第2話 始まり
時系列的には本話が1話目になります。
今日はノー残業デーだ。父さんも母さんも仕事から帰ってきていて、姉さんも今日はバイトはないそうだ。母さんと姉さんが夕食を作ってくれている。
月に1回のノー残業デーが国によって強く推奨され、すでに多くの企業が導入している。父さんはよく、いい世の中になったものだ、なんて親父臭いことを言っている。
でも本当は父さんたちの世代が頑張って政治家を動かしてブラック企業をどんどん減らしていったってこと、今の子供たちはわかってるよ。
さて、俺もXitterばかり見ていないで母さんたちを手伝おう。食器を出したり水を配ったりするだけでもしないと姉さんに嫌味を言われそうだ。
閲覧していた、俺と同じくらいの年代のマッスル女性のポスト(投稿)を閉じてダイニングに向かう。
その時だった。ズンッ!と腹に響くような、体の芯に響くような揺れを感じた。
「じ、地震!?」
父さん、母さん、姉さん、猫のコッチーがリビングに集まる。
「地震か?テレビは?ネットで速報は?」
「緊急速報メールが来ていなくない?」
父さんと母さんが立て続けに言葉を発する。
続けて、ズズン!と揺れが来る。日本は地震が多いが、こんな強い揺れは初めてだ。
「マンション崩れたりしない?」
「耐震構造はしっかりしているはずだが…」
「外に出たほうが良いんじゃない?」
「外は逆に危険だと言われているぞ。避難しやすいように玄関のほうに行こう」
父さんが家族に指示を出す。俺は(父さん、冷静だな。大人ってすごいんだな。)なんて、ぼんやりと思っていた。
みんなで壁に手をつきながら玄関まで移動する。外が騒がしい。聞こえるのは悲鳴?
「やっぱり外に出たほうが良いんじゃ?」
姉さんが心配そうに言う。
「下手に外に出ると崩れた建物につぶされたりなんて話も聞くんだが…。いや、一度外の様子を見よう。何もわからなければ判断もできない。」
父さんはそう言って、玄関から外に出た。その時、うちとは反対側のマンションの角部屋の方が崩れた。いや割れた、という表現の方が適切かもしれない。そしてまた強い揺れが起きる。
「非常階段から降りて外に出るぞ!」
父さんが焦った声を出す。
「コッチー!!」
俺も慌ててコッチーを呼ぶ。コッチーはするりと俺の体を登って腕の中に納まった。俺、姉さん、母さん、父さんの順で非常階段を下りる。
うちは4階で良かった。まだ階段で降りられる階層だ。12回とかだったら絶望していたと思う。
もう外だ!そう思った瞬間、後ろから体を押された。急いで降りていた俺は階段を踏み外し外に転がり出る。
「何が…」
幸い頭は打たなかった。でも背中が少し痛い。
顔を上げた俺は目の前の状況が一瞬理解できなかった。俺が転がり出た階段は倒壊したマンションのガレキで埋まっていた。
「姉さん!!」
ガレキに近づき、掘り返そうとしたが、全く動かない。大きなガレキが積みあがっている。よく見ると女性の腕が少しだけガレキから伸びていた。
思わず、その手を握った。ボロリと腕だけがずり落ちた。その先に体はなかった。
「あああ、あああああああああ!姉さん!姉さん!父さん!母さん!うあああぁぁぁっ…」
「はっ!コッチー!コッチーはどこだ!?」
いた!コッチーは少し離れた場所に投げ出されたのか。倒れて動かない。生きていてくれ!必死に祈るようにコッチーに走り寄る。
「息はある!血も出ていない?気絶しているだけなのか、どこか打っているのか。」
地震はいつの間にかおさまっていた。マンションが崩れるような大地震だ。獣医もやっていないかもしれない。でもコッチーを少しでも早く診てもらわなければ。
コッチーは生きている。それだけにすがって、この場からすぐにでも去りたかった。
俺は急いでナイン&Jモール(大型商業施設)にある、かかりつけの獣医のところに向かって走り出した。
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(なんだアレは…スラ…イム?)
ナイン&Jモールの中にある動物病院に向かう途中、妙なものを見つけた。ゲル状のようなスライム状のような黒い影がうごめいているのだ。
動きは遅い。ズリズリと体を這わせて移動している。数は1つ。
あんなものは見たことがない。なぜかおぞましさを感じる物体だ。ここは別の道に避けていこうと思った。コッチーを早く獣医に診てもらいたい。リスクは犯せない。
1本道をそれて進んでいく。遠目にはナイン&Jモールが見えてきた。電気がついてる。人がいるんだ!心がはやる。その時だった。
ビチャ!
俺のすぐ横に何かが落ちてきた。おぞましさを感じ、すぐに見やる。紫色に光る二つの目がこちらを見ていた。
俺は瞬間的にそれを踏みつけた。踏んで踏んで踏んで、何が何だか分からなくなって…
「ハァッ、ハァッ、ハァッ!」
足元には青白い光が舞っていた。
「何なんだ今の奴は!あんなのがそこら中にいるのか?」
俺は恐ろしくなり、ナイン&Jモールへ慌てて走り出す。なぜか切れていた息が少しだけ楽になっていた。
エンカウント:Lv1 スライム