第74話 英雄の選択肢
『ホオリ、待っておったぞ。大阪での戦ご苦労であった。戻ってきてくれて嬉しい。』
「オオヤマツミ様、大阪ではお力をお貸しくださりありがとうございました。おかげでみんなを守ることが出来ました。」
オオヤマツミ様はどこか誇らしげな、しかし少し悲し気な不思議な表情で俺を見ていた。
「はぁーおっきい…」
『そなたがミコトだな。よくぞ参った。イワナガがそなたを大層気に入っておったわ。良く身を鍛えておるとな。』
「あっ、はい!イワナガヒメ様はわたしの憧れの神様です!」
『はっはっはっ、その意気やよし!そなたはまだまだ強くなるな!』
「オオヤマツミ様、早速ですが、俺達もっと強くなりたくて。ここで修業を付けていただきたいんです。」
『うむ、儂もそのつもりだ。だがなホオリよ。そなたは何のために力を求める。正直、人間としてならすでに最高峰の強さと言えるだろう。今までのアッシャーであれば、今のそなたの域に達する人間はおらなんだ。本当に必要な力か?』
「それは!いやでも、この先もっと強いアクマが現れたときに負けない強さが必要です!」
『そうさな、だがこれ以上の強さを求めるなら人としての枠組みから外れるやも知れぬぞ?下級とは言え神と戦うのは人の身では限界がある。それでも良いのか?簡単に決めてよいことか?人として生まれてきたことをよく考えた方が良くはないか?』
「くっ…」
「ホオリくん…」
ニャァァとコッチーも心配そうな声で鳴いている。
「ホオリ、少し考えて見なさいな。強くなりたいのはここにいるみんな同じ気持ちよ。でもそのために捨てなければならないものがあるとしたら、少しでいいから立ち止まって考えることも必要だわ。あなたはまだ若いんだからね。」
「そう…か…そうかな…。わかりました。一日考えてみます。」
『うむ、そうするが良い。来た道をそのまま進めば宿がある。今日はそこに泊まって考えよ。そなたらが来ることは伝えてあるぞ。』
「うわっ、妙な気回しの良さね。変なところで気が利くんだから。」
『ふふふ、ただの脳筋親父と思うでないぞ。』
「大山祇様、拙者は福島でござる。お見知りおきください。」
『そなたの話も聞いておる。明日はそなたも共に参られよ。そなたにも用があるでな。だがサクヤは人妻ぞ。あまり色目を使うでない。』
「へあっ!そそそそんな!めっめめめめ滅相もございません・ははぁ!」
そんな見事な土下座を見せられても。
『がっはっはっ、そうかしこまるな。冗談じゃ。サクヤは国造りの神の中でも随を抜く美しさよ。人が見惚れるのは無理のないこと。あやつもそういった視線には慣れておるよ。』
(そう言えば、秋田さんもサクヤ様には見惚れていたような・・・)
「ん?ミコト、何か言った?」
ミコトは何でもないとブンブン首を振っていた。サクヤ様と何かあったのかな?
『まぁ福島よ、そなたにも役割がある。人間をやめよとは言わぬが、それなりに苦難が待ち受ける故、覚悟はしておけ。』
「は、はいぃぃ!」
「福島はどうでもいいけど、ホオリに良く考えろって言うなら、具体的にどうなる可能性があるかを伝えておきなさいよ。さすがに悩みようがないでしょう?」
『おお、そうか。レベッカ殿の言う通りだな。よし説明しよう。ホオリよ、そしてミコトもよく聞くが良い。』
オオヤマツミ様の説明は以下の通りだった。
・神の修行は純粋に難易度が高く死ぬ可能性がある
・今以上に急激にプラーナを吸収すると肉体が変容する可能性がある
・プラーナを高めすぎると精神に影響が出る可能性がある(人間としての価値観の変容)
・強すぎる力は周囲から恐れられ疎まれる可能性がある(人間社会での見られ方)
オオヤマツミ様は特に精神への影響と周囲からの見え方を懸念されているようだ。レベッカも同じ考え。
「確かに、周りの人から恐れられて距離を取られるって…とっても怖いことだね…」
ミコトも周りとの関係性については懸念ありと。
「それだけではござらん。もし仮に力が要らなくなったら、要は共通の敵であるアクマがいなくなった、もしくは脅威でなくなったとしたら、強い力を持つものが脅威とみなされて社会から排除されるかもしれぬでござる。」
そうか、確かに強すぎる力を持っている個人がいたら社会全体からすると、その人自体が脅威になってしまう。今を救えればいいと思っていたけれど、その先まで考えると簡単な選択じゃないんだな。
そう言えば父さんが言っていたっけ。大人なると守らなければならないものが増えて、後先考えずにチャンレンジすることが難しくなるって。それは悲しいことでもあるって。
父さんはなんて言っていたっけ?思い出せないな…そこに鍵があるかもしれない。
「オオヤマツミ様、ありがとうございます。みんなもありがとう。一人で単純に考えていただけじゃ思いつかなかった。自分の未来を考えることだってわかったよ。
オオヤマツミ様、時間をいただきます。」
『うむ、そなたがどのような選択を取ったとしても誰もそなたを恨むことはないだろう。自分の未来を考え選択してみせよ。』
オオヤマツミ様の元を辞去し、紹介してもらったお宿に向かう。
地方田舎の旅館といった様相だったが、おかみさんと旦那さんは快く向かい入れてくれ、豪華な夕食を出してくれた。
「ええー!お刺身!お魚って獲れないんじゃ…」
「はっはっは、大山祇様のおかげでここいらは自分たちが食べる分くらいの漁ができているんだよ。農作物も数日前から鹿児島や島根から入ってきているし、塩は赤穂市にも負けない良いものを作っている。今まで通りとはいかないけれど、少しでも人間らしい生活ができるよう祈って、今日は豪勢な食事を用意させてもらったよ。」
旅館の旦那さんの厚意で久しぶりのお刺身だ。モールでは残っていた魚は全部煮たり焼いたりして生で食べることはなかったから、本当に久しぶりの刺身だと思う。
「あら、生の魚なんて考えもしなかったけど、おいしいわねぇ。」
「でしょでしょ!レベッカにも気に入ってもらえてうれしい!」
「日本人は職に対する追求が少々狂気じみていると言われているでござる。食の魔改造文化なんて揶揄されることもあるでござるな。」
美味しい食事をいただき、温かいベッドで寝られる。本当にありがたいことなんだなとしみじみと感じた。
さて、俺はどう選択すべきなのか…
何だか寝る気分にもなれず、夜、一人で外を散策する。まだ夜は涼しい季節だ。そう言えば、春休みってそろそろ終わりかな?高校3年生になるはずだった。受験だなんだって忙しい1年になるはずだったのかな。
何もなければ俺はどうしていただろうか。姉さんのように大学に進学して、父さんのように会社に就職して、母さんみたいな女性と出会って結婚。子育てと仕事で忙しく生きていたのかな。
こんなことが無ければミコトのようなインフルエンサーになんて出会わなかっただろう。妖精と旅をするなんて絶対になかった。
色んな地域で人助けをして英雄なんて呼ばれることなんて想像もしていなかった。
そういえば、俺は何で旅をしようと思ったのか。そうだった、わからないことが多いから怖くて不安なんだって思ったからだ。そしてクトゥルヒと戦って、あいつらがこの事態を引き起こしたんじゃないかって知って、そう…父さんと母さんと姉さんの仇を討とうと思った。
姉さんはコッチーと一緒になって、完全に死んでしまったわけではなかったけど、父さんと母さんはもう戻ってこない。
そう思うと、自然に涙があふれてきた。もっと話せばよかった。もっと感謝を伝えればよかった。もっと手伝いをすればよかった。もっと素直になればよかった。もっともっとできることがあったはずだった。
あぁそうだな…愛していたんだ…家族を…
こんな思いをしている人が他にもたくさんいるはず。今まさに苦しい思いをしている人がいるかもしれない。
そうか、父さんはあの時こう言っていたんだ。
『お前がどんな選択をしても家族は絶対にお前を信じて助けてやる。未来の失敗におびえず立ち向かえ』
「ホオリくん…眠れないの?」
父さんの言葉を思い出していたところでミコトに声を掛けられた。振り向くとそこには少し思い詰めた表情のミコトがいた。
「ミコトも眠れないの?修行を受けるか悩んでる?」
「うん、やっぱり怖いなって…ホオリくんは…ふふっもう決めたって顔してる…」
「ははっ、父さんが昔言っていたことを思い出してさ。俺がやりたいことって、モールを出て初めてクトゥルヒと戦って、こんなことを引き起こした存在を知ってさ、その時にもう決まっていたんだなって。」
「そっかー、ホオリくんは強いなぁ。お父さんはなんて言ってたの?」
ミコトに父さんの言葉を伝える。
「家族か…わたしの家族はね。パパがモールにいるの。ママは…多分死んじゃった。連絡が取れなくてね。わたしがホオリくんと一緒に行動するようになってからも奈良さんは行方不明者を探してくれてるけど、もう最近はほとんど新たな避難者は見つかってない。
わたしはね、もうそうなんだって受け入れようとしてる。でもパパはママが返ってこなくなって心が折れちゃったみたいなの。
本当はわたしがお世話してあげなきゃならないんだけどね。マチさんが、あー受付してくれていたモールの店員さんね。すごく親切にしてくれていて、その人が言ったの。パパはつらいだろうけど、ミコトちゃんがずっと一緒にいても立ち直れないって。むしろ離れて必死に戦っている姿を人づてに聞いた方が立ち直れるかもって。
それでね、ホオリくんについてきちゃった…」
「そうだったんだ…ミコトもつらい思いをしてきたんだね…いや、今生きている人たちは少なからず辛い思いをしたと思う。俺は姉さんが生きていてくれて運が良かったけど、家族全員失ってしまった人だっているんだよな…」
「でもホオリくん…ホオリくんが犠牲になる必要ってあるの?」
「俺はさ、犠牲なんて思ってないんだよ。そうだってわかった。俺がやりたいことなんだって。先のことなんてわからない。でもこの世界で起きていることをちゃんと知って、人々を苦しめているやつを何とかして、それで良いと思う。
でもミコトが付き合う必要は無いよ。お父さん、生きているんだろ。世界が平和になったら普通の生活に戻ったらいいじゃないか。」
「…っ!バカ…」
ミコトは走って宿に戻っていってしまった。
「バッドコミュニケーションね。」
「ひゃあ!」
いつからいたんだレベッカ!
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