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『ごめん』のあと

読みにくかったり、表現が分かりにくいところがあったりすると思いますが、最後まで読んでいただけると幸いです。



 正直、断られてからの記憶はあいまいだ。

 どうやって帰ってきたのかさえ、思い出せないほどに。


 部屋の明かりもつけず、ベッドに倒れ込む。

 枕に顔を埋めると、さっきの光景が何度も頭をよぎった。


「……やっちまった」


 誰に聞かせるでもなく、そうつぶやく。

 苦笑ともため息ともつかない息が漏れた。


 気づけば、いつの間にか眠っていた。


 目を覚ますと、スマホの画面には「19:31」の数字。

 今日の同窓会は十九時開始だった。


 恐る恐る、同窓会のグループチャットを開く。

 そこには、店での乾杯の写真、集合写真、

 みんなの楽しそうなコメントがいくつも並んでいた。


 もう三十分は過ぎている。

 今から行っても、店に着く頃には残り一時間程度。

 二次会に行くにしても、仲のいい連中はもう帰るって言ってたし……

 なにより、今の自分じゃ楽しめる気がしなかった。


「……やめよ」


 そう呟いて、スマホを握りしめる。

 幹事に行けないってことを伝えようと、外へ出た。


 玄関の扉を閉めたその瞬間。

 視界の端に、誰かの姿が映る。


 家の外壁にもたれて、咲が立っていた。


 街灯の明かりに照らされて、金色の髪がほんのり輝いて見える。

 手にはスマホ。

 けれど、俺を見つけた瞬間、ぱっと顔を上げて小さく笑った。


「よかった。いた」


 息をのむ。

 現実感が追いつかない。


「……え、咲」


 名前を呼ぶ声が、自分でも驚くほど掠れていた。


「なん」


 咲は小さく笑いながら、言葉を探すように視線を泳がせた。


「なんでここにいるのかって?」

「答えがでたからだよ」

「答え?」


 思わず聞き返す。

 胸の奥が、さっきまで眠っていた鼓動を取り戻したようにざわつく。


「え?」


 咲は、少し困ったように眉を寄せた。

 街灯の下、その表情が柔らかく影を落とす。


「……もしかして、聞いてなかった? あの時、『ごめん』のすぐ後に『ちょっと考えさせて』って言ったんだけど」


 風が通り抜け、咲の髪が揺れる。

 その声は、責めるでもなく、ただ事実を告げるように穏やかだった。


「ごめん。聞いてなかった」


 『ごめん』と断られたあの瞬間、頭の中が真っ白で、何も耳に入っていなかった。

 咲は、しょうがないなって小さく笑ってから、続けた。


「……そっか。じゃあ、聞いてくれる?」

「…………ん」


 小さく頷くと、咲は一度だけ夜空を見上げ、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


「私ね、東京に行っても心から楽しいと思える瞬間がなかった」

「新しい環境で新しい友達、先輩、みんないい人で友達なんだけど……何かピンと来なかった」


 咲の声は、どこか遠くを思い出すように穏やかだった。


「でも、久しぶりに帰ってきたら、その原因が分かった」

「何?」


 咲は一拍置いて、俺の目を見た。


「気を遣ってるか、遣ってないかの違い」


 その言葉に、夜風が静かに通り抜けた。


「大学だとやっぱりいろんな人がいるから気を遣うんだよね。でも、今日みんなと話してると気を遣わなくていいから楽で楽しかった」


 咲は少しだけ笑った。

 どこか安心したような、肩の力が抜けた笑みだった。


「そうか」


 自分でも、驚くほど小さな声しか出なかった。

 咲は少し間を置いて、静かに微笑んだ。


「でも一番は、悠馬。あなたと一緒にいるのが、一番楽しい」


 その笑みは、懐かしいようで、どこか儚かった。


「昔から私の思いつきに着いて来てくれて、一緒に楽しんでくれる。私のどうでもいい話も聞いてくれる。悠馬と一緒にいると楽しいし、心地良い」


 ゆっくりと視線を落とす咲の髪が、街灯の光を受けて金色に揺れた。

 彼女の言葉の一つひとつが、胸の奥に染み込んでいく。


「そんな悠馬のことが、私は好きになっていた」


 その一言で、時間が止まったように感じた。

 息をすることすら忘れて、俺は咲を見つめる。


「悠馬、言ってたよね?『高校最後の帰り道に告白できず、ずっと後悔してた』って」

「うん」

「私も。あの時、私から言う勇気があればって、後悔した。でも、過ぎたことはどうにもならないから、忘れようとした」

「でも、できなかった。……ふとした時に考えるんだ。悠馬が隣にいればって」


 小さく吐かれた息が、白くほどけた。

 それでも、咲の瞳は真っすぐに俺を捉えている。


「それって……」

 

 胸の奥が一気に熱くなる。

 『付き合える』――その言葉が形になる前に、咲は小さく息を吸い、続けた。


「でも」


 その一言で、鼓動が一瞬止まった気がした。


「でも、無理だよ」

「え」


 咲は視線を落としたまま、弱く笑った。

 その笑みが、余計に胸に刺さる。


「無理って、お互い好きなのに」

「うん。それでも無理なの」

「なんで?」


 お互い好きだってのに、付き合えない。

 普通に考えたら百パーセント付き合える状況。

 なのに、付き合えない。

 普通なのに普通じゃない、このことが理解できず、頭で考えるよりも早く口が動く。


「私が悪いの」


 咲の声は穏やかだった。

 けれど、どこか自分に言い聞かせるようでもあった。


「なにが?」

「私は大学生で、悠馬はこれから社会人。生活リズムの違いで電話しようにもできない日が多くなると思うし、お互い周囲の環境が不安になると思うの」


 正論だった。

 ただでさえ遠距離恋愛は難しいのに、生活のリズムまで違えば、きっと上手くいかない確率のほうが高い。

 それでも――胸の奥から湧き上がる気持ちだけは、抑えられなかった。


「……会いに行く」

「え?」

「週末の土日に会いに行く。電話も仕事が終わってからいくらでもする。だから」

「でも、それだと悠馬の負担が大きすぎるよ」


 咲の声は心配そのものだった。

 それがまた、どうしようもなく愛しく感じた。


「大丈夫。好きな人と付き合えるんだ。これくらいどうってことない」

 

 自分でも驚くくらい、自然に言葉が出た。


「…………ふーん、そうなんだ」


 咲は一瞬だけ目を伏せ、そして小さく笑った。

 その笑みは、さっきまでの迷いをそっと手放したように見えた。



 数秒の沈黙が流れる。

 夜風が頬を撫でて、遠くの街の灯りがぼんやり滲んでいた。 

 もう一度、覚悟を決めて咲の目を真っ直ぐ見る。


「咲」

「はい」


 胸の奥が熱くなる。


「好きだ。俺と付き合ってください」


 一瞬、咲の目が丸くなる。

 けれどすぐに、柔らかく笑った。


「私も好き。私でよかったらお願いします」

これにて完結です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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