第26話 クローンたち
私はコンテナの隅っこにあった梯子から作業通路に昇り上がる。遠くではハンター=ベータが暴れている。人型をしたバトル=アルファを殴り飛ばし、強力な魔法で破壊していた。
震える体で、私は少し離れたところにあるガラス張りの作業部屋に入る。意識がおかしくなりそうだった。あの光景は一生忘れられないのかも知れない……。
「ぐぉぉッ!」
しばらくすると、ハンター=ベータの怒声が近くなってきた。そうだ、アイツもなんとかしないと……。アイツを倒し、フィルドさんの元に戻らないとっ!
私が立ち上がった時、凄まじい爆発音が聞こえた。あまりの衝撃で建物全体が激しく揺れ、私はその場に倒れ込む。天井からほこりや塵が降ってくる。今のは……?
「ぐぉぉぉ……!」
「…………!」
今はまだ遠くにいるハンター=ベータの姿が私を捉える! マズイ、こっちに来る……!
私は素早く周りを見る。あるのはコントロールパネル。たぶん、あの“死体処理用コンテナ”を動かす用のコントロールパネルだと思うケド……
「……フィルド、さんっ」
私の脳内に浮かぶ。たくさんの死体と壊れた軍用兵器。死体は魔物のと一緒に――……!
ハンター=ベータが通路から通路へと飛び移りながら次第にコッチにやって来る。その動きはかなり遅い。さっきまでの魔法の使い過ぎのせいかな……?
「財閥連合を、連合軍を、絶対に――」
コントロールパネルを操作しながら、私は無意識の内に呟いていた。
「ぐぉぉっ!」
アイツだって、財閥連合の犠牲者。もう、殺すしかないない……。
こんな悲劇は財閥連合、連合軍が存在する限り続く。誰かの心を歪め、殺戮騎に変えていく! そんな事、私がさせない! アイツらの悪行は止めてみせる!!
「フィルドさん、ごめんッ……」
タイミングを見計らって私はコントロールパネルのスイッチを押す。さっきまで私のいたコンテナの蓋が警告音と共にゆっくりと閉じられ始める。
私は小部屋から出て、魔法発生装置を握りしめる。たぶん、これで最後。もう、エネルギーがない……!
「来いッ!」
私が叫ぶと同時にハンター=ベータが飛ぶ。それと同時に巨大な衝撃弾を飛ばす。それは空中を飛ぶハンター=ベータの胸に直撃し、爆発した。たちまち落下するハンター=ベータ。落ちる先は蓋の閉じつつあるコンテナの中――!
「ぐぉぉぉ!」
ハンター=ベータがコンテナの中に落下する。そのすぐ後にコンテナの扉は閉じられる。閉じられたコンテナ。一際大きな警告音と共に蓋の端から真っ赤な炎が姿を見せ、熱風が私の顔に当たる。
あのコンテナは死体処理用のコンテナだ。蓋を閉じ、中のモノを全て焼却処分にする。壊れた軍用兵器もあったからきっと鉄をも溶かすほどの業火なのだろう。
「ぐぉぉぉぉ……!」
コンテナの中から聞こえてくるハンター=ベータの断末魔。私は小さな隙間から炎が吹き荒れるのを見ていたが、やがてそれも収まる。炎が収まった時、中から聞こえてくる音はなかった。全てが炎に消えた……。
炎が収まった後もしばらくコンテナを見ていたが、やがて、私はフィルドさんたちがいる所を目指して走って行った。
【クロント支部 実践テスト場】
最初にハンター=ベータと戦った広いドーム状のエリアは煙で視界がかなり悪くなっていた。確か出るときはそんなに煙はなかったハズだけど。
それに煙だけじゃない。床には建物の一部と思われる瓦礫が散乱していた。大きなものから小さな破片までたくさん転がっていた。
「…………!」
ふと空間の隅に目がいった。そこに2人の女性が倒れている。紛れもなく、フィルドさんとデミ・フィルドさんだ。私は2人の近くにまで走り寄る。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「ぐッ、パトラー、か?」
