第59話 ハッピーな聖女候補たちVS凶器な王子様ですわ。
昼時のカフェテリアは、無料で食事ができるというだけあって、休日にもかかわらず思いのほか混みあっていた。
テラス席で食事をしていたものは悲惨だった。おいしい食事の匂いをかき消すように、生臭い匂いが近づいてきたからだ。それに気が付いた生徒は、慌てて室内へ避難していた。しかし、逃げ遅れた一団が……。そうあの、もぐもぐおいしいイートの聖女候補様ご一行である。
この日も、レッツゴーエンジョイ団の幹部たち――戦闘技術科の平民の同級生8人と、お勉強をした後で食事をしていたのだ。
「はーい、むにゅむにゅあーん、ご飯でちゅよー」
「みみっくも、おいしいイートだお~、あーん」
”むにゅむにゅ”と”みみっく”はソフィーのファンクラブメンバーなのだが、一体元の名前が何なのか、すごく気になる。
それはおいといて、そんな感じでランチタイムを楽しんでいたら、急に生臭い匂いと共にレナードたちが姿を現したのだ。
「うっ、くせえ、なんだ?」
「おええ」
「いやんっ、なにこれぇ。くっさーい。って、肉男!?」
レナード殿下のあだ名は肉男なんだ……。せめて筋肉男にしてやりなさいよ。
テラスにいた聖女候補様ご一行に気が付いたレナードは、声をかける。
「おお、ハッピー娘とハッピーな仲間たちじゃないか! お前らにも俺様の披露宴に参加させてやろう! 感謝するがいい! ははははっ」
ハッピー娘、確かに……。案外、レナード殿下ってセンスある!? っていうか、披露宴って、魚の解体披露の宴だよね?
「ソ、ソフィー、ここにいたら俺ら邪魔になりそうだから、中に行こうか?」
ソフィーの取り巻きのモブ男Aが提案する。すると、レナードはその男をつまみ上げた。
「ひええ!」
「俺に遠慮は不要だ! ん? お前、武術鍛錬クラブにいたなあ? よし、この後俺と決闘するか!? いや、なに感謝は不要だ! はははははっ」
いつものように勝手に話を進めていくレナード。こうなると、他のものはもう何も言えなくなる。余計なことを言うことで目立って、レナードに目を付けられたら大変だからだ。
「ねえ、レナード殿下って決闘のときは武器、何を使うの?」
純粋な好奇心からジュスティーヌがカイトに尋ねた。
「ああ、兄上は武器」
は使わないんだ。基本的には体術だけで戦うからね。と答える前にレナードが被せるように回答する。
「男たるもの! 己の拳ひとつで勝負すべしだああ!」
「拳ひとつ? 片手ってこと? 足技は使わないんですか? ほかの体術は?」
拳ひとつを言葉通りに受け取り、さらに質問を重ねるジュスティーヌ。
「すまないーー!! 俺は卑怯な男だああ! 今まで両手を使ってしまっていたあああ! 足や頭もだあああ! どうか離婚しないでくれええ!!」
うん、大丈夫。離婚はしないと思う。そもそも結婚していないから。
レナードは頭を抱え込むと、近くにあった鉄製のテーブルにガンガン頭を打ち付けた。
「殿下! レナード殿下やめてください。お強い殿下に攻撃されたら、テーブルが壊れてしまいますわ」
慌ててジュスティーヌが止めに入る。鉄のテーブルはゆがんでしまっていたが、レナードの額は少し赤くなっているぐらいで無傷だった。
この頭で攻撃されたら、普通の人間だと死ぬわ、これ……。
悪意なき生ける凶器・レナードの鋼鉄を超えた強靭な身体に、ソフィーたちは完全に恐れをなし、言葉を失っていた。
「それよりも、殿下。早くこの魚をさばいてください。わたくし、お腹が空いてきましたわ」
まるで凍り付いた辺りの空気を溶かすように、ジュスティーヌがそう催促した。彼女は空気が読めるできる女。なわけはなく、単純にはやく魚をさばくところが見たかったし、この魚を食べてみたかったのだ。
「お、おう! そうだった! 愚弟よ! お前の剣を貸すのだ!」
「嫌ですよ。厨房に行って包丁や必要な道具を借りてきましょう。申し訳ない、ジュスティーヌ姫。ここで少し待っていて」
そう言うと、カイトはジュスティーヌと魚を残し、兄の背を押しながらカフェテリアの室内へと消えていった。
鬼の居ぬ間に洗濯ではないが、肉男が去ったことで勢いづくソフィー。
「はあ、もう。ジュリジュリってば意地悪なんだから、くすん。あたし、泣いちゃいそう。レッツゴーノ―エンジョイえんえんだよお」
えっ、わたし何もしてないけど? しかも、ノーエンジョイならば、そもそもレッツゴーじゃないのでは?
「あたしが肉男、怖いの知ってて、いじめるために連れてきたんでしょ? そーいうのよくないと思う。めっだよぉ!」
「ソフィー大丈夫? マジで怖かったよなぁ」
親衛隊の面々が彼女に同調はするものの、ジュスティーヌを責めることはしなかった。もしソフィーに続いて彼女を糾弾している間に、あの殿下が戻ってこようものならば、彼らの命は失われたも同然だ。
「それに、ジュリジュリってばやっぱり超エッチ!! アルフォンス殿下にフラれたからって、肉男に乗りかえるなんて! エッチな身体が好きだからってエッチすぎる!」
いや、だから、フラれてはないし。それに、エッチ度で言ったら、どう考えてもあの腹黒皇子の方がエッチでしょ!?
「悪いけど、レナード殿下は全然エッチなんかじゃないわ!」
「うそ! 絶対にすっごいエッチなんだから!」
「ソフィーは殿下の何をもってしてそんなにエッチエッチ言うのかしら?」
「もう、見るからにエッチでしょ! すぐに触ろうとするしぃ」
「えっ、ソフィーさん、殿下におさわりされたのですか?」
「えっと、触られたのはあたしじゃなくてジョンピーだけど」
「ジョンピー!? 誰ですか、それは?」
ジョンピーは恐る恐る手をあげた。さきほどレナードにつまみ上げられ、決闘を申し込まれていたモブ男A氏である。
「えっと、あれはおさわりされたのではなく、締め上げられようとしていたのでは?」
あれはとりあえず、おさわりなどと言う生易しい感じではなかった。




