ヒ・ミ・ツ
読みにくかったり、表現が分かりにくいところがあったりすると思いますが、最後まで読んでいただけると幸いです。
コンビニの前で偶然再会して、少し話そうということになった。
近くの公園のベンチに、拳二つ分くらいの距離を保って俺と咲は腰を下ろす。
空はまだ十七時だっていうのに、もう夜の気配が色濃く漂っていた。
街灯が一つだけ灯り、白い光をぽつんと落とし始める。
その光に照らされた地面は、周囲の暗さを際立たせているようで、余計に静けさが濃くなる。
冷たい風が頬に触れるたび、体温がじわじわと奪われ、指先まで冷えていく。
「何、話そっか?」
咲が先に口を開いた。
声は少し明るめで、わざと張っているように聞こえる。
沈黙が気まずいからではなく、互いに縮めきれなかった時間の隙間を、少しずつ埋めようとしているように感じた。
「そっちが話そうって言ったのに、決めてなかったのかよ」
「いや~、話すことが多すぎてね」
咲は小さく肩をすくめて、いたずらっぽく笑う。
その仕草が、何年経っても変わらなくて、思わず俺の頬もゆるんだ。
ほんの一瞬で、離れていた時間が縮まったような気がした。
「そっか。じゃ、俺から聞いていい?」
「おっ!どうぞどうぞ!」
「東京での生活はどう?」
「どうって?」
「大学のこととか、一人暮らしのこととか」
「一人暮らしじゃないよ」
思わず「え?」と声が漏れる。
当然一人で暮らしているものだと思っていたから、不意を突かれた。
「びっくりした?」と咲はからかうように笑って、続けた。
「お母さんのお姉ちゃん……私から見て叔母さんと一緒に二人暮らしなんだ~」
「へぇ、じゃ安心だな」
「うん。お父さんもお母さんも安心してくれたし、私もあまり不安にならずに済んだから、ホント叔母さんに感謝だよ」
「だな」
咲の声には、どこか柔らかさが滲んでいた。
都会での孤独を和らげてもらったんだろうな、と自然に想像できる。
その姿を見て、俺も少し安心した。
「大学はどうなんだ?楽しい?」
「……普通かな」
「楽しくねぇの?」
「いや、そんなわけないよ。友達もサークルの先輩もいい人だけど、講義が……」
「あー……」
俺は大学には行ってないから想像するしかないけど、九十分の講義とか、高校の授業よりもっと専門的な内容の講義とか、確かに面倒そうだ。
「悠真はどう?」
「どうって?」
「私が東京行ってから何かあった?」
「何かって、……あ!あれだ」
頭の中を順番にたどっていく。
ここ数年で人に話せるような出来事なんて、そう多くはないし、そこまで覚えていない。
記憶のアルバムをぱらぱらとめくるように探して、ようやく一つ思い出した。
「あれ?」
「俺、専門学校行っただろ」
「うん。確か、IT系の専門だっけ?」
「そう。で、専門学校って大抵どこも二年で卒業だろ?俺も今年卒業でさ、就職先も決まって、四月から社会人になる」
「おお!おめでとう!」
咲の顔がぱっと明るくなる。
純粋に俺を祝ってくれる笑顔が眩しくて、胸の奥にじんわりと熱が広がった。
「サンキュー」
「悠真が社会人かぁ……先輩だね。社会の」
「あ、そっか。先輩になるのか。なんか変だな。同じ年なのに、先輩って」
「ふふっ、確かに」
咲の笑い声が小さく弾んで、冷たい空気に溶けていく。
その響きだけで、不思議と心が満たされる。
「他に何かないの?」
「他、かぁ……」
少し考え込んでいると、咲が横目でこちらを見て、口元に小さな笑みを浮かべた。
まるで軽い冗談でも投げるみたいな調子で――
「恋人とかいないの?」
一瞬、心臓が跳ねた。
答えるまでの数秒がやけに長く感じて、喉が乾く。
無理やり笑いに変えて返すしかなかった。
「恋人?ないない」
「何で?」
「何でって、……『好き』ってのが、よく分からねぇし」
「……ふーん、そっか」
咲の声がほんの少し沈む。
下を向いた咲の表情が知りたくて、のぞき込もうとするけど、髪で顔が隠れて表情が見えない。
数秒の沈黙が、冷たい風よりも胸を締めつけた。
でも、この数秒で俺も覚悟を決めることができた。
「……そういう咲は、どうなんだ?東京だとイケメンとかいっぱいいるんだろ?」
ついに聞いてしまった。
咲のことで一番知りたかったこと。
これで、彼氏がいたり、好きな人がいたりしたら……俺はきっと寝込む。
少なくとも一か月は立ち直れないほどのダメージを負う。
でも、これを聞かないと、何も始まらないから聞くしかなかった。
「私!?」
思わず大きめの声を出したのを恥じてか、咲は慌てて口を押さえる。
その仕草があまりに可笑しくて、俺はつい笑いそうになる。
「私かぁ……えー、そうだなー……」
わざと間を取るように考え込んで、咲は少し首を傾げながら夜空へ視線を逃がす。
街灯の白い光に照らされたその横顔は、どこか遠いところを見ているようで、俺は思わずその表情をじっと追ってしまう。
けれど、彼女は答えをその奥に隠したまま、唇だけで笑った。
「……ヒ・ミ・ツ!」
口元に人差し指を添えて、ウインクをして、ぱっと俺の方に振り向く。
茶化すように、でも妙に眩しい笑顔に、胸が一瞬跳ねた。
俺だけ真面目に答えて、咲ははぐらかす、どうも納得がいかない。
不公平だ。
「ヒミツって……そりゃあ反則だろ。俺はちゃんと答えたのに」
「いいじゃんいいじゃん。それよりさ、就職活動のこと聞いてもいい? ほら、私ももうすぐ意識はしとかないとだからさ!」
「……はぁ、はいはい。何でも聞いていいぞ」
結局、咲が話を変えてしまった時点で、これ以上聞いたところで答えは返ってこないんだろう。
そう思うと、胸の中に残った疑問を一度飲み込んで、流れに合わせるしかなかった。
「へへへ~、ありがと~」
咲は声を弾ませて笑い、足をぶらぶらさせる。
その姿を横目で見ながら、悔しいような、でもどこか満たされたような気持ちになっていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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