第31話 崩壊への恐怖
私はサレファトと共に狭く入り組んだ路地を進んでいく。ここには兵士は少なく、所々に道を塞ぐ防御シールドを守るフェンサーが1機あるだけだった。
「姉さん、道、大丈夫ですか?」
道を塞ぐフェンサーを倒しながら、路地を進んでいると不意に不安そうな声でサレファトが聞いてきた。たぶん、長い時間この狭く入り組んだ路地を歩いているから、だよね。
私は電子端末を使って現在位置を調べる。もう、だいぶ進んでいた。ここに侵入してから何時間経つかな……?
「あと少しでこの路地を抜けるハズ。この先にまた坂道があるから、そこを登れば中央エリア上層部に出れるよ」
たぶん、上層部に出ればまた戦闘になる。中層部は狭い路地。上を見上げば天井。だから敵は現れにくい。それに狭いからこそ大型の軍用兵器も使えないし、見つかりにくい。
でも、上層部は広いところだ。下層部のメインストリートや広場のようなところ。確実に戦闘になる。……あまり戦闘は考えていなかった。“ターゲット”を殺した後はさておき、来るまでに戦闘するなんて……。
「坂道ってアレですか?」
サレファトの指の先には赤く光る自動スロープがあった。私は無言で頷く。あそこを昇ったら上層部。そこを突破すれば“ターゲット”がいる所だ。
私は拳を握る。“ターゲット”を殺せば私とサレファトは解放される。シリオード帝国から売られた私達。財閥連合に売られ、無理やり使われてきた。悪いことだと分かっていてもやるしかなかった。でも、それももう終わる。この任務が成功すれば……!
「行こう! 財閥連合から解放されるんだ!」
「う、うん……」
私はサレファトの手を引いて赤い自動スロープを駆け上る。
財閥連合からの解放。それは私たちの夢だった。彼らに使われるのも今日で最後。アイツらから解放され、私たちは自由に暮らすんだ!
【グリードシティ 中央エリア 上層部】
上層部に出ると冷たい雨が激しく降り注いでいた。出た所は広い公園らしい。遠くには大勢の市民がいた。恐らく避難エリアとされる場所なんだろう。市民に紛れれば……。その時だった。
「任務は順調か……?」
「えっ?」
すぐ後ろから声が聞こえてきた。私とサレファトはさっと振り向く。そこにいたのは黒い装甲服を着て、同じ色をしたローブを被った男……。
「――パトフォー閣下……?」
パトフォーはゆっくりと私たちの前まで歩み寄ってくる。しっかりと被られたフードに隠れ、その顔はよく見えない。目には黒のサングラス。ますます顔が分からない。
「世界最大の都市――政府首都グリードシティは大混乱だな。パーフェクターとはいえど僅か2人の子供が外部から侵入しただけで大騒ぎだ」
何が言いたい……?
「首都、特に軍事総本部の長年の安全は“崩壊への恐怖”を招いた。見ただろう? あの兵士たちを……。子供2人、過剰なまでに殺せと喚いて群がってきた彼らの姿」
「…………!」
「脅威の抹消。過剰な反応。政府はこの世界を、平和の楽園が崩壊する日を恐れているのさ。それは国際政府という1800年続いた巨大統治機関の崩壊を意味する」
平和に慣れきった人の世界の果てか……。確かに異常だった。2人の侵入だけで中央エリアは封鎖。全市民に外出禁止。脅威フェーズ5……。
「政府も市民も恐れている。楽園の崩壊を。だから、驚異は可能性から抹消される。その為の政府特殊軍だ。統一された世界の平和を脅かす異物を排除する為のあまりに強大な軍。それが特殊軍」
確かに特殊軍は強大だ。おびただしい数の軍用兵器や生物兵器を有し、それを運搬する為の飛空艇。守備する戦闘機。その数は凄まじい。そして、兵士の数も……。
異物を恐れいる事をよく表している。私たちのシリオード帝国はそこまで軍事力があるワケじゃない。異常なまでの軍事力を欲するのはこの国だった。
「いずれ、恐怖は爆発するさ。財閥連合はもう死にゆく組織。財閥連合という脅威を消し去れば市民は安心するだろう」
「え?」
財閥連合は死にゆく組織……? なぜ? 確かに財閥連合はもはや半死半死の状態。でも、それはパトフォー自身の計画の1つ。いずれ、組織は復活し、前の繁栄を取り戻すハズじゃ……?
まさか、もう財閥連合はパトフォーにとって用済みの組織だったり……? じゃ、今後はどうやって自分の計画を進めるつもり……? ……私たちにはもう関係ないけど。
「記憶にはしっかりと刻まれるさ。恐怖というのがな!」
そう言うとパトフォーは大勢の市民がいる方向に向かって空中に手をかざす。その瞬間、空中に大きな藍色の穴が開いてゆく。そこから何かが出てくる。…………! アレは――
[攻撃セヨ! 破壊セヨ!]
[攻撃セヨ! 破壊セヨ!]
――財閥連合の軍用兵器だ!!
「ぐぇッ!」
「う、うわぁッ!」
「なにアレ!?」
「財閥連合の軍勢だ! 首都に攻めて来たんだ!」
「逃げろ、殺されるぞ!」
「いやぁッ!」
市民は一斉にパニックを起こす。そんな市民を次々と撃ち殺していく。しかも、どんどん転送されてくる……! どうなっているんだ!
「ククク、ハハハッ! 世界はまもなく『ラグナロク大戦』の時代となる!」
それだけ言うと黒い渦……闇の魔力に包まれ、パトフォーの姿は消滅する。後に残されたのは私たちだけだった。いや、バトル=アルファも。
「助けッ、ぐぁぁッ!」
「死にたくないッ!」
[攻撃セヨ!]
「み、みなさん、パニックにならないで……!」
私はサレファトの手を引いて走り出す。何人もの市民とすれ違う。公園一帯は大勢の市民の悲鳴と絶叫で埋め尽くされていた。聞いてるこっちまでおかしくなりそうだった。
「そんな、可哀想ですよっ……!」
「悪いけど、助けてるヒマはないよ!」
撃ち殺されていく市民。女性も子供も容赦ない。でも、バトル=アルファが混乱を起こしてくれたおかげで“ターゲット”がいる所まで辿り着けそうだ。
[中央エリア全域に脅威フェーズ6を発令します! ファンタジア憲法及び国家安全法に基づく国家安全確保命令――コンディション:オメガを発動します]
ふと、暗い夜空を上を見ると遠くから次々とフェンサーやフォボス、その他の軍用兵器が飛んできた。それらはここに到着すると、次々とバトル=アルファを駆逐していく。
だが、その戦い方は異常だった。近くに逃げ惑う市民がいるのにも関わらず、彼らを巻き込むような戦闘を始めた。
「どうなってるんですか……?」
「戦争……。市民の恐怖の対象を消す為なら、僅かな市民を犠牲にするのも仕方ないんだ……」
国家安全確保命令ってそういう事なんだな……。戦闘で市民や仲間が死んでも責任は問われない。巻き込まれた方が悪い。少数を切り捨て平和の楽園を守ろうとする。そんな楽園なんて……。
「パトラーさん、こうなる事がイヤだったから1人で来たんですね……」
「…………。私たちは私達の任務を遂行しよう」
雷が鳴り、雨が荒れ狂って降り注ぐ。首都グリードシティの中央エリア、空も人の心も大荒れだった。
◆国家安全確保命令
◇ファンタジア憲法、国家安全法に基づく戦闘命令。
◇国際政府という統治機構の危機が迫っているときに発動される。
◇政府代表の判断で直ちに発動される。
◇市民が巻き添えになる戦闘も許可される。




