表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

ヒ・ミ・ツ

読みにくかったり、表現が分かりにくいところがあったりすると思いますが、最後まで読んでいただけると幸いです。



 コンビニの前で偶然再会して、少し話そうということになった。

 近くの公園のベンチに、拳二つ分くらいの距離を保って俺と咲は腰を下ろす。


 空はまだ十七時だっていうのに、もう夜の気配が色濃く漂っていた。

 街灯が一つだけ灯り、白い光をぽつんと落とし始める。

 その光に照らされた地面は、周囲の暗さを際立たせているようで、余計に静けさが濃くなる。

 冷たい風が頬に触れるたび、体温がじわじわと奪われ、指先まで冷えていく。


「何、話そっか?」


 咲が先に口を開いた。

 声は少し明るめで、わざと張っているように聞こえる。

 沈黙が気まずいからではなく、互いに縮めきれなかった時間の隙間を、少しずつ埋めようとしているように感じた。


「そっちが話そうって言ったのに、決めてなかったのかよ」

「いや~、話すことが多すぎてね」


 咲は小さく肩をすくめて、いたずらっぽく笑う。

 その仕草が、何年経っても変わらなくて、思わず俺の頬もゆるんだ。

 ほんの一瞬で、離れていた時間が縮まったような気がした。


「そっか。じゃ、俺から聞いていい?」

「おっ!どうぞどうぞ!」

「東京での生活はどう?」

「どうって?」

「大学のこととか、一人暮らしのこととか」

「一人暮らしじゃないよ」


 思わず「え?」と声が漏れる。

 当然一人で暮らしているものだと思っていたから、不意を突かれた。

 「びっくりした?」と咲はからかうように笑って、続けた。


「お母さんのお姉ちゃん……私から見て叔母さんと一緒に二人暮らしなんだ~」

「へぇ、じゃ安心だな」

「うん。お父さんもお母さんも安心してくれたし、私もあまり不安にならずに済んだから、ホント叔母さんに感謝だよ」

「だな」


 咲の声には、どこか柔らかさが滲んでいた。

 都会での孤独を和らげてもらったんだろうな、と自然に想像できる。

 その姿を見て、俺も少し安心した。


「大学はどうなんだ?楽しい?」

「……普通かな」

「楽しくねぇの?」

「いや、そんなわけないよ。友達もサークルの先輩もいい人だけど、講義が……」

「あー……」


 俺は大学には行ってないから想像するしかないけど、九十分の講義とか、高校の授業よりもっと専門的な内容の講義とか、確かに面倒そうだ。

「悠真はどう?」

「どうって?」

「私が東京行ってから何かあった?」

「何かって、……あ!あれだ」


 頭の中を順番にたどっていく。

 ここ数年で人に話せるような出来事なんて、そう多くはないし、そこまで覚えていない。

 記憶のアルバムをぱらぱらとめくるように探して、ようやく一つ思い出した。


「あれ?」

「俺、専門学校行っただろ」

「うん。確か、IT系の専門だっけ?」

「そう。で、専門学校って大抵どこも二年で卒業だろ?俺も今年卒業でさ、就職先も決まって、四月から社会人になる」

「おお!おめでとう!」


 咲の顔がぱっと明るくなる。

 純粋に俺を祝ってくれる笑顔が眩しくて、胸の奥にじんわりと熱が広がった。


「サンキュー」

「悠真が社会人かぁ……先輩だね。社会の」

「あ、そっか。先輩になるのか。なんか変だな。同じ年なのに、先輩って」

「ふふっ、確かに」


 咲の笑い声が小さく弾んで、冷たい空気に溶けていく。

 その響きだけで、不思議と心が満たされる。


「他に何かないの?」

「他、かぁ……」


 少し考え込んでいると、咲が横目でこちらを見て、口元に小さな笑みを浮かべた。

 まるで軽い冗談でも投げるみたいな調子で――


「恋人とかいないの?」


 一瞬、心臓が跳ねた。

 答えるまでの数秒がやけに長く感じて、喉が乾く。

 無理やり笑いに変えて返すしかなかった。


「恋人?ないない」

「何で?」

「何でって、……『好き』ってのが、よく分からねぇし」

「……ふーん、そっか」


 咲の声がほんの少し沈む。

 下を向いた咲の表情が知りたくて、のぞき込もうとするけど、髪で顔が隠れて表情が見えない。

 数秒の沈黙が、冷たい風よりも胸を締めつけた。

 でも、この数秒で俺も覚悟を決めることができた。


「……そういう咲は、どうなんだ?東京だとイケメンとかいっぱいいるんだろ?」


 ついに聞いてしまった。

 咲のことで一番知りたかったこと。

 これで、彼氏がいたり、好きな人がいたりしたら……俺はきっと寝込む。

 少なくとも一か月は立ち直れないほどのダメージを負う。

 でも、これを聞かないと、何も始まらないから聞くしかなかった。


「私!?」


 思わず大きめの声を出したのを恥じてか、咲は慌てて口を押さえる。

 その仕草があまりに可笑しくて、俺はつい笑いそうになる。


「私かぁ……えー、そうだなー……」


 わざと間を取るように考え込んで、咲は少し首を傾げながら夜空へ視線を逃がす。

 街灯の白い光に照らされたその横顔は、どこか遠いところを見ているようで、俺は思わずその表情をじっと追ってしまう。

 けれど、彼女は答えをその奥に隠したまま、唇だけで笑った。


「……ヒ・ミ・ツ!」


 口元に人差し指を添えて、ウインクをして、ぱっと俺の方に振り向く。

 茶化すように、でも妙に眩しい笑顔に、胸が一瞬跳ねた。


 俺だけ真面目に答えて、咲ははぐらかす、どうも納得がいかない。

 不公平だ。


「ヒミツって……そりゃあ反則だろ。俺はちゃんと答えたのに」

「いいじゃんいいじゃん。それよりさ、就職活動のこと聞いてもいい? ほら、私ももうすぐ意識はしとかないとだからさ!」

「……はぁ、はいはい。何でも聞いていいぞ」


 結局、咲が話を変えてしまった時点で、これ以上聞いたところで答えは返ってこないんだろう。

 そう思うと、胸の中に残った疑問を一度飲み込んで、流れに合わせるしかなかった。


「へへへ~、ありがと~」


 咲は声を弾ませて笑い、足をぶらぶらさせる。

 その姿を横目で見ながら、悔しいような、でもどこか満たされたような気持ちになっていた。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回も読んでいただけると幸いです。

コメント・誤字脱字報告・改善点の指摘など、頂けると励みになります。

続きのお話はできるだけ、一週間以内に上げたいと思います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