第8話 悪役令嬢のイメージ戦略は大事ですわ!
すっかり親しくなったジュスティーヌとクラスメイト達。お昼は学園のカフェテリアで全員一緒に食べることになった。
学園のカフェテリアは平民の学生にとってはオアシスだった。というのも、朝、昼、晩の三食、何を食べても学生は無料だったからだ。
一方、学園にはほかにもいくつかレストランがあった。一つは生徒会の役員と学園内で受賞歴のある生徒しか利用できないサロンドヌールと呼ばれる特別室で、もう一つが王族や貴族の子女向けの有料高級レストランのグランメゾンだ。
多くの貴族たち、特にご令嬢たちはカフェテリアで食事をとることを避け、グランメゾンを利用していた。ジュスティーヌたちのクラスは、トップの二人が平民に対して、自らの特権的な意識を振りかざしたりしない例外中の例外のクラスと言えた。
ということで、このカフェテリアを利用しているのはほとんど平民である。が、生徒数では平民が圧倒的な多数である。貴族もゴシップは大好きだが、あらゆる噂話を恐るべきスピードで広げてくれるのは彼ら平民だ。数の力というのは侮れないものだ。
その点でもこのカフェテリアは情報収集、そして情報漏洩の場として最適なのだ。
悪役令嬢が平民たちと和気あいあいと無料のカフェテリアで食事をするというのは、”悪”にとってはかなりのイメージダウンになるが、それ以上に収穫の方が大きいとジュスティーヌは考えたのだ。
ジュスティーヌとカイトを筆頭にクラスメイトが後に続いた。その様は、まるで「〇〇教授の総回診」を思わせる、ザ・悪の権力者そのものといった光景だった。
と、少なくともジュスティーヌはそう思って、いつも以上に気合を入れて胸を張って歩を進めた。
案の定、ジュスティーヌたちがカフェテリアに入っていくと、今朝、学園で繰り広げられた愛憎渦巻く女たちの戦いについての噂話をしていた者たちはピタリと話をやめる。「あれが、あの?」などといってこちらをチラチラと見てくるものもいる。
「ジュスティーヌ姫、こちらへどうぞ」
真ん中の席をカイトが勧めてきた。そしてカイトはその隣に腰を下ろす。ジュスティーヌの横と正面は貴族の令息が固め、その横に女性二人とほかの男たちが座った。
この席順、めっちゃ悪役令嬢っぽくていい! カイト王子、グッジョブよ!
皆がジュスティーヌに今一番聞きたいのは婚約者の奪い方……ではなく、魔法習得のコツである。ランチの際にもその質問をしてきた者がいた。答えてあげるのは全然構わない。ただ、そんな親切なことをする姿を大勢に目撃されるわけにはいかない。だって、ジュスティーヌは悪役令嬢なのだから。
「魔法は一朝一夕に身につくものではないですし、せっかくですのでお食事の時は違う話題にしませんこと?」
「ああ、そうですよね。早く上達したくて焦ってしまいました。すみません」
その「すみません」最高よ。もっと大きな声で言ってもいいのよ。まるでわたしがあなた方のことをいじめているみたいに周りには聞こえるでしょ?
「それにしても、姫様はそれだけの実力がおありなのに、どうして学園に?」
多くの令嬢が学園に入学する目的は結婚相手を探すためである。いい質問だ。答えようによっては悪女の印象をさらにグレードアップさせることができる。
「あら、あなた、わたくしに『こちらの学園には男漁りに来ましたのよ』と言わせたいのかしら?」
「いえいえ、そんな、とんでもないです!」
ジュスティーヌは敢て『』の中の台詞を大きな声で言った。これで遠くの方で聞き耳を立てている平民たちが寮に帰って、「あの姫、男漁りに来たって認めてたぜ。やっべー悪女だな。あの姫に食われないようにお互い気を付けようぜ」と吹聴して回るに違いない。
「わたくし、すでに『カイト王子を狙っている男狂いの姫』と思われているようですの」
「いえいえ、それは完全に誤解ですよね、ジュスティーヌ姫。あなたのような人が僕なんかを狙う必要なんて全くないのだから……」
当然のことながらカイトがフォローを入れる。それにしても、カイト王子はまた「僕なんか」と自分を卑下するような発言をしている。この人、本当に自分に自信がないのかもしれない。
「僕なんかなんておっしゃらないで」と言ってあげたいところだが、そうするとまるで優しいご令嬢みたいになってしまう。
「だからそんなこと言ってはダメよ。あなたは悪役令嬢なんだから……」
と悪魔Aがささやく。
「でも、逆にそう言うことでさらにカイト王子を狙っている好色姫の印象をさらに強化することもできるじゃない!」
と今度は悪魔Bが誘惑してくる。
良心からくる迷いではないので、彼女にささやきかける天使はおらず、悪魔だけなのだ。
とりあえず今回は悪魔Aの勝利である。
「わたくしにもまだまだ足りない部分がある。だからそれを磨きたいと思ったのですわ。それに王宮で一人訓練に明け暮れるよりも、こういう大勢の人がいる場の方がずっとずーっと有意義ですしね」
悪女としてまだまだ駆け出しで力不足なのだ。それに王宮で高笑いの練習をしても親しいメイド以外誰も聞いていない。悪名をとどろかす場所には大勢の人がいる方が好都合なのだ。
ジュスティーヌの悪役令嬢としての修行の日々はまだ始まったばかりだった。




