第19話 クロント支部の研究所
【クロント支部 地下1階】
階段を1つ降りたから今いる階は地下1階だよね。
私は少し薄暗い廊下を進む。人通りはない。あってもバトル=アルファばかり。……なんか不安だな。戻ろうかな。
そんな考えが頭を巡った時、私は頭からそれを打ち消す。ここで逃げちゃダメだ! 逃げたらフィルドさんの役に立てない。それにここはかなり怪しい所だ。何かあるかも知れない。
「よし、行こう……」
私は自分自身を鼓舞すると、長い廊下を慎重に進む。無意識の内に足音を立てないように進んでいた。なるべく慎重に、何が起きてもすぐに対処できるように……。
黒色の床。灰色の壁。色々なパイプや配線のある壁。弱い光を発する電灯。時々通り過ぎていくバトル=アルファ。
「そういえばこのフロアって部屋がないな……」
上のフロアには一定の間隔で部屋があった。研究室や資料室、休憩所に会議室など。でも、このフロアには何もない。ずっと奥まで廊下が続いているだけ。施設の中心に向かって。
何となくイヤな予感がしてきた。私はつい、両腰に装備したサブマシンガンに手がいきそうになる。たぶん、少しでも変な音がしたらすぐにサブマシンガンを手に取って構えるだろう。
「っと、落ち着かないと……」
自分自身を落ちつけようとするが、緊張は高まるばかり。心臓がバクバクと鳴り、手が僅かに震える。ちょっとした物音でもついビクッとしてしまう。周りから見れば完全に挙動不審かも知れないな。
そんな調子で私は長い廊下を進んでいく。途中で横への分岐点があったケド、それらを無視して私はひたすら真っ直ぐと進んでいく。
やがて、長かった廊下にも終わりが見えてきた。終わりは分厚い灰色の扉だった。扉の上には赤のランプが灯っていた。ロック中って事だな。
「ここが終わり、か……」
私は扉の横にある端末を調べる。カードを通すスキャナーかな? たぶんそうだ。これはどうやらIDカードがないと開けれないらしい。
私はポケットから来るときに使ったあのIDカードを取りだす。赤をベースに黒のラインが入ったプラスチック製のIDカード。使えるかな……?
解除出来るハズないだろうと思いつつもそれをスキャナーにかける。かけてもしばらくの間、何も起こらなかったが、突然、ランプが緑色になる。そして、扉はゆっくりと、重い音を立てながら開き始めた。
「…………!」
私は目の前に広がる光景に息を呑むも中へと進む。扉の先にあったのは薄暗い研究所だった。第3研究室で見たのと同じ円柱の水槽がずらっと並んでいる。研究室のと違ったのは中に入っているモノだった。
「これが……“人間ベース”の生物、兵器……?」
私はフラフラとした足取りで研究所の中を進む。左右に並ぶのは、――“人間”の入った水槽。紛れもなく人間だ。ただ、その肌は不気味な程、青白かった。顔の隠れた長い髪の毛。細長い腕の先にあるのはキレイな指。そして、スラリと伸びた細い脚……。きっと、全て若い女性だろう。
私はなるべく水槽を見ないようにしながら歩く。実験体にされた人の顔なんてみたらショックで忘れられなくなりそうだったから、ね。
やがて、研究所の奥に辿り着いた。一番奥、壁を背にした1つの水槽。そこにも1人の人間が入っていた。下のプレートには“ハンター=ベータ”……。
「ハンター=ベータ?」
私はその水槽を恐る恐る見る。1人の裸の人間が入っていた。肌の色は灰色をし、一部からは血管が浮き出ていた。胸が膨らんでないから男性だと思うけど、それにしては男性特有の生殖器がなかった。それに、身体の作りがなんとなく女性っぽいような気もする。
「ハンター=ベータだ」
「……えッ?」
私は後ろから聞こえてきた声に驚き、慌てて振り返る。そこにいたのは1人の男性。黒い服を纏った男が立っていた。しわや髭のある顔から年齢は40代ぐらいかな……?
「我々連合軍が創らせた生物兵器ハンター=ベータだ。“政府特殊軍精鋭兵パトラー”」
「…………!!?」
そ、そんな、バレてる!? 今、この男は確かに政府特殊軍精鋭兵パトラーって! なんで、なんでバレたんだッ!?
私は胸が何か見えないものによって貫かれたような感覚に陥る。無意識の内に後ずさりする。でも、後ろにあるのは円柱型の水槽か、壁だけ……。
「ハンター=ベータの素体はお前のよく知る人間だ。いや、今量産されているハンター=ベータも、開発途中にある“ハンター=ガンマ”も、な」
「お、お前は誰だっ……!」
私はなるべく強い口調で彼に言う。でも、その声は完全に震えていた。声だけじゃなく、体も……。
「わたしはやがて創設される“連合政府”の総統ティワード……。つまり連合軍のリーダーと思って貰ってよい」
連合軍リーダー……! コイツが、コイツが連合軍のリーダー!? つまり、財閥連合を操り、その陰に隠れし連合軍のリーダー。人間を人体実験にかける狂気的な組織のリーダー……!
っていうか、さっき「連合政府」って言ったぞ? やがて創設されるとも言ったところを考えると、まだこの世界に存在しない国家なんだろう。
「……連合政府は国際政府に取って代わる世界統治機構だ」
ティワードは私の胸にある疑問に答えるようにして言う。考えを見透かされたようで気味が悪かった。
「こ、この素体は、誰だ! 正直に言え!!」
「…………」
ティワードは近くの机に歩み寄る。その上に散乱しているたくさんの紙の内、一枚を拾い上げ、私に持って来る。私は震える手で差し出された“それ”を受け取る。そして、恐々とA4サイズの紙に目を移す。そこにはあり得ない事実が書かれていた。
『ハンター=ベータ。ハンター=アルファのデータを元にして開発された生物兵器である。その戦闘データは未だ未知数故、量産は行われていない。近いうちに戦闘データを収集する予定である。
こちらの試算では敵の攻撃を受ける事によって体質を変異・改変させ、あらゆる技の耐性を得るハズである。ただ、変異・改変により、暴走する危険性が非常に高く、諸刃の刃のような生物兵器でもある。
尚、この生物兵器の素体に使用されたのは“デミ・フィルド=ネスト”である』
フィルド=ネスト? そのままの意味なら後ろの生物兵器はフィルドさんが素体? で、でも、なんで? フィルドさんは確かに私と一緒にこの施設にきたハズじゃ……?
私は振り返ってもう一度、ハンター=ベータを見る、そういえばあの整った顔はなんだかフィルドさんに似ている……ような気がする。
本当にこのハンター=ベータの素体がフィルドさんなら私と一緒にこの施設に来たのは誰? あの人は誰だったの? もしかして、フィルドさんの幻影……?
「“新たなる時代”は迫っている。『ラグナロク大戦』が始まる日は近い。ハンター=ベータはその時代を勝ち抜くためのアイテムの1つなのだ」
「ラ、ラグナロク大戦……!?」
あの日、8ヶ月前、セントラルタワーの最上階で政府代表から聞いた言葉が蘇る。
――君は1800年の平和が終わり、戦争の時代が始まるかも知れない、ということを知っているかね?
新たなる時代――。平和から戦争の時代へ。世界中を巻き込む戦い。そんな時代がもうすぐやってくる……?
「戦争で世界には一度死んでもらう。多くの生贄が奉げられ、そして世界は新たに生まれ変わるのだ!」
ティワードは不気味な笑みを浮かべ、拳を握りながら言う。どこかその落ち着いた表情には狂気を感じさせた。
私はつい腰のサブマシンガンに手がいく。それと同時に、ティワードは腰から剣を引き抜いた。その剣は刃の部分が黒だった。
戦争。人が人を殺し合う狂宴。人間が一番しちゃダメなことだ。戦争は関係ない人まで巻き込んで多くの人が不幸になる。みんなの笑顔と心を壊してしまうから。
『ラグナロク大戦』。そんな戦争の時代、絶対に来させない。私がここでティワードを捕まえれば戦争の時代は……!




