第57話 腹黒皇子に会えないからって、全然淋しくなんてないですわ。
ジュスティーヌは久しぶりに暇、ではなく平和な週末を過ごすことになりそうだった。
というのも金曜日、PDFの活動を終えて寮に戻ると、侍女のメリーが神妙な面持ちで報告をしてきたのだ。
「アルフォンス殿下の使者からの言伝です。殿下は今、魔物の討伐に赴いているため、この週末は姫様とお会いできないとのことです。お詫びにといって、新作のタルトを置いて行かれました。残念ですね、姫様」
「魔物の討伐!? それは確かに残念だわ……」
う、羨ましすぎる。連れて行ってもらいたかったけれども、きっと冒険者ランク的に難しいのね。早くわたしも高ランク冒険者になりたい!
「ああ、本当にすっごく残念だわ!」
そう無意識のうちに口にしながらも、ジュスティーヌはレアチーズとマスカットのタルトに舌鼓を打っていた。
翌日、そういえば恋愛の女神としての仕事をすべく、ジャーナリズムクラブにでも行こうと思い寮を出たジュスティーヌは偶然カイトと出会う。
「あれ、ジュスティーヌ姫。今日は、デ、デートではないの?」
「かくかくしかじかで、今日は一人よ」
「そっか、それは残念だったね」
「本当よ、残念すぎるわ」
本当に残念そうにしているジュスティーヌを、カイトは少しだけ複雑な気持ちで見つめた。
「あ、そうならば、ジュスティーヌ姫。僕と一緒にカタリナ先生のところに行かないかい? この前起きた事件について話を聞きに行くところだったんだ」
少し前に誰かに操られているっぽい暴漢たちが、ジュスティーヌとレナードに返り討ちにあった事件について、カイトは教師に会いに行くことになっているらしい。何らかのことがわかったのであれば、それは是非とも話を聞いておきたい。
「わたくしも気になってはいたのよ、その後どうなったのか。ご一緒しますわ」
二人は昨日の鬼ごっこのことや、海坊主が女性たちに不審がられたことなどを語り合いながら歩いていた。
しばらくすると見えてきたカフェテリアのテラス席では、ソフィーが8人ぐらいの男たちと談笑している姿が目に飛び込んできたが、目的があったのでそのまま通り過ぎようとする。
「あっれー、カイカイにジュリジュリじゃない! おはぴーす!」
おはぴーす!? おはよう+ピースってこと!? しかも、カイカイ!? なんか背中がむずむずしてきたわ。相変わらず突っ込みどころ満載の聖女様ね……。
「あ、どうも、ソフィー嬢。ご機嫌いかがですか」
礼儀正しいカイトは普通に返事を返す。
「あっれー、ジュリジュリ、えつ、えー! もしかして、もしかして! アルフォンス殿下にフラれちゃったの!? えー、うっそー! かわいそー! あたし涙がでちゃいそぅ」
相変わらずこの女は人の神経を逆なでするのが得意ね……!
「フラれてませんから! 昨日の夜もわたしのためにタルトを届けてくれてますから! それに、キ、キ、キ、キ……」
キスの予約済みの仲だと説明したいのだが、言葉が出てこない。落ち着こうとして、目を閉じて深呼吸をしようとするが、瞼の裏にアルフォンスの顔が浮かび、「ファーストキスはもう少しロマンチックなところでしよう」と話す声が頭の中に響き渡り、脳みそが爆発した。
「えっ、じゃあ、浮気!? 二股!? えっ、ジュリジュリってば本当にすごくエッチ!! 純粋なカイカイをもてあそんだら、めっ、なんだよぉ! ぷんぷんなんだからねっ!」
「ご、誤解ですよ、ソフィー嬢。僕たちはこれから先生に会いに行くんであって、やましいことは何もないですから」
常識人、カイトもこのソフィー嬢がかなり苦手ではあった。だが、同じ生徒会のメンバーでもあり、会長・副会長のお気に入りなので、邪険にはできない。極力丁寧に説明はした。理解してもらえたかどうかは不明だが。
ジュスティーヌは相変わらず頭の中で火山が噴火していて、「キ、キ、キ……」と繰り返していた。ソフィーの渾身の口撃――”エッチ”も、”めっ”も、”ぷんぷん”も、残念ながら聞こえず、何のダメージも与えることはなかった。
「さあ、行こう。ジュスティーヌ姫」
カイトはそう声をかけるが、どこかの世界に精神が分離して飛んで行ってしまっているジュスティーヌには届かない。しかたなくカイトはジュスティーヌの目の前でパンッと手を一回打った。ようやく我に返るジュスティーヌ。
「あっ、えっと何でしたっけ?」
「カタリナ先生に会いに行こう」
「ああ、そうでした!」
そういうとジュスティーヌはさっさと歩きだした。
レナード兄さん、僕たちの遅い初恋はどうやら実りそうにもないですよ……。
カイトはそう心の中でつぶやくと苦笑いを浮かべ、ジュスティーヌの後について行った。彼女の美しい黄金色の髪が陽の光を浴びて、一際輝いて見えた。カイトは思わず、その髪に手を伸ばしたくなった。アルフォンス殿下であれば、ためらいなく彼女の髪に手を伸ばして、撫で、手に取り口づけをするのだろう。
”あの男”とかなんとかいいながらも、ジュスティーヌも彼を拒絶はしていない。大人しく抱きかかえられるし、デートにも行って、キスの予約にも応じている。
自分が同じようなことをジュスティーヌにしようとしたら、一体彼女はどのような反応をするのだろうか。怒るだろうか、嫌がるだろうか、それとも少しは照れてくれるだろうか。
カイトはほとんど衝動的に、ジュスティーヌの美しい金髪に手を伸ばしていた。
ジュスティーヌが振り返る。
「あ、その」
カイトはどう言い訳をしようか必死に考えた。
「もしかして、虫が止まってた?」
「えっ、あ、うん」
「ああ、もう、本当に嫌になるわ。わたしの髪、なぜかカメムシに好かれるのよ」
「そ、そうなんだ。虫は黄色い花に寄る性質があるらしいからね。花と間違えたのかな?」
急に色気のない会話になってしまった。やっぱり、アルフォンス殿下のようにはいかないなと思うカイトであった。




