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第16話 旧悪役令嬢から、悪の戦いのあり方を学びましたわ。

 取り急ぎ、完成したマンドラゴラと一番簡単にできそうだった剣と盾を刺繍したハンカチを持って、ジュスティーヌはボランティアクラブの戸を叩いた。彼女たちの活動場所は、サロンドヌールにあるテラスに面した割と大きめの個室だった。


 ジュスティーヌが挨拶をすると令嬢たちはすぐに中に入れてくれた。王女様特権というやつである。それを振りかざして特別室にいとも簡単に入るとは、わたしはなんて悪い女だろうかと内心で高笑いをする。


「ジュスティーヌ姫様、ご用件はなんでしょう? 入会のご希望でよろしいでしょうか?」

「いいえ、本日はご挨拶に来ましたの。わたくしも刺繍は割と得意ですのでご協力できればと思いまして」

「まあ、それはありがたいですわ」

「こちら、わたくしが作った刺繍ですわ」

「拝見いたしますわ。…………こちらは何をデザインされたものでしょうか?」


 令嬢たちは刺繍をみて非常に戸惑った顔をしている。


「マンドラゴラですわ」

「えっ、マ、マンドラゴラ!? ど、どうしてマンドラゴラを?」

「それはかくかくしかじかですわ」

「はあ、そうでしたの。確かに紳士向けのデザインを作ってみるのは面白いかもしれません。ヴィクトリア様、どう思われますか?」

「そうね。わたくしもその案に賛同しますわ」


 噂の先代悪役令嬢のヴィクトリア公女は、縦ロールの金髪ではなく、サラサラストレートの銀髪に青い瞳をした色白の、誰がどう見ても美人と評価する美人だった。婚約者のエルドリック王子がホワイトアウトならば、彼女はダイヤモンドダストだとジュスティーヌは思った。


 このクスリとも笑わないダイヤモンドダストのクールビューティとレッツゴーエンジョイの聖女候補ソフィーは一体どのような激闘を繰り広げたのだろうか。二人の熱いのか冷たいのかわからない戦いを是非とも見てみたかったものだ。


「姫様の尊い精神には感服いたしましたわ」

「いいえ、そんな精神ありませんわ。強いて言うならばこれは賄賂ですので」


 ジュスティーヌは例のごとく悪女らしい返答を心掛ける。


「わ、賄賂? あの、賄賂と申しますとわたくしたちにどのような見返りをお求めで?」


 ヴィクトリアの横にいた令嬢が驚いて、おろおろしながら尋ねてくる。


「わたくし、この悪の力でもって戦いたい方がいますの」

「あ、悪のお力ですか? 善ではなく?」

「はい、悪です! そこでその方のことをよくご存じだと思われる皆様の情報を伺いたいのです」

「……もしかして、その方とはソフィーさんでしょうか?」

「まあ、そうともいえますわね」


 戦いの相手としてまっさきに名があがるということは、やはりここでもソフィーは嫌われているらしい。


 令嬢たちは堰を切ったかのように、ソフィーに対する文句を上げ連ねていった。


「あの方は、殿方との距離が近すぎなんですのよ! しかも、彼女が狙うのは見目麗しい王族や貴族の殿方ばかり!」

「ソフィーさんは自分だけが殿方に愛されていると勘違いされているのよ! あの子、わたくしの婚約者にもしなだれかかったのよ!」

「彼女はわたくしたちのことを勝手に憐れんでバカにしてくるのよ! 許せないわ」

「それにあの謎のレッツゴーエンジョイなんとかって一体何ですの!」


 わかるー! あれ、謎よね。彼女は誰に対しても言っているのね、アレを。もはやあの言葉は、男を惑わせ、女を発狂させる呪いの言葉なのではってレベルよね。


「ですよね、ヴィクトリア嬢! だいたい、あの女は……」


 その間、ヴィクトリア自身は何も言わなかった。優雅にお茶を飲みながら令嬢たちの白熱した讒言を静かに聞いているだけだった。令嬢たちの話によると、ヴィクトリアは彼女のファンだった男たちを奪われて――それはいいとしても、今では婚約者まで彼女に夢中で、ヴィクトリアはほとんど放置されているらしい。


 いや、あの氷の王子が夢中って、一体どんな感じ? あんな冷たいのに夢中とそうでない状態と区別がつくのかしら??


 ジュスティーヌの思考が一時明後日の方向にズレる。


 で、令嬢たちによると、それでいてその婚約者は現状ではソフィーの二番手とのこと。この事実だけでも、ヴィクトリアにしてみると十分すぎるほど屈辱的と言える。


 ヴィクトリアはもともと口数の少ない令嬢ではあるが、それでも一時はソフィーを嗜めることはあったのだ。だが、今のヴィクトリアは他の令嬢たちのようにキーキー抗議の声をあげずに泰然自若としている。悪役令嬢と言われて、戦うことを放棄してしまったのだろうか?


 一方のソフィーの強さは何だろうか。ジュスティーヌの経験と令嬢たちから聞いた話を総合して考えると、それはどこまでいってもマイペースを崩さす、めげないことのような気がする。


 要は変人ということだ。変人は変人界の住人で、一般人とは全く別次元の理屈が支配する世界を生きている。だから一般人にその心を量ることは不可能なのだ。変人であることはこの世知辛い世の中にあっては、最強のステータスなのだ。


 かくいうジュスティーヌだって一般的な令嬢から見ると十分変人なのだが……。彼女はまだその真実に気が付いていない。


 そうか! ヴィクトリアは戦うことを放棄したのではない、これが変人との戦い方なのだ! ほかのご令嬢たちのようにぎゃあぎゃあ喚けば喚くほど、相手を喜ばせることになる。


 おそるべし、ヴィクトリア嬢。彼女は北の大地で吹き荒れる冬将軍のごとく冷たい戦いの真っただ中にその身を置いているのだ。


 ジュスティーヌは先輩悪役令嬢から「冷戦、またの名をダイヤモンドダスト」の特技を盗み取ることに成功した!

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