「な、何があったんですか!?」
私はフィルドさんを抱き抱えながら、辺りを見渡す。何か、音がする……。大型の飛空艇の音と似ている。いや、それだけじゃない。大勢の人間の足音もする……。
「建物が爆発した……」
「建物が!? そんな、私自爆装置は確かに止めたハズなのに……!」
「たぶん、外部から、装置が操作されたんだろう。南側は、全部吹き飛んだ……」
南側……。正門や研究所があったエリアだ。北エリアにはハンター=ベータを葬った巨大な兵器工場がある。
そうか、連合軍は生物実験の研究データや全てのクローンを葬る為に自爆装置を再度作動させて何もかも葬ったんだ……。
「……フィルドさん」
「な、なんだ?」
「財閥連合と連合軍の行う人体実験って非道極まりないんですね。人を実験の人形程度にしか思っていない。クローンだって心もあるし、生きているのに……!」
「…………? どうした、パトラー……?」
その時、煙の中から誰かが姿を現した。それも1人じゃない。4人か5人ぐらいいる。薄らと見えるのは装甲服を着た兵士。手にアサルトライフルを握った兵士たち……。
「閣下、いました!」
「おお、生きておるか、すぐに医療部隊を呼べ」
「イエッサー!」
煙の中から聞こえてくる声。聞き覚えのある声だ。閣下と呼ばれた男性が私たちに近寄ってくる。やっぱり彼だ。――政府代表のマグフェルト!
「せ、政府代表!?」
煙の中から現れたのは間違いなく政府代表マグフェルトだった。その周りには4人のアサルトライフルを携えた特殊軍精鋭兵。よく見れば、煙のあちこちにいる兵士たちも全員、政府特殊軍の精鋭兵たちだった。
「マグフェルト閣下、なぜここに……?」
「君たちがクロント地方に向かったと聞いてな、万が一の時の為に軍を出動させておいたのだ。そしたら、クロント支部より大型ヘリが飛んで行ったのでな、何かあったと思い一気に駆けつけたのだ」
マグフェルト代表がフィルドさんの横で話す。その声は極めて落ち着いたものだった。その間に、デミ・フィルドさんがタンカーに乗せられ、運ばれていく。
「閣下、北部エリアの向上より、大量のバトル=アルファを確認致しました」
私とハンター=ベータが最後に戦ったエリアから出て来た将校の男性が言った。そうだ、生体実験の証拠は全部吹き飛んだけど、まだ軍用兵器の証拠がある。これを使えば……。
「軍用兵器には財閥連合のマークが入っています」
「すぐに部隊を増援し、証拠を回収せよ」
「イエッサー」
そう返事をすると、彼は薄らいできた白い煙の中へと姿を消す。
製造した軍用兵器には財閥連合のマーク。もしかしたらこれを証拠に財閥連合を倒せるかも知れない。財閥連合が倒れれば連合軍を倒す事も出来る。何しろ、連合軍=財閥連合といっても過言じゃない。片方が倒れればもう片方も崩壊するハズだ。
「まずは2人とも飛空艇内に戻れ。残りの指揮はわたしが執ろう」
「す、すいません、よろしくお願い致します」
フィルドさんは私の肩に掴まりながら立ち上がると、僅かにふら付きながらもマグフェルト代表にそう言った。
クローンだって生きている。私はここで初めて財閥連合と連合軍の非道さを知った。
――言えなかった。北部エリアのコンテナの中に捨てられていた死体のこと。
「パトラー、どうした?」
「いえ、大丈夫です……。絶対に財閥連合を倒しましょうね。私も……」
「…………?」
コンテナの中にあった死体。それはフィルドさんのクローンたちだった。みんな血まみれの死体ばかりだった。そして、苦しみぬいて、死んだ顔だった――。




