第108話 腹黒皇子の黒歴史を知ってしまいましたわ。
「母上、お願いがあります。どうか僕に、剣と魔法と学問の師を付けてください」
外遊から戻ったアルフォンス少年は、力強い瞳で母をじっと見ながらそう懇願してきた。
「アル、一体何があったの? どういう風の吹き回しかしら?」
「手に入れたいものができました。そのために強くなりたいのです」
「あなたが欲しいものは一体何?」
母は少し緊張したような顔で尋ねてきた。彼が望むもの、そのために強くなりたいと思うもの、それがもし玉座であれば非常に危険だからだ。
アルフォンス少年は先ほどまでとうって変わって少しうつむくと、顔を赤くして恥ずかしそうに問い返した。
「……笑わないでくださいますか?」
「ええ、笑わないわ」
「僕がほしいものは、ある女の子の心です。その子に、男として尊敬されたいのです」
側妃は、こわばらせていた体の力が一気に抜けた気分だった。今まで無気力だった息子が、その双眸に強い光をみなぎらせてほしいというものが、一人の女の子からの尊敬の念だというのだから。
「そうであれば、頑張らないといけないわね。ところで、あなたにそこまで言わせたご令嬢はどこの誰なのかしら?」
「言わないとダメですか?」
「ダメ……ではないけれども、母親としては息子の初恋が成就するように応援したいと思ったのよ」
「でしたら、どうか母上、聞かないでください。僕は、権力を盾にしてその子に婚約を迫るようなことはしたくないのです。僕が彼女に相応しい男になったときに、彼女の意志で僕を望んでもらいたいのです」
「そう、わかったわ。では、陛下にお願いして最高の教師をつけてもらうようにしましょう」
それからというもの、アルフォンス少年は、剣と魔法と学問に励んだ。数年のブランクはあったものの、もともとポテンシャルの高かった彼は、みるみる間に成長した。
アルフォンスは最後まで、彼の心を捕えた女の子が誰なのか、誰にも明かさなかった。国内の有力貴族や他国の王室から婚約の打診をされることがあったが、「心に決めた人がいる」と言って、すべて断った。しつこく迫られることもあったが、巧みな弁舌と大人顔負けの実力で、周囲を黙らせてきた。気が付いたら、誰も彼に無理強いをすることはできなくなっていた。
アルフォンスは学園に入学するとすぐに冒険者になった。週末のたびに、冒険に出てはクエストをこなし、卒業する頃にはこの街に彼の名前を知らない人はいない有名人となった。そして、卒業後も国に帰ることなく、公使としてここに残り冒険者を続けていた。
いつからだっただろうか、急にアルフォンスがタルトを好んで食べるようになったのは。幼いころから特別に好きだったわけではない。そして、半年ほど前、アルフォンスがこのパックスウルブスにタルト屋を開業したのだ。
冒険者のアルフォンスとタルト屋が全く結びつかなかった周囲の人々は戸惑った。
「それにしても、殿下がそこまでタルトをお気に召していたとは」
「このタルトで喜ばせたい人が、もうすぐこの街に来るんだ」
彼の答えを聞いて、マチルド夫人は思い返す。そういえば、殿下がタルトを好んで召し上がるようになったのは、好きな人ができたといって、再び剣術の稽古を始めたころだったと。
「まさか、あの頃お気に召された少女のことを今でも想ってらっしゃるのですか!?」
「そんなに驚くことでもないと思うんだが……」
「あれから8年も経ちました。相手のご令嬢も随分と変わられてしまったのでは……?」
「それだったら問題ないよ。彼女は相変わらず、想像の斜め上を行ってくれているから」
ジュスティーヌが年頃になって、普通の令嬢のようになってしまっていたら、さすがに彼の気持ちも冷めてしまっていただろう。アルフォンスも、頭の中にいる8歳の少女を美化して好いているわけではない。ジュリアスやセドリックから、間接的にではあるがジュスティーヌの話は聞いていたのだ。
彼女の”武勇伝”を聞くたびに胸が躍った。そして、あのパーティで再会した彼女は、ちゃんと自分の想定通りのお姫様に成長してくれていた。躍起になって自分の足を踏もうとしてきた彼女のことを思い出すだけで愉快でならない。
「とにかく、彼女は今も昔も俺にとっては唯一無二の理想の女性だよ」
そう言い切られてしまうと、マチルドと言えどもこれ以上何も言えなくなった。
◇ ◇ ◇
「この話は、殿下には内緒にしてくださいね。殿下はあの3年間は自分にとって黒歴史だと思っているようですので」
「わかりましたわ」
マチルド夫人、黒歴史なんて言葉使うんだ……。それとも、あのキラキラ皇子が「あれは俺の黒歴史だー!」と頭を抱えたりしているのかしら……。
ジュスティーヌは名鑑を1冊マチルド夫人に渡すと、アカネたちの元へと戻った。
そろそろカフェの当番の時間になるので、控室で着替える。
「ねえ、メイドの服ってこんなにスカートが短かったかしら?」
城勤めのメイドはもう少し落ち着いたデザインの服を着ていた気がする。それと比べて、このメイド服はやたらとスカートの丈が短く、やたらとヒラヒラしている。
「このほうがかわいいからいいんです!」
ビビアンが巧みに言いくるめてくる。
そもそも、魔法少女の衣装もスカート丈が短いのだから、それと大して変わらないと思い、気にしないことにした。
うさ耳を装着して準備完了だ。
昨日、小学生相手にはコスプレした誰かとの写真プレゼントをエサに座席の回転をあげていたが、ある程度の年齢以上の人にはそんなことは効かないだろう。
ということで、なかなか席をあけない客に対しては、誰かが「あーん」して食べさせ、無理やり退場させるという方法が考案された。
ちなみに、誰が食べさせてくれるかはくじで決める。給仕役は、男子5名、女子3人の計8人いたので、8分の3の確率で女子が、8分の1の確率でジュスティーヌが当たる。
ちなみに、若干陰キャなマイクと、クラス1マッチョなダンは女装している。男子の中でも圧倒的なハズレ枠である。
ジュスティーヌが、14時から16時までの間のコスプレカフェの担当であることは、どこにも公開はされていないのだが、多くの学園生にとってはすでに把握済みの”公然の秘密”だった。




