第96話 天才魔術師様のご指導ですわ。
魔術師のユリシーズは天才の呼び声が高い。なんせ、この世界に存在する炎、水、土、風、氷、雷、光、闇の8属性中、4属性を超える上級魔術を使いこなしているのだから。ちなみに、ジュスティーヌは炎属性持ちだが、他の属性魔法もいくつか使えて、アルフォンスは風属性持ちだが、雷属性魔法に精通している。
属性の中でも光と闇は貴重であり、使い手が極端に少ない。ユリシーズはこのうち闇魔法を使うことができた。
魔法の訓練は、剣術訓練と異なり、最初の1時間目はクラスごとに実施された。天才ユリシーズの指導を一度はしっかりと受けることで、魔法に興味をもち、また将来性のある生徒を選抜するのに役立つという配慮からだった。
「まずは、一人ずつ、自分が一番得意な魔法を見せてください。では、カイト殿下からどうぞ」
カイトはだいぶ使い慣れてきた土魔法「ロックボム」を披露する。彼の地道な訓練の成果もあって、発動速度も、攻撃力も、入学当初とは比べ物にならないぐらい向上していた。
「ふむ。なかなかですよ」
ユリシーズは手を叩いて、彼を賞賛した。
「殿下の魔法は、もう少しズーンという感じにすると、ダダッとなってよりよく魔法が決まるのではないかと思いますね」
「ズ、ズーン、ですか?」
「そうです。具体的に言うと、こうモアモアっとさせて、ターっと魔力を注ぎ込むとズーンとなりますね」
「は、はあ……」
具体的というが、ユリシーズのアドバイスは、あまりにも天才過ぎて、素人にはなかなか理解できなかった。
ジュスティーヌの番が回ってくる。ジュスティーヌは無詠唱で使える得意魔法を放ってみた。
「ファイアーボール!」
「おお、素晴らしい! 聞いていた以上の力じゃないですか、ジュスティーヌ姫」
「ユリシーズ先生、質問なのですが、どうしても無詠唱魔法だと威力が弱くなってしまうのですが」
「うーむ、そうですね。それはやむを得ないことではありますが、改善できる点があるとしたら、アレですね」
「やっぱり、アレですか……」
「そうです。まずは魔方陣を呼び出す際にファファファという感じにしてみたらどうでしょうか? そすうると魔法のエネルギーがキラキラっとする瞬間があるので、その時すかさずにドワドワっとするとよいかと」
「なるほど! わたしくしは今まで、ファファファではなく、ふおふおふおっという感じにしちゃっていましたわ。もう一度やってみますわ」
天才同士だからか、この意味不明な擬音語・擬態語が多発する会話が成り立っている奇跡に、クラスメイト達は感動していた。
「ファイアーボール!」
「おお! うまくファファファっとできたではないですか! 一発で僕の意図を理解するとはさすがです、姫」
「お褒めにあずかり光栄ですわ、先生」
とりあえず、天才魔術師ユリシーズの魔法講座が、学園生全体の底上げにつながるかどうかはかなり怪しいところだが、ジュスティーヌには非常に役に立っていることはわかった。
彼の実技の授業2時間目からは、レベル別となった。上級クラスには、会長フレデリク・副会長エルドリックとソフィーのほか、数名の女子と皇子の剣同盟のルカ、ジュスティーヌなど約10名が選ばれた。ソフィーは魔法を発動させたことはないが、貴重な光属性持ちということで、学園長や生徒会役員たっての要望で、このクラスに入ることとなった。
「上級クラスの皆さんには、まずは魔法発動までの時間を短縮することに取り組んでもらおうと思います。魔術師にとって、魔法を完成させるまでのタイムロスが一番の弱点になりますからね」
目標は、無詠唱で使える魔法を増やすことだ。
「皆さんもご存じでしょうが、魔法の詠唱とは、そもそも魔法の術式を構築し、それを魔方陣という形に描き出す過程で魔法の発動内容を決定する作業になります。つまりは、術式の構築が瞬時にできるのであれば、詠唱を省くことができるというわけです。皆さんは、無詠唱魔法を唱えるときどうしていますか?」
「この辺に意識をワっと集めて、一気にガーッとする感じですわ」
ジュスティーヌの言葉を受けて、エルドリックも答える。
「…………確かに、俺も、ここに意識をグッと集中させて、ハーッとしているな……」
案外、氷の貴公子・エルドリックと気が合う?
「私も同じです。ふぅっと意識を束ねて、うぉーっと解放しています」
3年生の女子生徒ジルも似たようなことを言った。
「その通りですね。ダッと収束させて、んーっと解き放つことがポイントかと」
いえ、全然わかりませんが……と思った生徒も多かったが、”聞くは一時の恥”とは言え、聞けなかった。決して、恥ずかしかったからではない。聞いても理解できる気がしなかったからだ。
「次の質問です。皆さんは、得意とする無詠唱魔法を使う際、何をイメージしていますか? ルカ、どうですか?」
「えっと、俺は雷系の魔法を使うのですが、黒雲が立ち込めて、空全体を覆い、空気が一気に冷たくなったかと思うと、稲光がする様子を思い浮かべています」
「フレデリク殿下、いかがですか?」
「そうですね。僕は水魔法をよく使いますが、水滴が集まっていき、一つの大きな塊となって、ある時は川のように流れ、ある時は静かな湖のような、そんな光景を頭に思い描いています」
実に詩的で美しい光景ではないか。
「……それだと長くねえか?」
「じゃあ、エルドリックは何を思い浮かべているんだ?」
「俺は…………雑草を思い切り引き抜いたら、上だけ抜けて根が地中に残ったところ……だな」
えっと、エルドリック殿下が得意とするのは氷魔法ですよね? 土魔法じゃないですよね? なぜに雑草!? と思う、他の生徒たち。
「あ、わかります。私も、弟の18点のテストを見つけてしまった母が、爆発する寸前の顔を思い浮かべています。姫様は?」
わかるんかい! んなもん、全然わからんわ! とまたしても思うほかの生徒たち。
「わたくしですか? わたくしは、ホールのタルトを8人分に切り分けないといけないのだけれども、それを丁寧に均等にわけるのではなく、目分量でズバッと切る様を想像していますわ」
「いや、それ、発動する魔法とまるで関係ないですよね?」
ついに、天才たちの意味不明なイメージ図に突っ込みを入れるその他の生徒。
「なかなかいい着眼点ですね。無詠唱魔法というのは、瞬時にイメージを紡ぐわけです。だから、似たような情景をじっくりと思い描くよりは、ある強烈なイメージと発動効果を結び付けたほうが効率がいいのですよ」
なんとなく、天才魔術師への道のりは長いと思う、一般生徒たちだった。




