第22話 拝啓、変態皇子殿、普通過ぎるワルツを踊らせていただきますわね。
アルフォンスに腰を抱かれ、近距離で見つめられ、一瞬思考停止するジュスティーヌ。
カムバーーック、ジュスティーヌ! だめよ、この変態に思考を乱されちゃ! 落ち着け、落ち着くのよ!
かちんこちんになりながらも、自分がこれから為すべきことを確認する。
よそ見ができない……つまりはこの前のように足技合戦を求めているのね、この男は。…………ふっふっふっ、甘いわ! あなたの企みには乗ってやらないんだから。今日のわたしは普通に踊るつもりなのよ、ごくごく普通に!
そんな二人の様子をフレデリク皇子とソフィーだけは、なぜか苦虫をつぶしたような顔をして見ていた。
ジュスティーヌは、フレデリクとソフィーがどんな顔をしていたのかまでは見ていなかったが、さすがにこの周りの空気感には気が付いた。
学園の人気者だったアルフォンス皇子が、男好きの性悪姫の毒牙にかかり、魅了された結果、二人がダンスのパートナーとなったことに驚いているに違いない。
実態は、意地悪で変態。だが、一見すると善良そうにみえるこの皇子は、ジュスティーヌが悪役令嬢としてその名をとどろかせるに際して、案外使えるのかもしれない。
ジュスティーヌの脳裏には、この先、この男と関わると起こるであろう、各種悪役令嬢的イベントの数々が駆け巡っていた。
フロアの中央に足を運ぶと、学園の管弦楽団が奏でる上品なワルツが流れてきた。ジュスティーヌは絶対に相手の足を踏まないように普通のお姫様っぽく優雅に踊った。
だけど、「どうだ! 普通でしょう! 残念でした!」と顔に大きく書いてありそうな表情で。
アルフォンスは目を細め、笑みを浮かべ、ジュスティーヌを愛おしそうに見つめながらダンスをリードする。
あれ? おかしいな。もっと悔しそうな表情をしてほしいんだけど、なんでこの人ニコニコしているの?
最初こそ若干ドヤ顔だったジュスティーヌは、相手が全く表情を崩さないので不安になってきた。
不安そうな表情をしていたら、急に相手のステップが激しくなる。
この男、やる気ね……! わたしがついていけないとでも思っているの! こっちはその程度のステップでよろけるほど生半可なトレーニングはしていないんでっ!
なんというか、体幹がしっかりしていて力強い男とダンスをするのは、踊りがいがあって想像以上に楽しいものだった。
気が付くと音楽が終わっていて、会場からは拍手が巻き起こった。
ジュスティーヌは「超楽しかったー!」という顔をしていたことに気が付いて、急いで己の気を引き締め、主君の仇討ちを誓う浪人武士のような渋い表情を作った。
「もう一曲お相手願えませんか?」
アルフォンス皇子が聞いてくる。
「で、ですから」
婚約者でもないのに連続で踊るのはどうかと思うという前に、アルフォンス皇子が一歩近づいたかと思うとささやいてくる。
「今、ここで私と踊らないと他の男が誘いにきますよ。いいんですか?」
確かに、先ほどのダンスを見て、次は自分だと言わんばかりの顔つきでこっちを見ている男たちがいるような気がする。
「私と連続で踊っておけば、あなたは私の婚約者であると周りに誤解を与えることができると思いませんか? そうすれば、あなたに婚約を申し込んでくる不埒な男もいなくなる……」
ううっ、なんという誘惑の仕方。まるでこちらの意図を見切っているみたいだわ……。
「……仕方がないわ。今回だけはあなたともう一曲踊ることにするわ。いわば名誉の戦死による戦略的な撤退ってやつよ。仇討ちを誓った武士だって、昼行燈の振りをして世間の目を欺いたわけだし……」
若干意味不明で物騒な物言いをしながらも、ジュスティーヌはアルフォンス皇子ともう一度ダンスを踊った。
今度のワルツは先ほどの曲よりもアップテンポだったこともあり、ジュスティーヌはさらに楽しいと思ってしまった。
アルフォンス皇子の目論見通り、会場にいた人々は相当驚いた様子で二人を見守った。
まさかあのアルフォンス皇子が新入生の姫と懇意にしていて、二度もダンスを踊るとは。
この学園の二年前の卒業生であるアルフォンス皇子は老若男女問わずモテモテだったが、在学中誰ともダンスを踊っていないのだ。
卒業後に参加した去年のパーティでも当然誰とも踊っていない。
それがここにきて急に一人の姫と二度もダンスを踊ったのだ。これは二人の関係はただならぬものだと言っているようなもので、ジャーナリズムクラブの言葉を借りると世紀の大スクープだった。
当然、ジュスティーヌはそこまでの事実は知らない。あとでセドリックにこの男のことを聞いてみないとと思った。
二曲踊り終わったところで、「喉が渇きましたね。何か飲みましょう」とアルフォンス皇子が提案してきたので、踊りからは解放された。
ジュスティーヌはお姫様とは思えない飲みっぷりでグレープジュースを2杯飲み干した。
この皇子はいつまでわたしの隣にいるのかしら? 有名人なんだろうから、とっととあっちにいってほしいんだけど。まぁ、男避けにはなっているみたいだから我慢するかぁ……。
「ところでジュスティーヌ姫、明日は学園はお休みですがご予定はありますか?」
「はっ?」
なんで、あなたにわたしの予定を教えないといけないわけ?
「明日も明後日もやることがたーくさんあって、一年ぐらいはとっても忙しいですわね!」
嘘ではない。明日はジャーナリズムクラブに行って過去の資料から各王族の婚約状況を調べる予定なのである。あとは寮でのんびり……いや必死に刺繍でもしようかと。
「そうですか。それは残念です。街においしいと評判のタルトの店があるのでご一緒したいと思ったのですが……」
くっ……この男、なぜわたしがタルトに目がないことを知っているのだああ!!
「あっ、そういえば、明日の午後、ほんの少しだけ時間がありそうですわ。あなたはしつこそうですし、仕方がないので、タルトで買収されてあげますわ」
くっ……ちょろいわ、わたし、ちょろすぎるわ、悪役令嬢なのに(涙)。
「では、明日、昼過ぎに寮にお迎えに上がります。デート、楽しみですね!」
アルフォンス皇子は爽やかにそういうとジュスティーヌの手に口づけをして去っていった。
「あ、あの、明日のはデートではなくて、賄賂の受け渡しという悪の会合ですからね! お間違いなく!」
声を張り上げてアルフォンスの言葉を訂正するジュスティーヌ。
「ははっ、わかりました。では、また明日」
当初の予定からいろいろ脱線しまくりの予想外のパーティはまだまだ続くのであった。




