉さんの声が僕の胸に刺さる。早くこの人を殺さないと、早く殺さないと……姉さんがフィルドに殺される! そして、姉さんが死ねば次は僕の番だ!
「貴様っ! ……そうか、狙いは私のクローンだな!」
僕はフィルドと姉さんがいる方向を見る。アイツは姉さんを追いつめていた。そして、剣を大きく振り上げると、姉さんの剣を弾き飛ばした!
姉さんの剣はクルクルと宙を舞い、高い音を立てて遠くに落ちる。剣を失った姉さんの首にフィルドは剣の先端を突きつける。
「覚悟しろ、財閥連合幹部サルリファス」
「クッ……!」
姉さんが殺される……! 僕はどうすればっ……!
この人を殺せばミッション完了。やらずに逃げたら僕らは殺される。もう時間もない! これ以上戸惑ったら姉さんが殺される。姉さんが死ねば僕は逃られなくなって殺される。そんなのは絶対にイヤだ! ……でも、だからと言ってこの子を殺すなんて……!
「殺してっ! サレファト!」
「…………! 貴様!」
姉さんは僅かな隙を突いてフィルドの剣を握り、奪い取ろうとする。その手から血が流れる。
「どうせ、その子はもう長くは生きられない! 今、死んでもそう変わりはッ――!」
「ふざけるな! 離せ、貴様ッ!」
でも、でも! やっぱり可哀想だッ! 悪い事したワケじゃないのに、なんの罪もないのに殺すなんて……!
「アイツを殺してサイエンネットを、隠し通す気かっ?」
「それが、私たちの、任務だッ!」
姉さんの手から血が滴り落ちる。
「ハハッ、例えアイツが死んでもサイエンネットは隠し通せないぞ!」
「どうかなっ!?」
「私の身体にも“ソレ”はあるからだ!」
フィルドが姉さんに向かって白い弾を撃つ。衝撃弾だ! それは2人の間で爆発し、白い煙をまき散らす。姉さんのは宙を舞い、僕らのすぐ近くに落ちる。その手は飛ばされる時に更に深く斬ったのか、大量の血が流れ出ていた。
「クッ……!」
「姉さん!」
僕は姉さんに駆け寄る。その心にはさっきフィルドが言った言葉が引っかかっていた。そうだ、フィルドの体にもサイエンネットは流れている。デミ・フィルドを殺すだけじゃ隠せない。そんな事も財閥連合は分からなかったのだろうか……?
「……ああ、そういう事か」
煙の中から血の付いた剣を持ったフィルドが姿を現す。姉さんやパトラーさんと同じ女の人だけど、優しさも何もなかった。あるのは深い憎悪だけだった。僕ら財閥連合に対する……。
「お前たちがここに送り込まれたワケを教えてやろう」
「ここに来たのはデミ・フィルドを……!」
「姉さん待って! あの人の言ってることは正しいですよ……」
そう、正しい。でも、そうすれば僕らのミッションの意味はない。では、なんで僕らはミッションを与えられ、ここに送り込まれたんだろう……?
フィルドがニヤリを笑う。その笑みも僕にとっては恐怖以外の何物でもなかった。




