第9話 悪役令嬢に必須の取り巻き獲得のため、悪巧みをしちゃいましたわ!
今日はお待ちかね、剣術・武術の初回実習が行われる日だ。魔法があまり得意でないクラスメイト達もこの時を心待ちにしていた。ここで活躍して己の実力を示すことで、クラス内での立ち位置、さらには今後の学園生活が決定することになるといっても過言ではない。
まずはお互いの実力を把握しあうために一対一で軽く手合わせをすることになった。ジュスティーヌの相手は婚約者がいると話していた伯爵家の令息フランシスだった。
姫様の魔法の腕は流石だったが、裏を返せば剣術はそうでもないだろうと踏んでいたクラスメイト達の予想は軽く裏切られた。
ジュスティーヌは、剣術の腕前も相当なものだった。フランシスはほとんど自分の見せ場を作ることなく、防戦一方であっという間に「参りました」と手を上げた。
この実習のトリを飾ったのはカイト王子とフルード公爵令息の対戦だ。さすがに二人とも腕が立つ。男たちが振り下ろす重たい剣がぶつかり合う音は何とも心地が良い。
ジュスティーヌも彼らの戦い方を分析しながら5回に1回は自分も負けるかもしれないと思った。二人の勝敗は、ほんの少し体力と攻撃力が上回っていたフルードに軍配が上がった。
剣術の実習の際には、必ずと言っていいほど女子の見学者が多数訪れるのだ。この日も一年生の初回の実習だというのに、すでに何人もの女子生徒が男たちの勇姿――将来の花婿候補の威容を見にやってきていた。
雑感を述べさせてもらえるのであれば、このクラスで一番腕が立つ男はフルードだろう。だが、残念なことに、彼はお世辞にも美男子とはいいがたいのだ。女子がキャーキャー騒ぎ立てる相手としては少々役不足といったところか。
容姿も含めると、彼女たちのお目当てとなりうるのは、おそらくカイト王子と平民のケヴィンだろう。といっても、多くの女子生徒たちにとってカイト王子はただの鑑賞対象だ。一国の王子である彼とはそう簡単に恋仲にはなれないのだから(しかも、カイト王子に手を出そうものならば、もれなくあの令嬢軍団が付いてくるのだし)。
ということは、彼女たちが真に狙いを定めているのはケヴィンとなる。これはケヴィンを是非とも栄えある取り巻き第二号としたい。そうすることで、女子生徒の反感を大いに買うことができるだろうから。
これは、男子を友達として虜にする方法をセドリックに相談する必要がある。
いつもはクラスメイトと一緒にカフェテリアでランチをしているジュスティーヌだったが、この日はセドリックのクラスに駆け込んだ。
「セドリックいますか?」
噂のお姫様が教室に現れたので、セドリックのクラスは騒然となった。
ジュスティーヌの想定と異なり、このクラスにおける彼女の評価は、「ものすげー悪役令嬢」ではなく、「魔術に長けた超かわいいお姫様」だった。
実際、ジュスティーヌはパッと見てもジーっと見ても絵に描いたようなお姫様で、悪女の片鱗はなく、とにかくかわいいとしか評価のしようがなかった。
当然、そんなお姫様といつもくっついて歩いているセドリックは「羨ましすぎる男」である。
「おい、セドリック、お前のお姫様がお呼びだぞ!」
クラスメイトに声をかけられてセドリックはジュスティーヌのもとに小走りで駆けていった。
「何のご用でしょうか?」
「相談したいことがあるから、今日のお昼一緒にグランメゾンに行きましょう」
アイツ、あんな美人のお姫様と一緒に食事だなんて、帰ったら処刑だろうという男子生徒たちの目線がセドリックに突き刺さる。
「では、参りましょう」
それにしても姫がわざわざお昼に悪巧み――ではなく相談があるだなんて一体何事だろうか。
二人はグランメゾンの個室に入った。昼間とはいえ、そもそも男女が二人きりで個室を使うなんて、紳士淑女の世界ではご法度だ。個室に入っていく二人を目にした貴族のご令嬢たちはざわめく。
もしや、これがこの姫の悪巧みでは……? また妙な噂を広げられるなぁ……。
セドリックはため息をつきたい気分になる。
「で、相談ってなんですか?」
「あー、えっとね。男が男に惚れて、『兄貴、俺は兄貴にどこまでもついて行きます!』みたいになるにはどうすればいい? あ、でも、実際に男が男惚れする相手は女なんだけど」
「ちょっと、タイム。どういうシチュエーションですか、それ?」
「あー、だから」
ジュスティーヌはケヴィンのことを話した。
「なるほどねぇ……。って、これ、今相談しないとダメなやつじゃないでしょ?」
「まあ、そうなんだけど、一度こうしてセディとグランメゾンの個室使ってみたかったんだよね。男と二人で個室なんて悪役令嬢っぽいでしょ?」
「はぁ、やっぱり……」
セドリックの予想は半分当たっていた。半分は想定を上回っていたが……。
「で、どうすればいいかな?」
「うーん、これはまあ、一般論ですが、男が男のどこに惚れるかって言うと、多くの場合”男らしいところ”かなと。例えば、剣の腕がすごいみたいな? あとは、義侠心にあふれる行動とか」
「なるほど、ということは、素晴らしい行いが必要なのね。悪役令嬢とは結構矛盾する難問ね」
ジュスティーヌはしばらく考え込んだ。
「よし! ケヴィンが暴漢に襲われているところをわたしが助ければいいんじゃない!」
「…………そんなシチュエーションどうやって再現するんですか? まさか俺に暴漢役やれとかいわないよな?」
「あははっ、ケヴィンが襲われるところを待っていたら卒業しちゃいそうよね。じゃあ、普通に親切にするとか?」
「それだと、異性として恋に落ちるんじゃ? まあ、これも一般論ですが」
「ふぅ、悪役令嬢も楽じゃないわね」
しみじみと言うジュスティーヌだった。
「あとは、直接本人ではなく、第三者を助けるっていうのは? 例えば引ったくりにあったお年寄りにかわり犯人を捕まえるとか、ナンパ男に付きまとわれていて困っている女性を救うとか。偶然その場にいて成り行きで助けたってことにすれば、姫のやりたい悪役令嬢ともそう矛盾はしないでしょ?」
目を輝かせながらジュスティーヌは言った。
「それ、いいかも。それにする! 早速今夜から街を巡回するわ」
「では、お供しますよ、姫君」
こうして完璧な悪役令嬢を目指すジュスティーヌは、ケヴィンに男惚れしてもらうという悪巧みを成功に導くべく、街の平和のため力を尽くすことになるのだった。




