第85話 腹黒皇子は悪魔の上、大魔王だった件について、ですわ。
レナードの攻撃は鋭く、重い。まともに当たればそれだけで大ダメージを食らってしまう。
だが、アルフォンスはその攻撃を見切っていて、最も効率のいい方法で回避している。避けたほうがいいときは避け、ブロックしたほうがいいときは一番ダメージの少ない方法で防ぐ。
攻撃を繰り出す回数も、圧倒的にレナードの方が多い。一方のアルフォンスは、様子見程度にたまに手を出す程度だった。
だから、一見するとレナードが圧しているに思えるのだが、実際のところはアルフォンスに攻撃させられている状態に近かった。
3回目の打ち合いを制したのはアルフォンスだった。腹部に向けたパンチをフェイントにして、レナードの注意をひきつけた瞬間にストレートを顔に打ち込んだ。レナードは数歩後ろに吹き飛ばされる。
再びレナードが、連続で打ちかかる。アルフォンスは、何度目かのストレートをかわしながら腕をつかむと、今度は膝蹴りを腹部に入れる。レナードは後ろに飛んで大ダメージを避ける。
体術でもスターレナードよりも上だなんて、バケモノね、あの腹黒エッチ皇子は……。
二人の攻防はしばらく続いた。気が付いたら、レナードは肩で息をし出した。
「そろそろ観客も飽きてきた頃だろう。次で終わりにしよう」
アルフォンスは初めて自分から攻撃を仕掛けた。強烈なストレートを打ち込むと見せかけて、レナードの左腕を取ると、瞬時にクルリと身を返して懐に入り込み、そのまま前方にレナードを投げ飛ばした。
腕を押さえつけられたまま体を強打したレナードのみぞおちに素早くパンチを入れる。レナードは完全に伸びていた。
アルフォンスの言葉通り、本当に次でこの勝負は決着がついた。
ジュスティーヌは、息を飲むような二人の戦いに、我を忘れて見惚れていた。勝負がついたことを知らせる外野からの歓声で我に返る。
あっ、何か言わないと。えっと、めちゃくちゃカッコよかった。じゃなくて! えっと、アルってすごく脚長いのね、じゃなくてぇ!!
「もう、あなたってば本当に強すぎ! この悪魔! 鬼! 大魔王!」
ジュスティーヌは、座っていた玉座から立ち上がって力の限り叫んだ。「カッコよかった、強かった」を悪女風に翻訳するとだいたいこんな感じになったのだ。
「誉め言葉だと受け取っておくよ」
アルフォンスはそう真顔で答えた。アルフォンスが真顔だったので、ジュスティーヌは、少しドキッとした。それを誤魔化すように、「あーあ、この人、どうするの」と、レナードの様子を見に行った。
いつの間にか、鬼ごっこが再開される。ジュスティーヌは、レナードに声をかけてみたが反応がなかったので、とりあえず、自然回復力を増幅する魔法「リジェネラティブ」をかけておいた。
「随分とそいつにやさしいね」
いつの間にか玉座に腰を掛けていたアルフォンスが、後ろから声をかけてくる。別にやさしくしてあげているわけではない。自分を助けようとしてボコボコにされたレナードが、なんとなく哀れで放っておけなかったのだ。なんて答えようと思っていたら、次の声が飛んできた。
「俺もケガしてるんだけど」
振り返ってみると、アルフォンスは自分の頬を指さしている。確かにうっすらと切り傷があるようだった。レナードの攻撃を避けた際に少し掠ったのだろう。
「そんなのケガのうちにはいりませーん。唾でもつけておけば治りますぅー」
いつものように憎まれ口を叩く。
「そう、じゃあ、ジュティがキスしてよ、ここに。ジュティがキスしてくれたらすぐに治る気がするな」
「はぁ!?」
まったくこの男は隙があるとすぐにキスしたがるんだから! このどエロ変態皇子が!
「あ、そういえば、最近の研究だと、傷口に唾をつけるのは、細菌感染の恐れもあるからあまりよくないみたいだったわ」
「ははっ、ジュティ、そろそろこっちに戻ってきて。君が来ないならば迎えに行くよ」
アルフォンスは自分の太ももを軽く叩きながら、ジュスティーヌを呼んだ。ジュスティーヌは、大人しくアルフォンスの元に戻った。そして、少しためらいながらも膝の上にちょこんと座った。アルフォンスは何も言わずに抱きしめてきた。
はぁ、もうこの男、強いからってやりたい放題過ぎじゃない!?
するとアルフォンスが、ジュスティーヌを抱きしめたまま、急に妙な話題を振ってきた。
「ジュティ、もし、本当に俺が大魔王だったらどうする? 勇者と一緒に俺のことを討伐する?」
「はあ? 何言っているの? 大魔王って言ったけど、別に本当にそう思っているわけじゃないし。それに、あなたは、おめおめと勇者とわたしに討伐されていいの?」
「そうだね。勇者と名乗る知らない男に殺されるのは不本意だけど、君にだったらこの命を捧げても構わないと思っているよ」
「なにそれ」
なに急に感傷的なことを言い出すのよ……。さっきまでキス魔の腹黒大魔王だったくせに。
「だけど、願わくば、君と一緒に生きたい」
アルフォンスは抱きしめていた体を少し離すと、ジュスティーヌの目を見つめて真剣な顔で繰り返した。
「ジュスティーヌ、君と共に生きたい」
えっ! ちょっとなに、どういうこと!? 共に生きたいってそれってまるでプ、プロポーズみたいじゃないの。落ち着けー、落ち着くのよ、わたし! このしんみりした雰囲気に流されてはだめよ!
「そんなの、この偉大なる大悪女ジュスティーヌ様に任せておけばいいわ。もし、あなたが人類に仇名す悪の大魔王だったら、わたしがあなたを手下にしてあげる。そして、あなたがその力をものすごーく悪いことに使わないようにちゃんと見張っていてあげる。だから、討伐はしないわ。たぶん、勝てないし」
アルフォンスは真面目な顔つきでジュスティーヌの大演説を聞いていた。それが終わるともう一度ジュスティーヌを抱きしめた。
「ああ、ジュティ、これだから君のことが好きなんだ」
「ちょっと、何度も抱きしめないでよ! 許可してないんだから!」
「渾身のプロポーズだったんだけど、軽くかわされてしまったな。でも、いつかきっと君に言わせてみせるよ、君のその口で、その声で、俺のことを好きだって」
そう言って笑うアルフォンスはいつものキラキラ皇子様のアルフォンスだった。




