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灯火の騎士  作者: 7th.star
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始まりの夜

大幅に改稿、プロットの見直しをしました。2025,06,02

分厚い鋼鉄で築かれた外郭と天井に四方を囲まれた街、灰の方舟グレイアーク


人外の脅威から人類を守るため、遥か昔に建設されたこの街は、直径6キロほどの広さで、闇夜の広野に孤独に佇んでいた。


第一防衛区画、戦士たちの駐屯地を囲むように設けられた防壁。その一角、門脇にそびえる尖塔の上。


冷たい夜風が吹き抜ける中、二つの影が静かに佇んでいた。


 


茶色の髪をゆるくカールさせ後ろに流した26歳のアーシェ=リガメントは、長年の友であるレオン=グラスタと共に、尖塔の最上部で夜間警戒任務にあたっていた。


数少ない同期となった今、久々の再会を喜びつつも、街周辺の丘陵の向こうに広がる森へと、二人は鋭い視線を向けている。


「それにしても……レオン。しばらく見ないうちに、またデカくなったか?」


魔物出現時に警鐘を鳴らすための装置が設置された尖塔の内部は、決して広くない。


その限られた空間に、巨体を誇るレオンがいると、否応なく圧迫感を覚える。


燃えるような赤髪を短く刈り込んだ、身長2メートルはある大男が口を開いた。


 


「む? ああ、訓練や任務が終わった後も、筋トレは毎日欠かさずやってるからな」


そう言いながら、丸太のような腕を誇らしげに曲げて見せる。


黒の戦闘服と、魔力鋼を鍛造したチェストプレートと肩当てに包まれたその腕は直接は見えないが、代わりに服と防具が軋む音を立てていた。


 


「まったく……いつ寝てるんだよ? お前だけ一日30時間くらいあるんじゃないのか?」


「そういうお前は、嫁さんの飯がうま過ぎて、ちょっと太ったんじゃないか?」


 


飯が美味いというのは図星だ。


エレナの作る飯はとびきり美味い。


結婚してから六年が経つが、今も変わらず、温かな愛で俺を包んでくれる最愛の人だ。ふたりの子供たちの笑顔を思い浮かべるだけで、自然と頬が緩む。


 


「まあ、飯はうまいよ。だが、毎日訓練と任務で走り回ってるんだ。太る暇なんてあるかよ」


レオンが豪快に笑いながら、俺の背中をバシバシと叩いてくる。


巨人のようなこの男に背中を叩かれると、防具越しでも内臓が飛び出しそうになる。


 


「お硬くて奥手だと思ってたお前が、二十歳で突然『幼馴染のエレナと子供ができた。結婚する』なんて言い出すから、耳を疑ったぞ」


 


「……いちいち、付き合ってるとか結婚を考えてるとか言うのが照れくさかったんだよ。そういうお前は、結婚する気ないのか?」


 


「俺は任務で手一杯だし、休みもない! まあ、それはお前も同じかもしれんが……女にかまけてる暇なんてあったら、トレーニングや剣を振ってる方が性に合ってるな」


 


レオンは今や魔法戦士団随一の実力者であり、次期団長候補とも囁かれている男だ。


日々任務に追われ、街の内外を東奔西走している。


たしかに、今のこいつに結婚を考える余裕などないだろうし、この性格なら尚更だ。女の尻を追いかけるより、こいつ専用と化していて、他の誰も振れない馬鹿みたいに巨大な大剣を振り回していた方が楽しいと思ってるに違いない。

 


「……まあ、それもそうか」


 


夜空を仰ぎながら、これまでの戦いを思い返す。


数多の戦場を、共に駆け抜けた。


数え切れない仲間の死を見送ってきた。


魔物との戦いは、文字通り命を削る死闘だ。魔法を過剰に使えば、魂は損耗し、やがて身体は灰へと変わっていく。


一度損耗した魂は元に戻らない。


それでも生き延びてきた俺たちは、今や団内でも古株の域に達している。


 


「……しかし、アーシェ。今日はやけに静かな夜だな」


「夜なんて、いつも静かなもんだろ?」


「いや、なんというか……いつもの静けさとは違う、こう……とにかく違う!」


「もう少し語彙を増やせっての。次期団長候補って言われてるんだぞ。後輩に示しがつかんだろ」


「ふむ、団長ねぇ。俺は何も考えず剣を振っていられれば、それでいいんだが……まあ、団長候補って言われてるのは俺だけじゃない。お前も噂されてるぞ」


「なっ……? 初耳だぞ、それ……」


俺が団長候補? 冗談じゃない。


確かに、実力も指揮能力も俺は高水準だと思う。 現に、今夜の警戒任務の指揮も俺に任されている。


だが、団長には皆を引っ張る底なしの熱意が必要だ。戦闘時だけでなく、訓練時にも統率力やカリスマ性が求められる。


レオンにはそれがある。団長になるべきは、やはりレオンのような男だ。 ……それに、団長になったら妻や子供たちと過ごす時間がさらに減ってしまうかもしれない。


とはいえ、こいつの野性的な直感とでもいうか、第六感はよく当たる。上手く言葉にできていなかったが、レオンが違和感を覚えているなら、何かがあるのかもしれない。 これまでに何度も、その直感に救われてきた。


今一度、気を引き締めて遠方の森を睨む。





それから一時間ほど経った頃、夜の闇がさらに濃さを増したその時——


微かな地響き。森の奥で蠢く闇が、まるで黒い瀝青れきせいのように溢れ出す。

やがてその中から、無数の瞳が煌めき、牙が覗いた。 森そのものが唸り声を上げているようだった。


あれは——


「ッ!」

魔物だ。獣の姿を逸していない特徴から見て強力な魔物ではない。


しかし問題はその数だ。数え切れないほどの魔物の群れ。


「レオン!前方の森から多数の魔物!数え切れん!警鐘を鳴らせ!」


レオンが素早く鐘を鳴らす。甲高い音が夜空を裂く。

九つの連打——敵襲の合図。一拍置いて五度の重打——多数出現の合図だ。


「マーヤ!セロウ!上から支援を頼む!俺たちは地上で敵を止める!」


隣の尖塔や門の上部通路にいる遠距離魔法特化の術撃隊員四人のうち、二人に援護を要請する。 残る二人は経験の浅い若手だ。この過酷な戦いにはまだ荷が重い。


「行くぞ!レオン!」


「応ッッ!」

レオンの威勢の良い声が、空気を震わせた。


二人同時に尖塔から飛び降りる。 高さ三十メートル。普通の人間なら即死だ。


だが、俺たちは魔法戦士団。人類の守り手だ。


空中で、レオンと俺は同時に叫ぶ。


第七灯階だいななとうかい!」


雷迅応身らいじんおうしん!」 「焔装闘躯えんそうとうく!」


俺は雷系統の身体強化魔術、レオンは炎系統の身体強化魔術。


詠唱の瞬間、魂が燃える、冷たく嫌な感覚が心臓の奥を貫く。 俺の身体が帯電し、レオンには炎が渦巻いて手足に集中し、紅く輝いた。


第七灯階という高灯階の魔法は、魂への損耗が激しい代わりに効果も強大だ。 燃費は悪いが仕方ない。敵は多すぎる。


他の尖塔からも戦士たちが次々と飛び降りてくる。 煌めく身体強化魔術や落下制御の魔術が、夜空に降る星のように地上へ舞い落ちた。


こちらの戦力は十名。近接戦闘特化の剣撃隊員六名、術撃隊員四名。

術撃隊のうち二名は上空から援護だ。


不利な戦いになるだろうが、警鐘を聞いた駐屯地では即応部隊が動いているはず。


つまり俺たちの役割は、援軍が到着するまでの時間稼ぎだ。 短期決戦のつもりで全力を出す。


レオンも同じ考えなのだろう。同じ灯階の魔法を使った。 言葉を交わさずとも、長年の付き合いである俺たちは阿吽の呼吸だ。


着地と同時に地面が軽く陥没する。


レオンはその大剣の重量も加わり、俺の倍はある体重で、地面を大きく陥没させ土煙を立てる。


「門の手前で防御陣形を!剣撃隊は出力を惜しむな!術撃隊は広範囲殲滅魔術を使用! その後は低灯階で斬撃隊を支援しろ!」


俺の指示通り、術撃隊の魔法が放たれる。 巨大な火球、無数の鋭い氷槍、連鎖する雷撃が敵を薙ぎ払う。


レオンが叫ぶ。


「アーシェ!俺は自由に動く!後ろは任せた!」


「え?あ、おいッ!」


声も虚しく、レオンは炎の残光を煌めかせ、嵐のように魔物の群れへ突っ込んでいった。


「どうせこうなると思ってたよ……まったく、脳みそ筋肉は健在だな。 また団長に怒られるぞ……」


こうして、静かな夜は終わりを告げた__









焔を纏ったレオンは、燃える彗星のごとく草原を駆ける。


「やはり団長は、お前の方が適任だ。今の団長も凄いがな……灰化が進んでいる。そろそろ引退だろう。 アーシェ……お前ほど速く的確な指示を出せる奴はそうそういない。 俺は一本のつるぎでいい。お前がいるから、俺は前だけを見れる」


そう独り言を呟きながら、己の大剣を背中から抜き放つ。

腕に纏った炎が剣もろとも飲み込んでいく。


黒鉄の、祝福を受けた大剣。 数多の魔物を屠ってきた最高の相棒。 柄を握りしめ――


やがて魔物の群れが近づく。


「うおぉぉぉおおッッ!!」


咆哮と共に縦に一閃、振るわれた大剣が魔物の肉を裂き、骨を砕き、地面ごと抉る。 振るう度に空気が悲鳴を上げ、炎が轟と唸った。


横からの一撃が、三体の魔物をまとめて両断する。血飛沫が爆ぜ、大地が赤く染まる。


跳躍し、回転しつつ真上から魔物の群れに斬り下ろす。 大剣が炸裂し、火花が奔り、地面に穿たれた溝が火を噴き、数多の魔物が焼け焦げた肉塊へと変わる。


その背に背負うのは、信頼と実績、そして仲間を守る意志そのものだった。





一方のアーシェは仲間と共に、レオンを無視して門のほうへと突っ込んでくる魔物たちを相手にしていた。


雷光を纏いながら地を滑る稲妻のような動き。刃が閃くたび、魔物たちは苦悶の叫びを上げ、崩れ落ちる。


指先のように鋭く、眼前の魔物の咽喉を貫き、次の瞬間には背後の敵の膝を断ち切っていた。 その動きは、まさに無駄がなかった。殺すべき場所を見極め、そこだけを正確に斬る。


周囲の魔物が数で圧し潰そうと迫るが、アーシェの身体はもはや雷そのものだった。


一瞬の閃光が走り、次の瞬間には五体の魔物が地に伏している。 音もなく倒れた敵を一瞥すらせず、アーシェは次の魔物へと向かう。






もう、何分ほど戦っただろうか。 敵の数は減らなかった。 幾度、剣を振るおうとも魔物の群れは絶えることなく門前に湧き出す。


「一体の強さはそこまでではない……しかし数が多すぎる……!」

手にしたロングソードが雷光を残し、魔物三体の首を跳ねた直後、四体目の咆哮がすぐ背に迫っていた。


「ぐっ……」

魔物の爪が肩を掠める。

鋼の肩当てが砕け、肉ごと血が飛ぶ。だが振り返る余裕はない。


誰かが悲鳴を上げ、剣撃隊の一人が魔物に押し倒され、深々と牙が胸を貫くのが見えた。


「マルコ!」


心臓をやられ、即死だったのだろう。 マルコが灰へと変わっていく。


魔法を使う者は例外なく、死を迎えると灰へと帰す――


友人の肉体が灰へと変わっていく様は、まるで生きてきた証さえ、無かった事にされるような空虚な気持ちにさせる。


もう、人が死ぬのを幾度見たろうか。 また、守れなかった。 いつもこの手は守りたい物をすり抜け、灰しか残さない。


灰へと変わるのが誉れとされている魔法戦士団だが、人の死は軽くない。全員が戦友であり、寝食を共にした仲間だ。


チリチリと痛みが走り、手に灰紋が侵食し、手の甲がヒビ割れていくのが見える。


魂の損耗による灰化徴候だ。 限界が近い。だが、まだやれる。 援軍の到着まで踏ん張らなければ、誰がこの門を守る。



――その時だった。 城壁の上、門とは別の上層通路から黒い影が次々と滑り出てくる。


「助けにきたぞ! よく頑張ってくれた! 術撃隊じゅつげきたい、展開開始!」


城壁上の通路から出てきた術撃隊が一斉に詠唱を開始し、頭上から魔法が降り注ぐ。 爆炎が咲き、雷が奔り、凍てつく風が魔物の群れを切り裂いた。


同時に、防壁沿いに作られた隠し搬出路のような狭い側通路から、剣撃隊の増援部隊が出てくる。


「第一分隊、門を守れ。第二分隊は先に交戦していた隊員たちを下がらせ、魔物を殲滅せよ」


戦火の喧騒の中でもよく通る、どこか冷たい印象を抱く者の声と共に、増援が合流した。


「クロイツ団長!」


クロイツ=ロイス団長だ。冷たい氷を想起させる相貌。隻眼の女術撃士。


後ろに括られ纏められたライトブルーの髪が風に靡き、魔法の行使による不可逆な魂の損耗を表す、ヒビ割れた首が見える。


「遅くなってすまんな、アーシェ。後方へ下がり休息を取れ。肩から血が出ているぞ。止血も忘れるな」


「まだ大丈夫です。俺は前方で独り戦っているレオンを助けに行きます」


「なに? またあのバカは突っ込んで行ったのか?」


そう、レオンの突貫はこれが初めてではない。今まで幾度も繰り返されてきた、最早恒例とも言える事だった。


「ハァ……仕方ない、レオンを頼む。 おい、そこの三人。アーシェに付いて行き援護しろ。バカを連れ戻して来い」




こうして、アーシェ=リガメントの長い夜は幕を開けた。


それが、彼にとって最後の夜になるとも知らずに。


魂に火を灯して、ただ、前へ——





初めて書く小説なので単語の整合性が取れていなかったりや矛盾点などありましたら申し訳ありません。

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