第5話 いい人王子に悪役令嬢っぷりを褒められてしまいましたわ。
「ジュスティーヌ姫様、お疲れでしょう。学園はいかがでしたか?」
初日のガイダンスが終わると教室にセドリックが迎えに来た。こんな風に男が迎えに来るなんて、クラスの中でもジュスティーヌぐらいである。これではまるでセドリックを下僕のようにしている悪役令嬢そのものではないか。
「初対面の人がいっぱいだし、悪役令嬢としての学園デビューでめちゃくちゃ気を遣ったから疲れたよー!」とでも言いたいところだが、真の悪役令嬢はそのような弱音を人前で吐くことはない。
「ふんっ、セドリック、お前、わざわざわたくしを迎えにくるなんて、臣下として忠勤に励んでいるじゃないの。さっ、わたくしを寮まで案内なさい。そうだわ。同じ寮に帰る予定の者がいれば、わたくしとセドリックについてきてもよろしくってよ」
たくさんゾロゾロ引き連れて歩いたほうが悪女っぷりが引き立つと思いクラスメイトに声をかけた。
「それじゃあ、同行させてもらってもいいかな」
なんとカイト王子が釣れてしまった。ついでにアカネと平民のマイクとボブも付いてきた。
「ジュスティーヌ姫は堂々としていて自信たっぷりで羨ましいよ」
なんとカイト王子が話しかけてきた。
「えっ? わたくしが羨ましい? カイト殿下も悪役に憧れているのでしょうか?」
「悪役?? そういうわけではないかな。あ、それと僕のことはカイトでいいよ」
男の人を名前で呼ぶなんて、いつぞやの変態皇子との悪夢を思い出すからやめてほしい。だけど、確かに彼はクラスメイトだ。今のところあの変態皇子と違って妙な下心はなさそう。
「わかりましたわ。カイト。ただ、わたくしのことはしばらくは敬称を付けて呼んでくださいませ。男女が気軽に名前で呼び合うのは様々な憶測を招くことになって、あまり良いこととは思いませんので」
憶測を招くのは、実は別に構わないが、呼び捨てにされるのは悪役としての格が落ちる気がして許しがたいのだ。
「もちろんだよ、ジュスティーヌ姫。あなたの言っていることは正しい。正しいくても言いにくいことを堂々と言えるのが羨ましいと思ったんだ」
それはもう、悪役令嬢ですからっ! 発言は堂々としたほうが悪っぷりが際立つのよっ! えっへん!
「あなただって、堂々とご自分の意見を言われているではないですか?」
わたし、つまりは悪役に憧れている、それを表明できることは立派な意見だと思うけど?
「そうかな? そう思ってもらえているならば少し自信が持てるな。ありがとう」
「この程度のことでお礼を言うなんて、あなたって少しお人よし過ぎませんこと?」
「そ、そうかな?」
「もし、お望みとあらば、わたくしが堂々としていられる秘訣をお教えしてもよろしくってよ」
二人の会話を聞いていたセドリックは、(カイト殿下、それだけは絶対にやめたほうがいいですよ)と思った。
◇ ◇ ◇
「で、ジュティはいつまでその悪役令嬢ごっこを続けるの?」
寮に戻るとテラスでジュスティーヌとセドリックは、侍女のメリーが入れてくれたお茶を飲んでいた。
「ずっとよ。少なくとも、わたしが悪女って評判が大陸中に行き渡るまでかな。セディも今日みたいにまた協力してよね」
「大陸中とは、なかなか壮大な計画だね……。協力するのはいいけどさ、疲れない?」
「まあ、少しは疲れるかな。だけど、何事も努力なしに成し遂げられるものなんてないのよ! それに、これはわたしが幸せになるために必要なの!」
なんか、わたしちょっといいこと言っちゃったんじゃない~!
「そもそも、どうして幸せになるために悪役令嬢を演じる必要があるのさ。むしろ逆だろ?」
「だーかーらー、わたしと結婚したいと思わせないためだって、大陸中の男たちに」
そういうとジュスティーヌは好物のタルトを口に運んだ。
「んーっ! メリー、このチェリータルトすっごくおいしい。さすがは商業都市・パックスウルブスね。これ、同級生の女の子たちにあげたら喜ぶかな? ねえ、今度二人を連れてきてもいい?」
「私は構いませんが、姫様はそれでよろしいのですか? そのお嬢さんたちにお優しい姫だと思われてしまうのでは?」
メリーはジュスティーヌが幼いころからの味方で、いつも的確なアドバイスをくれるのだ。
「大丈夫、同級生の女子を買収する悪女ってことにすればいいでしょ! ついでにわたしがご馳走した事実を皆に広げるように強要したってことにしよう、うん、我ながら名案だ」
セドリックは「たははは……」と力なく笑うと、チェリータルトを平らげて自分の部屋に戻っていった。
明日はいよいよ魔法の実技の授業がある。ジュスティーヌは初日の疲れもあってあっという間に眠りに落ちていた。
翌朝、ジュスティーヌは悪役令嬢らしくセドリックを従えて登校した。当然、彼女の荷物はセドリックに持たせている。
堂々と歩いていたら先輩と思われるご令嬢たちがこちらを見ながらヒソヒソ話をしている。
「えー、うそ……」
「まあ……いやねぇ……」
そんな台詞が聞こえてくる。
素晴らしい! これって一日にしてすでにわたしの悪評が広がっているということでは? 同級生諸君、いい仕事をしているじゃないの!
ジュスティーヌは歌いだしたい気分になった。
すると今度は、明らかに敵意をむき出しにしたどこぞの令嬢と思しき一団がジュスティーヌの進路を塞いできた。
これぞ、学園生活の醍醐味。先輩に生意気だと目を付けられて「ツラを貸せ」と呼び出しをくらい、リンチされた挙句、カツアゲをされるイベント発生か!?




