第28話 イケメン皇子が悪魔だったことに気が付いてしまいましたわ……。
「この後、どんな予定があるの? 忙しいと言っていたけれど」
「刺繍をしようと思っていて」
「刺繍? ああ、ジュティは刺繍が得意だったね」
「なぜそれを?」
「セドリックが剣術大会で持っていたハンカチの刺繍、あれは君の作品だろう? ヒドラをデザインするなんてなかなかないからね。彼が一回戦で負けてしまったのは残念だったけどね」
「剣術大会を見に行ったの?」
「うん、まあ、俺が審判だったから。毎年、剣術大会の審判はOBが務めることになっていてね」
なるほど。それでセドリックとも接点があるのね。ところでこの人、皇位継承権が低い第二皇子とはいえいくらなんでも暇すぎじゃない? ダンジョンにもいっているようだし、本業は冒険者なのかしら? 無駄に名剣を持っているし。だとしたら羨ましすぎる!
「寮まで送るよ。君に護衛は不要だろうけど」
「あっ、待って、お土産にタルトを買って帰りたいの」
ジュスティーヌは侍女のメリーとセドリックと後は自分が夕食後のデザートに食べる分のタルトを注文した。お代を払おうとすると「お金はいいから、今度俺にも刺繍をしてよ。そうだな、ドラゴンがいいな」という。
男にご馳走させた方が悪役令嬢っぽいかと思い、素直に応じることにした。
「わかったわ。あなたはわたしにタルトを賄賂として贈り、わたしはその見返りに刺繍を賄賂として贈るというわけね」
店を出ようとすると支配人以下従業員一同そろって、「姫様、お気に召していただけましたならば、またご来店くださいませ。お待ちしております」と挨拶してきた。「とてもおいしかったから、また寄らせていただくわ」と素直な気持ちを返した。
店を後にした二人だが、店の前にはまだ行列が続いていた。ジュスティーヌは行列に目をやりながら、「ただ、このお店、凄く混んでいるから同級生ときたとしても入るのが大変そうね……」と悩まし気にしていると、
「俺と来るならばいつでも裏口から入れるよ」
と腹黒皇子が耳打ちしてくる。
こ、この男、腹黒い上に、もしかして心が読める!?
ジュスティーヌが驚愕の表情を浮かべていると、すべてを悟っているような表情でアルフォンスが微笑む。
やばい、これは絶対にわかっている! 心が読める魔法なんてあったかしら……。そんなのできるの悪魔ぐらいでしょ? はっ、もしかして、この人悪魔かもしれない。だから、裏口とか賄賂とか全然平気なんだ。それによくよく考えてみたら、この人、さっきのお店出るときにお金払っていないじゃない! 無銭飲食は完全アウトでしょ! この悪魔め!
「大丈夫。全部わかっているわけじゃないよ」
って、絶対にわかってるでしょー! どう考えても心読んでるよね!? なんでわたしの心の声と会話が成立しているわけー!?
ジュスティーヌが疑っているようにアルフォンスは心が読めるわけではないが、表情が全部顔に出てしまう自称悪役令嬢のジュスティーヌが考えていることはなんとなくわかるのだ。
無心になれ、無心になるのだ! この男の前では邪念を捨て去るしかない!!
(本当に、あなたは面白くて愛らしいお姫様だよ)
無心になるべくぎゅっと目をつぶっているジュスティーヌを優しい眼差しで見つめながら、アルフォンスはその手をそっと握った。
アルフォンスに送ってもらい学園の門の前までくると黒山の人だかりができていた。こんなに人が集まっているとは何か事件でもあったのだろうか? ジャーナリズムクラブのハッサン部長やオリビア副部長の姿も見えるではないか。
アルフォンスは当初寮まで送ると言っていたが、この状態をみて苦笑いを浮かべた。
「ごめん、ジュティ、俺はここで帰たほうがよさそうだ。じゃあ、またね」
そう言うとジュスティーヌの手の甲にキスを落とし、その手に先ほどのお土産のタルトを握らせ手を振りながら去っていった。
門扉の柵にしがみついた群衆たちは、もはや半狂乱となっていた。
「姫様、お帰りなさーい!」
オリビア先輩が手を振り叫ぶように声をかけてきたので、ジュスティーヌは彼女のもとに駆けより「事件でもあったんですか?」と聞く。
「そうね、これは十分事件と言える事態だわ! 詳しくは週明けにクラブで!」
ちょっとした会話をしているうちに先ほどの人だかりは解散してまばらになっていった。
もしかして、この人たち、アルフォンス皇子を見たくてここで待っていたの? あの悪魔皇子、そんなにも人気なのね……。
寮に戻るとそこにも多くの人が待ち構えていた。
残念ね、あなたたち、皇子は校門の前で帰ってしまったのよ。
妙に興奮気味の人たちが「どうでした?」と聞いてくる。
「どうって何がですの?」
「もう、アルフォンス殿下がですよ!」
「ああ、あの方は」
裏口、賄賂、無銭飲食の腹黒で心が読める恐ろしい悪魔だったわと言おうとしてやめる。これでは悪役度で完全に負けているではないか。相手の評判を貶める、いえ悪であると宣伝しないのだからむしろ褒め称えるべき?
「とても素晴らしい殿方でしたわよ!」
どうだ、悪魔皇子! あなたが必死に下げようとしていた評判、わたしがあげてやったわよ!
すると女子生徒たちがしつこく「どこがどう素晴らしかったのですか? 詳しく教えてください!」「お二人で何をなさったのですか? 殿下のアレはやっぱりすごかったですか!?」などと聞いてくる。
彼の素晴らしいところ。うーん、名剣を持っているところ? あと顔と身体と武術の腕前? 魔法だって人の心が読めるぐらいだからすごいに違いないわ。でも、そんなのみんな知っていることで……。うーん、なにかいい答えはないかしら、相手を褒め称えて、こちらを貶めるような……。はっ! こういう時は、これよ!
「うふふふふっ。それは、わたくしの口からはとても言えないわ。秘密よ。二人だけのヒ・ミ・ツ」
そう聞かされた女子生徒たちは騒然となった。
ジュスティーヌは悪役令嬢っぽい回答ができたことに満足し小躍りしながら自分の部屋へと戻っていった。




