第52話 悪役令嬢のわたくしが精神にダメージを負うなんて悪夢すぎますわ……。
「子どもは5人は欲しいなあ! いや、8人だ!」
なんか、めちゃくちゃ先走ってるんですけど、この人……。
ジュスティーヌはぽかーんとしながら、レナードの独り言を聞かされていた。
すると、アカネがカイト王子を連れてこちらへ駆けてくる。
「姫さまー、大丈夫ですかあ!?」
アカネが急いた様子で少し離れたところから声をかけてくる。
「いや、ダメかもしれないわ……」
茫然自失となったジュスティーヌはつぶやくように答えた。
その場にはほぼ無傷で転がっている男が9名とボコボコにされた男が1名倒れていて、タンクトップ姿のマッチョと美しい姫が佇んでいた。
姫は全くの無傷っぽいのに、何がダメなのだろうかとアカネは不思議に思う。
すると隣を走っていたはずのカイト王子の足がピタッと止まる。
「あ、兄上……」
えっ、兄? この10人プラス1名の男の中にカイト王子の兄が!?
それっぽい風貌の人物は一人もいないのだけどと、アカネもジュスティーヌも疑問を抱く。
「おお、カイト、我が愚弟ではないか! 久しぶりだな! ははははっ!」
タンクトップのマッチョが声を上げた。
お前かーー!! って、愚弟っていうけど、あなたのほうがよっっっぽど愚兄感を醸し出しておいでですけど……。
確かに二人の風貌は全くと言っていいほど似ていなかった。
カイト王子は色白ながら引き締まった体つきをしていて、髪は濃いブラウン、深い青みがかった瞳で優し気な容姿の貴公子である。
一方のレナード王子は日焼けしたゴリマッチョで、背中まで伸ばした赤色の癖毛に金色の瞳をしていた。精悍な印象の、イケメンといえばイケメンなのだが、王子というよりはどっかの海賊のような容貌だった。
もちろん、見ての通り、性格も真逆である。
「ガハハハッ、喜べ愚弟よ! この乱世の奸雄と評されし兄はついに結婚が決まったぞ!」
へー、誰とでしょうかねぇ……?
「すみません、ジュスティーヌ姫、兄が失礼を働いていないだろうか?」
カイトがめちゃくちゃ申し訳なさそうにしている。
「あ、いえ、今のところは。ずっと独り言をおっしゃっているだけですので……」
「そ、そうであれば少し安心したよ……」
「では、愛する麗しの姫よ、教会に参りましょうか! 海に沈む美しい夕日が、二人のほとばしる情熱を思わせる絶景の孤島に建つ教会があるのですよ、うむ、式はそこで挙げるとしよう!」
ジュスティーヌとカイトが会話をする間も、レナードは淡々と一人で話し続けていた。
一応、夕日が見える教会を結婚式場に選ぼうという、常識的な美的センスはあるらしい。
「ところで、あなたを襲ってきた暴漢とはこの男たちだろうか?」
「ええ、皆気を失って、今は眠っていますわ」
「ああ、しまった! ウェディングドレスの準備がまだでしたな! 仕方がない! この際、水着で済ませましょう!! うおおおお! これぞ男のロマン!」
聞こえない、聞こえない、わたしは何も聞こえていない。
「すまない、アカネ、この人たちを医務室に運びたいから、もう何名か男手を探してきてもらえないかな?」
「承知しました。では、少々お待ちを」
「ハネムーンは南西諸島に行きましょうか! あそこのイカ料理はなかなかイカした味ですぞ! なんつって、はははははっ!!」
ちょっと面白いことになっているのでこの場を離れるのは非常に残念でならないが、アカネは急いで武術鍛錬クラブの訓練場へと向かった。
「この男たちの様子がおかしかったとアカネから聞いたのだけど」
そうカイト王子に聞かれて、ジュスティーヌは自分が感じた違和感について説明をした。その間も、レナード王子は一人で夢物語を語り続けていた。
「なるほど、それは確かに精神系の魔法でもかけられていたのかもしれないね。まずは当人たちが目覚めてから話を聞く必要があるだろうが、念のため先生に報告しておこう」
そんな会話をしていると、アカネに連れられてセドリックやケヴィンなど武術鍛錬クラブの男たち30人ぐらいが走ってやってきた。
そんなに大勢いらなくない? と思いつつも、なんというか、大勢の男たちが走ってくる様はとても壮観だった。
「レ、レナード殿下!?」
男たちは、まずめちゃくちゃ目立つ風貌の男を見てたじろいだ。
レナードはこの学園の第三学年に籍を置く、フィデリス王国の第二王子で、現在決闘ポイントで圧倒的にトップに立つ男だった。
普段、学園の授業にはほとんど姿を見せず、在野で独自の修行を積み、気が向いたら武術鍛錬クラブを訪れては、そこの男たちを素手でボコボコにして決闘ポイントを稼ぐことで有名だった。
「おう、お前ら! よくぞ我が結婚式に駆けつけてくれた! 間に合って何よりだ!」
「姫様、ご無事ですか?」
結婚式とは一体何のことだと思いつつも、セドリックはジュスティーヌの様子を確認した。
「体は何ともないけれども、なんというか心が、精神が、すごい敗北感に苛まされているわ……」
この男の強烈すぎる存在感が、悪役令嬢として学園に君臨していたはずのジュスティーヌの見せ場をすべて持って行ってしまったのだ。ジュスティーヌにとっては、主役の座を奪われる衝撃だった。
「……お察しします、姫様」
「ジュスティーヌ姫、申し訳ない、兄が暴走しているようで……もしかして兄にプロポーズされたとか?」
「いえ、たぶん、されていませんわ。そういう一般的な手順をすべてすっとばして何やら夢想されているようですので……」
確かに、一度も「結婚しましょう」とか、「お付き合いしてください」とかそういったことは言われていない。
レナードは急に子どもの人数を語りだし、次に理想の結婚式について一人語りしているのだから。
とりあえずこれから海辺で結婚式をするらしいレナードを置いておいて、武術鍛錬クラブの面々は倒れている男たちを医務室へと運び込んだ。
そして、ジュスティーヌ、アカネ、カイトは教員の研究棟を訪問して、精神魔法の研究を行っている教師に事の顛末を報告しに行った。
レナードは当然のようについてきながらも、上機嫌で終始しゃべり続けているのだった。




